盗めない物
翌日、勇者一行は森へ向かった。
魔物討伐だと村中で話題になっていた。
村の若い連中は遠巻きに後をついていったが、ゲインは行かなかった。
理由は単純だ。
面倒だから。
「勇者が倒してくれるなら、それでいいだろ」
井戸の縁に座り、水を飲みながら呟く。
自分が行っても意味はない。
戦えるわけでもない。
それよりも。
「……盗れなかったんだよな」
昨日のことを思い出す。
勇者の袋
聖女の護符
どちらも盗めなかった。
今まで、盗れなかったものはなかった。
石でも木箱でも工具でも、全部盗れた。
それなのに。
勇者たちの持ち物だけ盗れない。
「……なんか条件があるな」
腕を組んで考える。
距離じゃない。
重さでもない。
視界にも入っていた。
なのに盗れない。
違う条件がある。
だが、それが分からない。
夕方。
勇者一行は森から戻ってきた。
大きな狼の魔物を倒したらしい。
村の入口に死体が運ばれ、人だかりができている。
「すげぇな……」
「これを四人で倒したのかよ」
村人たちが騒いでいる。
勇者は少し疲れた顔をしていたが、怪我はない。
騎士の女の鎧には傷が増えている。
魔術師は杖をつきながら歩いている。
聖女は、その後ろを静かについて歩いていた。
そのとき。
「……あ」
聖女が小さく声を出した。
足元の石につまずき、少しだけ体が傾く。
ゲインは近くにいたので、反射的に手を出した。
聖女の腕を支える。
「……すみません」
聖女は小さく頭を下げる。
声は静かで、少し柔らかい。
「……別に」
ゲインはすぐに手を離す。
関わる気はなかった。
ただの反射だ。
そのまま離れようとしたとき。
「……あなた」
聖女が言った。
ゲインは少しだけ振り返る。
「……最近、何か変わったことありませんか?」
意味が分からなかった。
「……は?」
「例えば……」
聖女は少し考えてから続ける。
「物が、よくなくなるとか」
ゲインの背中に、嫌な汗が流れる。
だが顔には出さない。
「……知らねぇな」
短く答える。
聖女はしばらくゲインの顔を見ていた。
探るような目。
だが責めるような感じではない。
ただ、不思議そうな目だった。
「……気のせいならいいんです」
聖女は小さく言う。
「最近、少しだけ……“欠けている”感じがするんです」
「欠けてる?」
「はい。少しだけ、何かが減っているような……」
ゲインは何も答えない。
ただ肩をすくめる。
「……疲れてんじゃねぇの」
それだけ言って、その場を離れる。
背中に視線を感じる。
だが振り返らない。
「……勘弁してくれよ」
小さく呟く。
バレたわけじゃない。
だが。
何かには気づいている。
その夜。
ゲインは酒場の隅で酒を飲んでいた。
勇者一行は明日、村を出るらしい。
もう会うこともないだろう。
それならそれでいい。
関わる必要はない。
「……まあ、いいか」
酒を飲み干す。
分からないことは、そのままでいい。
そのうち分かる。
いつもそうだ。
このときゲインはまだ知らない。
聖女が感じていた“欠けているもの”が何なのか。
そして。
自分のスキルが、
物だけではない何かを盗んでいることを。




