第96話「貴族令嬢を救出せよ③」
俺が習得した、この中世西洋風異世界の転移魔法は、独特だ。
全く何も無い空間が不自然に割れ、
いきなり術者が現れる、という表現がピッタリである。
クッカ曰はく、地属性魔法系の転移魔法もあるようで、
地脈を使用したその魔法は、
地面から、いきなり術者が現れるという見え方だそうだ。
さてさて! まずは、妖精猫のジャンが、
そして続いてすぐ、俺が自分の部屋に現れた時に、
ステファニーは目を丸くして、ひどく驚いていた。
転移魔法をステファニーが見るのは、以前にジャン単独で訪れて以来二度目。
だが、何度見てもびっくりするものらしい。
『ステファニー、俺だ、ケンだ』
念話で改めて正体を告げた俺は微笑み、
軽く手を挙げると即座に、黒ずくめの変身魔法を解除した。
瞬時に「ぱぱっ!」と俺の容姿が切り替わり、
ステファニーにとって、『見知った顔』&風体が現れる。
笑顔の俺を見て、安心したステファニーは、すぐに泣き笑いの表情になった。
そして思いっきり、俺の胸の中へ飛び込んで来た。
「ううう……あああ」
俺の胸の中で、ステファニーは声を出さないよう、圧し殺して泣いた。
小さく嗚咽するステファニーを、俺も優しく抱いてやった。
不安と寂しさで、いっぱい、いっぱいになっていたのだろう。
5分ほど泣くと、ステファニーは真っ赤に泣き腫らした目を俺へ向けた。
『俺達の話し声が、部屋の外に漏れるとまずいから、引き続き、念話で話そう』
俺がそう伝えると、ステファニーは小さく頷く。
早速、俺は尋ねて来た用件を切り出す。
『ステファニー、今回のお前の結婚話を……噂で聞いたんだ』
『うん……その噂は本当……残念だけど……もうこの城に、私の居場所は無いわ』
ステファニーのこの言葉だけで、
彼女自身が望んで嫁に行くのではない事がはっきりした。
だが、もう少し話を、詳しい事情を聞く必要がありそうだ。
『改めて聞きたい。王都へ行って伯爵の息子、三男と聞いたが、結婚するって本当なのか?』
『ええ、王都へは行くわ……でも私は結婚するんじゃない、正式な妻にはならないの』
え? ステファニーは、正式な妻にならない?
な、なんなんだ? それは?
『え? 正式な妻にならないって?』
『ええ、ならないわ』
『い、一体、ど、どういう事なんだ?』
『うん……話はこう……相手は王都メディウムに住む上級貴族である伯爵家の子息、ケンが言った通り三男よ……』
『ああ、そう聞いた』
『一方、私は同じ貴族とはいえ、辺境ともいえる地を治める騎士爵家の娘。身分の差を武器として、相手は一方的に理不尽な条件を出して来たの……それに、もう正妻は居る人なのよ』
『一方的に理不尽な条件を出して来た? 正妻は居るって、じゃ、じゃあ……第二夫人とか、なのか?』
『いいえ、第二夫人でもない……側室でもない、……私的な愛人なの』
え!? 側室でもない!? 私的な愛人だとお!?
一夫多妻制を認めている、この中世西洋風異世界で私的な愛人!
正式な妻、そして側室にさえして貰えない……私的な愛人!
確かに、世の中には、あらゆる価値観がある。
だから、俺は愛人がNOとは言わないし、言えない。
ステファニーは自分でも、『嫁ぎ先』の事を調べたようだ。
詳しい事は分からなかったが、伯爵家の三男というのはろくでもない男だそうだ。
『私みたいな女の子を、どんどん愛人に迎えて……散々慰み者にして……飽きたら、僅かなお金を渡し、実家へ送り返すのですって』
おいおい! それじゃあステファニーは、そんなゲス男のおもちゃになった挙句、ポイ捨てされるって事じゃないか。
どこの、どが付くアホ伯爵の馬鹿息子か、何か知らんが……
そいつ、絶対に許せんな!!
俺だって、来年、嫁はたくさん貰うけど、嫁ズ全員を心の底から愛している。
当然、嫁ズは愛人などではなく、
このプリムヴェール王国の法律に則り、全員を正式な妻にする。
結婚し、一緒に生活してみれば、いろいろな事が起こるかもしれない。
将来不幸にも仲違いして、結果的に別れるというのなら、仕方が無いのだけれど。
最初から、女子をおもちゃにして、散々弄び、
挙句の果てにポイ捨てするような、
くそが付く、不埒者とは絶対に!絶対に! ……違うのだ!
最初から愛が無いのがはっきりしているのは勿論、
そんな、ろくでもない男だと分かっているから、
当然ステファニーは辛いのだろう。
彼女の表情を見ても間違いない。
これで、はっきりした。
俺は決めた!
何とか、ステファニーを助けたい! 否! どうしても、いや否!
絶対に! 絶対に! 助けたいんだ!!
『あのさ、ステファニー……』
『……………………』
『こんな事を聞かれて、凄く嫌かもしれないが……悪いけど確認させてくれ』
『なあに……』
ステファニーの顔は、あどけない。
改めて見ると、まだ幼い面影がある。
『お前は、こんな馬鹿げた理由で王都へなど行きたくない。だがお父さんの為に、我慢して仕方なく行く……そうなんだな?』
『……………………』
俺の問い掛けに対し、しばしの沈黙……の後に、
ステファニーは、無言のまま、わずかに頷いたのである。
ああ、やっぱりそうか!
貴族の寄り親、寄り子という、ガチな縦関係のしがらみで、
ステファニーは王都へ行く道しかない……
よし! ならば、他の道は、この俺が必ず切り開いてやるぞ。
『ステファニー、良いか? お前に提案だ。別の選択肢を出そう』
『ケ、ケンが、て、提案!? べ、別の選択肢? ど、どういう事!?』
『ああ、簡単だ。俺の住むボヌール村へ来い』
『え? ボヌール村?』
『そうだ! くそ伯爵家から、オベール様には累が及ばぬよう、作戦は今考えた』
『え!? 今!? お父様に累が及ばない作戦を考えたの!? ど、どのような……』
『ああ、ステファニー、お前は行方不明になるんだ』
『えええ!? わ、私が!? ゆ、行方不明?』
『ああ、表向きはな。お前は貴族としての名前と身分を捨て、平民の別人となり、ほとぼりが冷めるまで、しばらくの間、ボヌール村で暮らすのさ』
『私が平民!? 別人に!? しばらくの間、ボヌール村で隠れて暮らすの!?』
『ああ、ステファニー。お前を俺の魔法で変身させる』
『わ、私が、へ、変身するの!? ケンの魔法で!?』
『ああ、そうだ。変身し、全くの別人となり、俺達とボヌール村で暮らす。但し、今までの貴族令嬢の暮らしとは全く違うぞ。自分の事は自分でやり、農作業や雑務など、慣れていない、お前には、辛い村の仕事をこなす生活だ』
『!!! ……………………』
俺の提案を聞き、ステファニーは驚き、黙り込んでしまった。
当然、どうするのか、考えているのだろう。
念を押すように、俺は話を続ける。
『改めて言おう! ボヌール村で送る新たな生活とは、貴族令嬢たるお前の世話をするべく、かしずく使用人達は誰も居ない。つまり、自分の事は、自分でする生活だ。そして、慣れない、きつい仕事もしなければならない』
『……………………』
『だが、自由な生活さ。もしも好きな相手が出来たら、結婚だって出来るぞ。お前自身の望む相手と、な』
『え!? け、結婚!?』
『ああ、寄り親の横暴とかで自分の意思が曲げられたり、ドラ息子のおもちゃ、慰み者などにはならず、ステファニー、お前自身が望む相手と結婚が出来ると思う』
『そうなんだ! ね、ねぇ……ケンは? ケンはどうなの? 私の事、どう思っているの? 嫌い?』
結婚の話を振った途端、ステファニーは怖ろしく真剣な表情で、
ぐいっと、身を乗り出して来た。
俺に、つかみかからんばかりである。
『ステファニー、俺が? お前の事を?』
『うん! 私の事! 私はケンが好き! 大好きなんだもん! ぜひぜひ! 貴方のお嫁さんになりたいわ!』
何と! ステファニーから俺へ、愛の告白。
……確かに、俺もこの子が、嫌いではない。
しかし、と思い、俺は首を横へ振る。
『いや、以前会った時にも伝えたが、残念ながら、俺はもう何人も嫁の居る身だ。居酒屋で、連れていた、ふたりの女の子を見ただろう?』
俺の答えを聞き、記憶が蘇ったらしい、ステファニーは無言に。
『……………………』
『申し訳ないが、正妻になる子も既に決まっている。それはどうしても変更は出来ない。だから、貴族令嬢のお前を正妻には出来ないのさ』
『私を正妻には…………出来ない』
自分が俺の正妻にはなれないと聞き、
ステファニーは大きなショックを受けたようだ。
しかし、俺の話はまだ終わらない。
『……だが』
『だ、だが? ……だが、って何!?』
まるで、藁でも掴もうとする、必死なステファニー……
その、手の先には……俺が手を差し伸べる。
『もしも、貴族令嬢のお前が承知するのならば、彼女達と、同じ嫁として迎え入れる事は出来る。このプリムヴェール王国は一夫多妻制OKだろう?』
『……………………』
『そして今、お前の気持ちを聞き、はっきりと分かった。ステファニー、俺はお前が好きだ。お前をおもちゃにして、慰み者にしようとする、伯爵のくそ馬鹿息子なんかに、絶対、渡したくない』
『あ、ううううううっ!』
ステファニーは、俺の『告白』がよほど嬉しかったようだ。
目をうるうるさせ、俺に飛びついて来て、胸に頬ずりしている。
だけど顔を離し、俺を見つめる目がすぐ切なそうになった。
理由は、当然、俺には分かる。
俺はステファニーを「ぎゅっ!」と抱き締めながら、
その背中を、そっと優しく擦ってあげたのである。
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最後に、
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