第85話「女神と美少女の共通項④」
「旦那様、凄く凄く心配です。この場から、ふたりの戦いの様子が分かりますか?」
リゼットが、ここまで心配するのは当たり前だ。
魔獣ケルベロスと妖精猫ジャンは、あんなに仲が悪かったのだから。
その上、相手のゴブどもは300体以上の大群である。
いくらふたりが強くとも、あのように喧嘩しっぱなしでは、
今回は、少し苦戦するかもしれない。
さあ、何か「ジャン達を見守る」手立てはないものか。
俺は少し考えるが、時間も限られている。
こんな時は、やっぱりクッカが頼り。
麗しき美女神様へ、俺は呼びかける。
『クッカ!』
『はぁい! 分かっていますよぉ、旦那様あ、私に任せてくださ~い』
はらはらしてジャン達を心配するリゼットが、クッカから見ても、
可愛くて堪らないらしい。
クッカは満面の笑みを浮かべていたから。
『うふふ、本当に優しいな、リゼットちゃんは。お姉さん、大好きですよ』
『クッカ、どうすれば良い?』
『旦那様、ジャンは、戦うのに精一杯で余裕は無いでしょう』
『多分、そうだな』
『だから念話でケルベロスの方へ指示を出して下さい。お前が俺ケンの発動体となり視点を共有しろと……この前、エモシオンで行った、ジャンちゃんの時のやり方と一緒です』
おお、成る程! そうかっ!
この前と同じく視点の共有を行うのか。
先日はジャンだったけど、今度はケルベロスの視点で景色を見るわけだな。
『でも、事前に魔法をかけなかったが、大丈夫かな?』
『ノープロブレム! ケン様の魔法スキルが著しく上がったのと、ケルベロスが召喚されてしばらく経っていますから、心の波動が合わせ易いのです。少しくらい離れていても、楽勝で行けます』
おお、そうか!
それはすっごく便利だ。
でも、こういうの『ご都合主義』って言われそう。
まあ……良いか。
『じゃあ、俺が見える光景をリゼットにも見せるにはどうしたら良い?』
『先ほどと同様にリゼットちゃんと手をつないで下さい』
うん、納得。
手を繋ぐと、俺とリゼットの心――魂が結ばれるからだな。
『了解!』
クッカの説明でロジックを理解したので、
リゼットの不安と希望をすぐに解消してやろう。
「リゼット、今クッカが教えてくれた」
「え、クッカ様が?」
「おう! また俺と手をつなげば、ケルベロスの目でふたりの周囲が見える。ちなみに、さっきジャンと話せた方法もクッカの直伝だ」
「ああ、女神様。クッカ様、深く深く感謝申し上げます! 私達へご加護を与えて頂き、本当にありがとうございます!」
リゼットは、見えないクッカへ向かい、深く深くお辞儀した。
この中世西洋風異世界の女性は皆、信心深い。
俺の嫁の中ではミシェルが特に信心深いが、
リゼットも素直にクッカに対して感謝しているようだ。
『何の、何の、こんなの、お安い御用よ』
リゼットの感謝の言葉を聞き、
クッカは「にこにこ」しながら、手を左右に振っている。
目尻が、歓びで思い切り下がっていた。
俺は、速攻でケルベロスへ念話で連絡。
発動体となり、視点にもなって貰う事を伝え、すぐにOKを貰った。
という事で、俺は一応、リゼットへ注意してやる。
「ひとつ注意するぞ。リゼット、驚いて目を回すなよ。ケルベロスの奴、凄い速度で移動するからな」
「は、はいっ」
ケルベロスの視点は、いきなりだと、
目が回ってひっくり返ってしまうかもしれない。
レーシングゲームで、ゲーム慣れしていない、初心者と一緒だ。
なので、俺はカウントダウンをしてあげる事にした。
「リゼット、良いか? カウントして、タイミングをはかるぞ」
「は、はい」
「よっしゃ、3,2,1、ゼロ!」
「きゃう!!」
念を押したにもかかわらず、リゼットはつい可愛い悲鳴をあげてしまう。
やはりケルベロスの視点は、先日のジャンと一緒だ。
高速で走る為、景色が飛ぶように流れて行く。
レーシングゲームなどないこの世界では、刺激が強すぎる。
俺はリゼットの手を握り直すと、「気をしっかり持て」と励ましたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
※ここからは、しばし、ケルベロスとジャン中心に話が展開します。
視点が主人公ケンから、切り替わるので、何卒宜しくお願い致します。
という事で……
一方、こちらはジャンとケルベロス……
ケンから召喚された、ふたりの従士は、森の中を疾走していた。
『ジャン!』
『は!?』
ジャンは驚いた。
憎きケルベロスが初めて名前で彼を呼んだからである。
普段から、ケルベロスはジャンの事を蔑むように、
『駄猫』と呼んでいた。
驚くジャンだが、構わずケルベロスは淡々と言う。
『もう少しで、敵に接触する。作戦を伝えるから、良く聞いておけ』
しかし……
初めて名前で呼んだのは良いが、
ケルベロスは相変わらず一方的で命令口調な言い方をする。
ジャンは思わずムッとした。
『な、何っ! 作戦を伝えるだとぉ?』
『そうだ』
『はあ? お前の指示など、もう金輪際聞かねぇ』
『この、愚か者!』
『な、何ぃ!!』
『お前は、リゼット奥様の言いつけを、もう忘れたのか? あの方を、悲しませたいのか?』
リゼットの言い付けとは……
「ケルベロスと喧嘩をせず仲良く戦って」という切なる願いである。
リゼットの優しそうな顔を思い出したのか、
ジャンは『しかめっ面』をして渋々頷いた。
『ふん……分かったよ、作戦とやらをさっさと言え』
『奴らを、ハーブ園から、出来るだけ引き離す。俺と、お前でな。最低でも、5km、走ることになる』
『ご、5kmぉ!?』
ケルベロスから5kmも走ると聞いて、ジャンは驚いた。
犬と違い、猫は長距離を走る事に長けてはいない。
これは普通の猫でも妖精猫でも一緒。
ジャンは生まれてから、そんなに、長い距離を一度に走った事が無かったのだ。
ひどく驚くジャンだが、ケルベロスはおかまいなし。
続けて指示を出して来る。
『俺から絶対に、離れるな。もしも、囲まれたら、相手は300体超。お前がいくら、強くても、多勢に無勢、寄ってたかって、なぶり殺しにされ、あっという間に喰われてしまうぞ』
ケルベスから言われ、ジャンはゾッとした。
自分が、ゴブの群れに囲まれ、喰い殺される事を想像したからだ。
『お、お前に言われなくとも! わわわ、分かってらぁ、そんな事はっ!』
『ならば良い! おびき出す方角は、あちらだ。俺達は、派手に雄叫びを上げて、敵の真っただ中を突っ切る!』
『な? 何ぃ!? お、大声出して、しょ、正面から突っ込むのか!?』
『奴らの注意を引くには、それが一番良い!』
『よ、よし! そ、そうだな! お、お、お前の言う通りだ』
正面から飛び込むなど、愚かな自死行為……
だとジャンは思ったが、有無を言わさないケルベロスの口調に気圧された。
ここまで来たらもう後には引けないと。
一応、同意はしたが、もう意地以外の何物でもなかった。
『作戦は、更に万全を期す!』
『え? 作戦に万全を?』
『ああ、お前は、足を痛めたふりをし、手負いらしく見せかける。奴らの食欲を、思い切り刺激させるのだ』
『な、成る程! そうか! 俺っちは怪我をしていて、もう少しで捕まえられるぞ、というように奴らに見せ、思わせるんだな』
『その通りだ。では、行くぞ!』
『お、おう!』
ケルベロスとジャンは、特有な力を備えている。
相手の気配を読む獣特有の野性的な能力だ。
その特異な力が、多くの敵が居る事を伝えていた。
うおおおお~ん!!!
うにゃあごおおっ!!!
こうして……
見た目が獰猛な狼犬と至極平凡なぶち猫は……
雄叫びをあげ、ゴブリン300体超の大群へ突っ込んで行ったのである。
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