第73話「涙脆い女神様」
「大丈夫です!」
凛とした声が、大空屋に響く。
発したのはリゼットである。
「ミシェル姉、確かに売り物が無いのでは話にはなりません。まずは急ぎ、仕入れは行い、旦那様がご提案した氷室の設置も急ぐべく、もろもろの手配を致しましょう!」
声を張り上げるリゼットだが、ミシェルの表情は渋いまま。
だが、リゼットはめげずに、声を張り上げる。
「そして、長期的な方法となりますが、村で自給出来る販売商品の品揃えも増やしましょう。私とクラリスで色々考えましたから」
おお、意外な展開。
俺は少しびっくりする。
嫁ズの中では、万事控えめなリゼットとクラリスが、積極的な雰囲気を醸し出していたからだ。
胸を張るリゼットの隣で、クラリスも同意見とばかりに大きく、
うんうんと、頷いている。
そう! あの打ち明け話の夜、
俺と結婚の約束をしてから、リゼットは著しく変わった。
結婚する喜びが後押しするのだろう、
自分が正妻に、もしくは第一夫人となる自覚が出て来た。
将来への夢を果たそうと、努力する前向きさに溢れている。
だんだん、しっかり者の母フロランスさんに似て来たのかも。
「村で自給って? では何を? という具体的な話となりますが、……みんな、どうかしら?」
リゼットが問いかけ、
「私はいずれ、これをボヌール村の新たな名産品として売りたいのです」
ずらずらっと、テーブルの上に並べたのは……
俺が以前、西の森から取って来て彼女に渡した、ハーブ各種。
ちなみに、俺が持ち帰って来たのは生のハーブ。
そのままでは、しおれて駄目になってしまう。
だから俺は、リゼットと相談した。
いくつかは、俺の空間魔法で作った収納箱へ戻す。
ちなみに、空間魔法で生成した亜空間の中は、時間の流れが止まっている。
なので、ハーブは劣化せずそのまま保存OK。
残りは、乾燥させたりしてリゼットが処理。
こちらも、普通に保存がきくようにしたのである。
室内に、並べたハーブの良い香りが漂う。
大空屋が、癒し空間に早変わり~。
皆、「ふんふん」と鼻を鳴らし、心地良さそうにして嗅いでいる。
これは良いかも。
普段、ハーブに全く馴染みが無い俺でも満足する。
あの森のハーブ園以来、改めて嗅いでも癒され、落ち着く香りなのだ。
俺でさえそうなんだから、嫁ズの反応は推して知るべし。
暗い表情だった、ミシェルの顔がぱっと輝く。
「へぇ! リゼット! 良いハーブだね! このハーブをいずれボヌール村の名物にするの? 名案かもね!」
「うふふ、でしょ? ミシェル姉」
「でもさ、リゼット。これらのハーブの仕入れはどうするの? 滅多に手に入らないでしょう?」
大空屋で、ハーブを売る事には賛成のミシェルであったが、
肝心の仕入れに関して難色を示した。
まあ、当然だろう。
「……旦那様、話しても構わないですよね?」
リゼットが、俺へ同意を求めて来る。
西の森にある、『秘密のハーブ園』の話だ。
いつも落ち着いて気配りをするリゼットは、本当に聡明な少女である。
「ああ、良いと思う」
リゼットさえ良ければ、身内である嫁ズに隠す必要も無い。
なので、俺はOKを出した。
俺が「了解した」ので、
リゼットは俺と出会った経緯も含め、
西の森にあるハーブ園の事を詳しく話し始める。
風邪で体調を崩した祖母の為に……
両親に内緒で、西の森へ。
以前見つけた秘密の場所へ、風邪に効果のあるハーブを取りに行った事。
森の中でゴブの大群に見つかり、追われて喰われそうになった事。
絶体絶命に陥ったリゼットを、俺が助けに入って火の魔法を使い、
襲って来た100体以上のゴブを簡単に蹴散らした事。
ここまでは、他の嫁ズへ話していたから、更に……
村に来た日の晩、俺がリゼットの為に、夜ひとりでハーブを取りに行った事。
そして、俺とリゼットが力を合わせて、
いずれは村にハーブ園を作ろうと約束した事などなど……
「最初に申し上げた通り、長期的な展開になりますが、ハーブの栽培と販売は特に慎重に行いましょう、ミシェル姉」
「特に慎重に行うの?」
「はい、最初は、少しの栽培とほんの少しの販売だけ……大空屋で村民だけに……目立たないように売るのです」
「成る程、目立たないように、かあ」
「ええ、下手に目立つと、村にオベール様のチェックが必ず入ると思います。万が一、旦那様にも目が向けられたらたら……非常にまずいのです」
「ああ、成る程! 成る程! 確かにそうだよね」
「だからミシェル姉、まずは、ほんの小規模で栽培すれば良いなって思うの」
「うん、分かるよ、リゼット。しばらくは村の農園で地味に地道に育てるのね?」
「はい、その通りです。そして徐々に徐々にハーブ園を大きくし、生産量も増やしつつ、軌道に乗せたい」
「うんうん、それが良いと思うよ」
「はい! 旦那様へはお伝えしましたが、私は将来、村に立派なハーブ園を作りたい。ゆくゆくは、出来たらカフェも造りたい」
「うふ、素敵な夢ね、リゼット」
「ありがとうございます! なのでもう少し詳しくかつ具体的に申しますと、大空屋で地味に少量を売るのが定着したら、次の段階として、ややハーブ園を拡大。希少品扱いで、宿のお客様にも、そ~っと、ひとり1杯限定のウエルカムティーのお茶で出すのって……どうかしら」
リゼットは、家族へ秘密厳守を強調する。
ひょんな事から、俺の秘密への波及を怖れての事だ。
両親を始めとした、肉親にも絶対内緒です!という念押しをしたのである。
「分かった、秘密というか、厳秘だね。私は良いと思う! ハーブ大好きだから!」
とレベッカ。
「私……畑の作物も含めて植物全部が好き、当然ハーブも。だから大賛成だし、この場に居る人以外には絶対に口外しません」
とクラリス。
「じゃあ問題無いね。私もリゼットに同意。いずれハーブは村の超目玉商品になると思うし、最初は目立たないよう、地味~に作って、地味~に売ろう」
嫁ズの意見が一致したと見て、最後には、ミシェルが話をまとめようとした。
でもハーブならば……
肝心の人、いや『天界のお茶汲み女神様』を忘れてはいけないだろう。
俺が手を挙げると、嫁ズが注目する。
「ちょっと、待ってくれ。クッカもハーブは凄く大好きだから、全力で応援するってよ」
俺の言葉を聞いて、クッカが息を呑んでいる。
今まで、クッカは話は聞いていたのだが、
自分は実体のない幻影、その為に大空屋を手伝えない。
疎外感を覚えているクッカへ、俺は同じ『家族』として話を向けてやりたいのだ。
俺がフォローしたのを聞いて、勘の良いミシェルには「ピン!」と来たらしい。
すかさず、深く頭を下げたのである。
そして、見えないクッカへ向かい、声を張り上げる。
「クッカ様って、私達と同じく、ハーブが大のお気に入りなのですか? それは、とても助かりますよ! クッカ様、ご指導、何卒、宜しくお願い致しますっ!!」
当たり前のように深くお辞儀をするミシェルに倣い、
リゼット達3人も「ご指導、何卒宜しく願い致します!」
と斉唱し、一斉に頭を下げた。
俺は空中に居るクッカを見て、にっこり笑う。
『ははは、大空屋でハーブを売るのに、お茶汲みのクッカを外すなんて、絶対に無理だろう?』
『ううう……あ、ありがとう、ケン様ぁ! うわぁ~んんん、皆さ~ん、仲間に入れて貰ってクッカは嬉しいですよ~!』
俺達から優しくされて、クッカは感極まったようだ。
大喜びし、そして大泣きもしている。
おいおい、当たり前じゃないか、お前も大事な大事な嫁で家族なんだもの。
でも、俺は女子の涙には弱い。
嬉し涙だと、分かっていても本当に弱い。
だから、ちょっぴり照れ隠しもあった。
涙ぐむクッカを少しだけからかう。
『何だよ、最近、涙脆いんじゃあないか? いつもの強気なクッカらしくないぞ』
『もう! 私はすっごく繊細なんです! 超デリケートなんですからぁ! ケン様の意地悪っ!』
泣き笑い顔のクッカは、ほんのちょっぴり拗ねながらも、
嬉しそうに俺を見つめたのである。
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