第2話 調査チームと、見慣れない来客
翌々日の朝。
記録局の朝礼で、オーウェン局長が全員を前に口を開いた。
「先日発覚した契約書の改ざんについて、局内に臨時の調査チームを設置する」
「――改ざん?」
「うちの局で、ですか?」
あちこちから驚きの声が上がり、朝礼の場が一気にざわついた。
前日から記録保管庫への出入りが制限されていたため、何かが起きていることは誰もが薄々感じていたのだろう。それでも、まさか書類の改ざんだったとは思っていなかったらしい。
隣同士で顔を見合わせる者もいれば、不安そうに声を潜める者もいる。普段は静かな記録局に、落ち着かない空気が広がっていった。
「静粛に」
局長が片手を上げると、ざわめきは少しずつ収まっていった。
「今回の調査の目的は、同様の改ざんが他の契約書にもないかを確認すること。そして、改ざんされた書類同士に何らかの繋がりがないかを調べることだ。対象は、この一年間に受理した契約書全件。地道な作業になるが、慎重に進めてほしい」
局長が手元の名簿へ視線を落とす。
「調査チームのメンバーを発表する」
呼ばれたのは五名。
その中に、リディアの名前もあった。
「ヴァンス。今回の改ざんを最初に見つけたのは君だ。調査に加わってもらう」
「はい」
リディアは背筋を伸ばして返事をした。
自分が見つけた一枚の契約書が、局内全体を巻き込む調査にまで発展するとは思っていなかった。
けれど、任された以上はきちんとやるしかない。
リディアは気持ちを切り替えるように、小さく息を吐いた。
◆
朝礼が終わると、リディアは資料室へ向かった。
今回、同じチームに選ばれたのは、先輩文官のミラだった。
「ヴァンスさん、一緒のチームになったわね」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。さっそく始めましょうか」
二人で机を並べ、保管庫から運び込まれた契約書の束を前にする。
「……これ、一年分?」
「全部です」
「話には聞いていたけど、実際に見ると多いわね」
ミラが苦笑する。
リディアも目の前に積まれた書類の山を見上げた。
「地道にやるしかありませんね」
「そうね。こういう仕事は、私たちの得意分野でしょう?」
「はい」
二人は顔を見合わせて、小さく笑った。
それからしばらく、資料室には紙をめくる音だけが響いていた。
契約者、作成者、契約内容、魔導印章。そして、魔紋の流れ。
一枚ずつ確認しては記録を残し、少しでも気になるものがあれば別に取り分ける。
地道で、根気のいる作業だった。
昼を過ぎた頃、資料室の扉が開いた。
リディアが何気なく顔を上げる。
そこに立っていたのは、近衛騎士団の制服をまとった数名の騎士だった。
その先頭にいる人物を見て、リディアの手が止まる。
「――アシュグレイ隊長?」
つい先日、夜の記録局で顔を合わせたばかりの人物だった。
レイフォード・アシュグレイ。
どうしてここに、とリディアが思っていると、オーウェン局長が騎士たちのところへ歩み寄った。
「来たか。ちょうどよかった」
「お時間をいただきます」
レイフォードが短く頭を下げる。
局長はリディアたちのほうを振り返った。
「今回の改ざんについて、近衛騎士団にも情報を共有することになった」
「近衛騎士団に、ですか?」
「ああ。国の記録に関わる問題だからな。念のため、警備面でも協力を仰ぐことになった」
リディアは頷いた。
確かに、改ざんされた書類が複数存在するのであれば、単なる記録上の不備では済まない可能性もある。
「当面は、こちらの調査チームと連携してもらう」
「承知しました」
レイフォードは局長に一礼すると、資料室の中を見渡した。
その視線が、一瞬だけリディアのところで止まる。
けれど、それ以上何かを言うことはなかった。
「調査対象の書類を確認したい。閲覧の許可をもらえるか」
「もちろんだ。ヴァンス、現在までの確認状況をまとめた一覧を」
「はい」
リディアは手元の一覧表をまとめ、レイフォードへ差し出した。
「こちらが、今日までに確認した分です。魔紋に気になる箇所があったものには印をつけています」
「わかった」
レイフォードは一覧に目を通した。
いくつかの項目を指先で追いながら、淡々と確認していく。
「この三件は?」
「魔紋に少し気になる部分がありました。ただ、まだ改ざんと断定できるほどではありません」
「なるほど」
レイフォードが頷く。
「慎重だな」
「確証がないうちは、断定しないほうがいいと思っているので」
「……それでいい」
思いがけない返答に、リディアは少しだけ目を瞬いた。
レイフォードはすでに次の書類へ視線を移している。
「この件について、しばらく記録局に来ることになる」
「わかりました。資料が必要でしたら、声をかけてください」
「ああ」
短いやり取りだった。
レイフォードはそれ以上話しかけることなく、手元の書類へ視線を戻した。
リディアも自分の仕事へ戻る。
静かな資料室に、紙をめくる音が重なった。
隣にいるのがあれほど近寄りがたいと噂される「氷の騎士」だというのに、不思議と仕事の邪魔になるような緊張はなかった。
むしろ、余計な会話をしなくていい分、集中しやすい気さえする。
リディアはそんなことを考えながら、次の契約書へ目を落とした。
◆
夕方。
近衛騎士団の一行が資料室を出ていくと、部屋にいつもの静けさが戻った。
リディアは残った書類を整理しながら、今日一日のことを振り返る。
調査は始まったばかりだ。
確認しなければならない契約書は、まだ山のように残っている。
それに、近衛騎士団まで関わることになった以上、今回の改ざんは、思っていたより大きな問題なのかもしれない。
「……大変なことになってきましたね」
思わず呟くと、向かいのミラが顔を上げた。
「そうね。でも、まずは目の前の一枚からよ」
「はい」
リディアは頷き、残った書類を一枚ずつ重ねていった。




