第10話 局長の記憶
翌朝、リディアは昨日までの解析結果をまとめた報告書を持って、局長室を訪ねた。例の地権記録についても、ほかの改ざんとは手口が異なることと、文末に残された一画の特徴を記してある。
「局長、昨日の分をまとめました。確認をお願いします」
「ああ、ご苦労」
オーウェンは報告書を受け取り、眼鏡を押し上げながら頁をめくっていった。最初の数枚にはいつも通り目を通していたが、古い地権記録についてまとめた頁まで来ると、その手が止まった。
昨日見せた、あの一画について記した箇所だった。
「……局長?」
「ああ、すまない」
オーウェンはそう答えたものの、視線はまだ報告書に向けられている。
「やはり、何か気になりますか?」
「いや。ただ……昔も、似たものを見たような気がしてね」
「昔?」
リディアが聞き返すと、オーウェンはようやく顔を上げた。
「昨日は、覚えがないとおっしゃっていましたよね。何か思い出されたんですか?」
「いや、はっきりしたものじゃない。長く記録局にいると、昔見た書類と今のものが混ざることもある。似た癖の書き手がいただけかもしれないよ」
「それは、いつ頃の記録でしょうか?」
重ねて尋ねると、オーウェンは少し考えるように黙ったあと、首を振った。
「そこまでは覚えていない。曖昧な記憶で余計な先入観を与えるのもよくないだろう」
昨日は覚えがないと言い、今日は昔見た気がすると言う。けれど、どこで見たのかを尋ねると、また曖昧な記憶だと話を閉じてしまう。
リディアは報告書の上に置かれたオーウェンの手へ目をやった。指先は、例の一画について記した頁を押さえたままだった。
「わかりました。では、同じ年代の記録をもう少し調べてみます」
リディアが報告書を受け取ろうとすると、オーウェンはそこで口を開いた。
「いや。あの地権記録の原本は、私が預かっておこう」
「原本をですか?」
「ああ。調査範囲が古い記録にまで広がっているからね。重要なものは分けて管理しておいたほうがいい」
「でも、まだ照合が終わっていません。昨日も同じ年代の記録を確認するようにと――」
「必要なものがあれば、こちらへ持ってきてくれればいい。原本は局長室で保管する」
普段のオーウェンなら、調査の途中で資料を取り上げるようなことはしない。それでも、局長が管理すると決めたものをリディアの判断だけで手元に残すことはできなかった。
「……わかりました。では、原本はお願いします」
「ああ」
オーウェンは問題の地権記録を取り出すと、ほかの報告書とは分けて机の引き出しへ収め、鍵をかけた。
その一連の動きを見届けてから、リディアは残りの報告書を抱え直した。
「それでは、失礼します」
「ああ。引き続き頼むよ」
局長室を出ると、リディアは廊下を少し進んだところで報告書を開いた。
原本はオーウェンの手元にある。
けれど、解析結果をまとめる際、あの一画の形も記録として書き写していた。
小さく弧を描き、最後にわずかに戻る線。
リディアはその頁をしばらく見つめると、手帳を取り出した。
そして、あの一画を余白に書き写した。




