↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の騎士様が、なぜか私の残業にだけ付き合ってくれる件  作者: 森凛
第一部「接点」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/68

第11話 夜会と、慣れないドレス

「――というわけで、今夜の夜会で、この報告書をハーウッド伯爵に直接渡してほしい」


 突然告げられた仕事に、リディアは思わず局長の顔を見返した。


「私がですか?」


「ああ。今回の調査に関わる報告書だから、使いの者に預けるより、内容を把握している君が直接渡したほうが確実だ。伯爵から何か聞かれた場合も、その場で答えられるだろう」


 そう言われれば、担当者である自分が行く理由はわかる。けれど、問題はその場所だった。


「でも、夜会ですよね。私、そういった場にはほとんど出たことがないんですが……」


「報告書を渡すのが仕事だ。社交まで求めてはいないよ。それに、衣装はこちらで用意してある」


「衣装まで?」


「仕事で行かせるのに、自分で用意しろとは言わないさ。夕方には届くから、着替えてから向かってくれ」


 そこまで準備されているのなら、断る理由も残っていない。リディアは報告書を受け取り、今夜の予定を頭の中で組み直した。


◆


 夕刻、リディアは用意された薄水色のドレスに着替え、王宮の大広間を訪れた。


 淡い色合いの生地には控えめな刺繍が施され、袖や裾も普段の文官服とは比べものにならないほど華やかだった。鏡の前で見たときから落ち着かなかったが、大広間へ入ると、その感覚はいっそう強くなった。


 高い天井から吊るされた灯りの下には、色鮮やかな衣装をまとった貴族たちが集まり、あちこちで談笑している。楽団の演奏に混じってグラスの触れ合う音が聞こえ、給仕たちが人の間を縫うように行き交っていた。


 リディアは報告書の入った鞄を確かめながら、人混みの向こうへ目を凝らした。


(ハーウッド伯爵……どの方かしら)


 名前と爵位は知っていても、顔を合わせたことはない。事前に特徴を聞いてはいたものの、これだけ人が多いと簡単には見つけられそうになかった。


「――ヴァンス文官?」


 聞き慣れた声がして、リディアは振り返った。


「アシュグレイ隊長」


 そこにいたレイフォードも、いつもの騎士団の制服とは違っていた。夜会に合わせた黒の正装に銀の飾緒をつけ、腰には儀礼用らしい剣を佩いている。


 見慣れない姿に、リディアは一瞬、言葉を忘れた。


「隊長も夜会に出席されるんですね」


「警備だ。こういう場では騎士団から何人か出ることになっている」


「そうだったんですか。いつもの制服と違うので、少し驚きました」


「ああ。お前も――」


 そこでレイフォードの言葉が止まった。


 リディアが続きを待っていると、彼は一度視線を逸らしたあと、改めてこちらを見る。


「……似合っている」


「え?」


「そのドレスだ」


 思いがけない言葉に、今度はリディアが返事に詰まった。


「あ……ありがとうございます」


 慌ててそう答えると、レイフォードもそれ以上は何も言わなかった。


 大広間には相変わらず音楽と人々の話し声が満ちているのに、二人の間だけ妙に会話が途切れてしまった。


 リディアは手持ち無沙汰になり、ドレスの裾へ目を落とした。


「この衣装、局長が用意してくださったんです。自分ではこういうものを選んだことがないので、着替えてからずっと落ち着かなくて」


「そうなのか?」


「はい。歩くたびに裾を踏みそうですし、さっきから人にぶつからないことばかり考えています」


 そう話すと、レイフォードの表情がわずかに緩んだ。


「なら、あまり端を歩かないほうがいい。給仕が通る」


「あ……本当ですね」


 言われて横を見ると、ちょうど盆を持った給仕が後ろを通り過ぎていった。リディアは慌てて一歩前へ出る。


「ありがとうございます。危うく最初の仕事を終える前に、何か倒すところでした」


「それは困るな」


「隊長、今少し笑いました?」


「気のせいだ」


 レイフォードはすぐにいつもの表情へ戻ったが、リディアにはそうは見えなかった。


「ところで、ヴァンス文官はなぜここに?」


「仕事です。ハーウッド伯爵に、この報告書を直接お渡しするよう局長から言われました」


「ハーウッド伯爵なら、さっき向こうで見かけた」


 レイフォードが示した先には、数人の貴族に囲まれた初老の男性がいた。特徴も事前に聞いていたものと一致している。


「あの方ですか。ありがとうございます」


 目的の人物が見つかり、リディアはそちらへ向かおうとした。しかし、人の間を抜けようとしたところで、長い裾が足元に絡み、思うように進めない。


 その様子を見ていたレイフォードが、自然に隣へ並んだ。


「行くぞ」


「え? でも、隊長は警備中では?」


「伯爵のいる場所までだ。巡回の範囲からも外れない」


 レイフォードはそう言って歩き出した。人の流れを見ながら進むため、正面から来る客や給仕とぶつかることもなく、その後ろについていけば慣れないドレスでも歩きやすい。


 途中で人の波が狭くなると、レイフォードは歩調を緩め、リディアが追いつくのを待ってから再び進んだ。


 リディアは手元の報告書を抱え直し、その隣に並んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。