3章 37話 既にあるのではないかという疑念
乾燥麺。
帳面に書いた文字を、私はじっと見つめていた。
湯を注げば戻る。
軽い。
保存が利く。
売れる可能性がある。
理屈は通っている。
だが。
「……あるな」
呟きが漏れる。
この世界に麺は存在する。生麺だが、ある。
ならば乾燥させる発想は誰かが既に持っていてもおかしくない。
旅商人が持ち歩く硬いパンがあるのだから、細く延ばしたものを干すくらい、
思いつかないはずがない。
粉末スープ。
肉出汁を煮詰め、塩を加え、乾かす。
それもまた、完全な空想ではない。濃縮した出汁は存在する。
干し肉もある。塩もある。技術的に“不可能”ではない。
では、自分は何を革新だと思い込んでいるのか。
私は椅子にもたれ、天井を見上げる。
前世の記憶が鮮明すぎたのだろうか。湯気の立つ丼。袋を破る音。
三分待つだけで完成する食事。だが、それは“向こうの世界”の完成品だ。
ここは違う。
この世界は、私の記憶にある世界ではない。
私は自分の働き方を思い出す。前世でも、似たようなことがあった。
既存市場を調べもせず、「これは新しい」と思い込み、後で競合の存在を知って苦笑したことが。
「……また同じことをしている」
机に突っ伏し、小さく笑う。
焦りがある。広場で言ってしまったからだ。動きがある、と。
だが、動きはまだ机の上にしかない。
乾燥麺が既に商都で売られていたらどうする。粉末スープが既に流通していたらどうする。
自分はただ、遅れて気づいただけの男になる。
いやまてよ・・・・・それでもいいのか。
違う。
違う。
今回の目的は「新しい食べ物」を作ることではない。
目的は、
金を生む構造を作ること。
徴収に対抗できる流動資産を持つこと。
乾燥麺が既に存在していても、それを“どう設計するか”が違えば意味はある。
だが、その違いを知らずに設計するのは愚かだ。
私は帳面を閉じる。
必要なのは、想像ではない。
現実の確認だ。
翌朝、カイが顔を出した。
「進展は」
「……まだ考えているけど少し見えてきたんだ。」
私は正直に答える。
「乾燥麺という形を思いついたが、既にある可能性がある」
カイは少しだけ目を細めた。
「商都で確認しますか」
私は頷く。
「見てから決める」
自室に籠もるのは得意だ。だが今回は違う。外を見なければならない。
夕刻、食堂でルドルフと向き合う。
「何を考えている」
「保存食の方向です。ただ、既存技術との違いを確認したい」
「商都か」
「はい」
父は短く頷いた。
「行け。だが観光ではない。見るべきは値と流れだ」
「承知しています」
視界に浮かぶ。
【外を見よ】
【内に籠もるな】
私は食事を終え、立ち上がる。
部屋に戻り、最後に帳面を開く。
乾燥麺。粉末出汁。
可能性はある。
だが、本当に革新か。
それを確かめるために、商都へ行く。
ドルトマール。
穀物が金に変わる場所。
流通が形を持つ場所。
そこで、自分の発想がどれほど幼いかを知るかもしれない。
それでもいい。
革新は、思い込みからは生まれない。
現実を見た後で、なお残るものだけが本物だ。
私は蝋燭の火を消した。
次は机の上ではなく、市場の中で考える。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この物語は、派手な奇跡ではなく、小さな選択と積み重ねを
大切にして書いています。
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