3章 38話 穀物が金になる場所
商都ドルトマールへ向かうと決めた翌日から、町の空気はわずかに変わった。
広場での告知は、何も始まらなかったようでいて、何かを始めていたらしい。
直接問う者はいない。それでも、視線が増えた。
【本当に動くのか】
【口だけではないのか】
【商都だと?】
出発の日、門前に立つと、偶然を装うには多い人影があった。
その中に、ルミナがいる。
言葉はない。ただ、まっすぐに見ている。
【焦らないで】
【順番を守って】
少し離れた場所に、あの猟師も立っていた。腕を組み、何も言わない。
【無駄足なら笑う】
【だが違うなら乗る】
私は何も返さず、馬を進めた。
ドルトマールは、流れの町だった。
人が流れ、荷が流れ、金が流れる。
香辛料と塩の匂い、革と鉄の匂い、汗と埃の匂いが混じる。
穀物市場は広場の一角を占めている。
麻袋が山のように積まれ、秤が揺れ、値が飛び交う。
「今年の冬はどうだ」
何気ない問いに、穀物商は帳面をめくりながら答えた。
「平時の一・四倍だな」
「戦前と比べてか」
「補給線が伸びている。兵站が吸う。穀倉地帯は今、値が張る」
一・四倍。
四度の徴収。
冬の相場上昇。
徴収で削られた穀物は、戦場へ向かい、市場で値を上げる。
塩は一・三倍。肉は一・五倍。
戦は破壊だけではない。価格を押し上げる。
私は保存食を扱う店へ足を向けた。
棚には干し肉、燻製、硬パン、乾燥豆、油漬けの壺が並ぶ。
「保存食はどれくらい扱っている」
店主は棚を指す。
「このあたりだ。戦が長引いてから動きは早い」
私は乾いた生地の束を手に取る。
「麺はあるか」
「生麺はある。乾燥もあるが、太いぞ。煮込み前提だ」
差し出された乾燥麺は分厚く、重量感があった。
「皆どう食べている? 茹でるだけじゃ飽きちゃってさ」
リンドが肩をすくめる。
「塩くらいしかないね。あとは肉を入れるか。だが戦時だ、贅沢はできん」
濃縮肉汁の瓶はあった。だが粉末の調味料は見当たらない。
私は品を棚へ戻す。
「参考になった。」
店主は私をただの若い領主代理と判断したらしい。それ以上踏み込まない。
市場を一巡し、帳面に穀物相場の変動を控える。
四度目の徴収直後、価格はさらに跳ねている。
徴収が町を削り、市場を肥やす。
穀物は重い。
袋一つで銀貨数枚。
運ぶにも人手がいる。
金は軽い。
形を変えなければならない。
だが、思い込みでは設計できない。
乾燥麺は存在する。
味付けは塩中心。
完成食ではない。
可能性はある。だが、未成熟だ。
私は市場を振り返り、馬へ戻る。
ここで答えは出さない。
見るべきものは見た。
帰る。
考えるのは、道の上だ。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この物語は、派手な奇跡ではなく、小さな選択と積み重ねを
大切にして書いています。
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