第71話「真夜中の訪問者②」
ステファニーがOKしてくれたので、
妖精猫たるジャンの身体は、
俺の転移魔法行使により、
オベール家城館の高所にある彼女の部屋へ、あっという間に運ばれた。
何と何と! 猫が喋る。
その上、庭に居た筈の猫が、忽然と自分の部屋に現れる。
先ほどから繰り広げられる、まか不思議な光景。
ステファニーは、びっくりして目を真ん丸にしていた。
現在は、周囲が寝静まった真夜中である。
ジャンの目を通して、その光景を見ている俺だが……
今、ステファニーは化粧を全くしていない。
『すっぴん』のステファニーが、
あどけない表情で驚いている様はとても可愛かった。
ジャンも、俺と全く同じ気持ちだったようだ。
可憐なステファニーの顔を、「ぼうっ」と眺めている。
心がシンクロしているから、共感し易かったのかもしれないが。
俺は腑抜け状態のジャンに構わず、ステファニーの心へ話しかける。
『こんばんわ、いきなりで驚いただろう、ステファニー』
俺の呼び掛けに対し、ステファニーはやっと普段の自分を取り戻したようだ。
その証拠に頬を軽く膨らませ、口を尖らせると怒った振りをする。
『……もう! 驚くわよ。こんなのばっかり見せられたら』
『ああ、重ね重ね御免な』
俺が素直に謝ると、ステファニーは機嫌を直し、
すぐ、「にこっ」と微笑んでくれた。
『ふふ、……でも』
『でも?』
『こんな夜に、ケンが来てくれるなんて全然思っていなかった。私……また貴方に会いたかったから、とっても嬉しいわ』
「ぱあっ」と、花が咲いたように笑うステファニー。
ああ、やっぱりこの子は気品があって素敵だ。
雰囲気に華があって、いかにも貴族令嬢って感じだな。
何故、妖精猫を介してまで会いに来たのか?
俺はここで、今夜来訪した目的を告げる。
『実は、いきなり会いに来たのは、その……ひと言、ステファニーへ謝りたくてな……』
『え? 謝る?』
ステファニーは何故、俺が謝るのか、ピンと来ないようだ。
可愛らしく、首を傾げている。
『ああ、俺……お前の事情、色々と聞いたんだ』
『聞いた? 私の事情を……そう、なの……』
ステファニーの表情が、少し曇る。
自分の境遇には、あまり触れて欲しくないようだ。
だから俺は彼女の事には触れず、謝る事に専念した。
『いやあ、ちょっとお尻、叩き過ぎたかなって、な』
『ううん……良いの。あんなに激しくお尻を叩かれた事なんてなかったわ。私の事を、ちゃんと叱ってくれて凄く嬉しかったから』
頬を染めて、恥らうステファニー。
俺は、思わずドキッとした。
『…………』
『…………』
沈黙が部屋を支配する。
ふたりの言葉が、何故か止まってしまう。
ああ、この微妙な沈黙を振り払わないと……
そこで俺は、転移魔法で手元にあった『ある物』を、この部屋へ送った。
即座に、送ったものは、ステファニーの机の上に現れる。
『机の上に送った、これさ……良かったら貰ってくれ。今日、市場で買った。……大したもんじゃないんだけど』
俺が魔法で送ったものは、古めかしいが素敵なデザインのアミュレット。
今日の昼、市場で購入した水滴形の宝石が付いたペンダントだ。
多分、水の精霊の加護を模したものに違いない。
大空屋において、ボヌール村の女性の誰かへ売る為のものであったが、
俺が、こっそり抜いておいたのである。
本当は、宜しくない事だが、
ミシェルには、後で理由を話し、ちゃんと謝ろうと思う。
しかし、俺からのプレゼントを受け取ったステファニーの反応は、予想外のもの。
ぱっ! と飛びついて、ペンダントをつかんだ、ステファニー。
そして、しげしげと見る。
即、ぱああっと、笑顔。
否、満面の笑み。
『え!? これ! ケンがくれるの! ううう、嬉しいっ』
あれ? すっげぇ、喜んでいる。
これは意外だぞ。
貴族のお嬢様であるステファニーならば、
もっと高価で立派な装身具を、たくさん持っているだろうに。
『おいおい、そんなにまで喜んでくれて嬉しいよ』
『うふふふ♡ ケンからのプレゼントなら、すっごく嬉しいよ!! つけても良い?』
『ああ、構わないよ』
ステファニーは俺に一旦了解を求めてから、アミュレットを首から下げた。
美しい碧眼、豊かな金髪……
そして抜けるように真っ白な肌。
白い肌の胸元にある青い宝石が良く映えており、
可憐なステファニーの美しさを一段と際立たせている。
『ねぇ、似合う? 私ね、こんなに気持ちのこもったプレゼントなんて、今まで貰った事なかったわ。今、本当に嬉しいの』
『ああ、バッチリだ。凄く可愛いぞ、お前』
俺が褒めると……何と、ステファニーの双眼に涙が溢れて来た。
これは歓びから来る涙だと、彼女の心が発する波動で分かる。
よほど嬉しかったに違いない。
『ケ~ン! ありがとうっ! ありがとうっ!』
『うひゃああっ!』
ステファニーは俺の代わりに、ジャンへ飛び付くと、思いっきり頬ずりし始めた。
驚くジャンに構わず、何とジャンの小さな頭へ、ソフトキスまでしている。
何だ、ジャン。
お前、良かったじゃないか。
最後に役得が来たな……
ジャンを揉みくちゃにして喜ぶステファニーを、俺はしばし黙って見守っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝……
夜がろくに明けないうちに、俺達はエモシオンの町を出発した。
ラバが曳くミシェルの荷馬車の傍らに、
俺とレベッカは護衛として騎馬で併走するのだ。
実はこの時間には、ジェトレ村経由で王都へ向かう大規模な某商隊がある。
情報を内々でキャッチしたミシェルが、
俺達も同時刻に出発しようと提案したのである。
但し、俺達は勝手に後から着いて行くだけ。
だから、商隊に断わりなど入れない。
彼らの護衛義務もないし、気楽なものだ。
当然、俺達から金など払わない。
万が一、襲撃などがあったら商隊を護衛する為に、
雇われたギルドの冒険者達が代わりに戦ってくれるだろう。
まるで、『おこぼれ』に預かるコバンザメのように、
ちゃっかりしたもの。
だが、言い換えれば、他力本願とはいえ、安全を担保する事を求めた、
優れた生活の知恵ともいえるやり方であるとも言えよう。
さてさて!
昨夜、ぐっすりと眠ったのでレベッカとミシェルも元気一杯だ。
ちなみに今朝から、魔獣ケルベロスと妖精猫ジャンが、
俺達の従士として『目に見える形』で加わった。
妖馬ベイヤールも含めて、俺が召喚したと嫁ズへ伝え、納得して貰ったのだ。
ケルベロスは俺達の少し前方……
商隊最後方との間を、のしのしと威嚇するように歩いている。
そしてジャンはといえば、荷馬車の荷台で丸くなっていた。
昨夜の『大活躍』の疲れもあって、ぐっすり寝ているらしい。
魔物である2体だが、両名とも人間達の中に入っても全く違和感が無い。
擬態したケルベロスは『逞しい番犬』という趣きであり、
ジャンは元々『普通のぶち猫』にしか見えないから。
さてさて!
時期は春とはいえ、まだ朝は寒い。
東から、徐々に太陽が昇って行く。
辺りが、少しずつ明るくなって来た。
『ケン様……』
いきなり念話で話し掛けて来たのは、荷馬車で寝ているはずのジャンである。
俺は笑顔で言葉を返す。
『おう! 昨夜はお疲れだったな、ありがとう』
『いいえ、こちらこそ! また頑張りますよ』
いつになく殊勝なジャン。
それには、やはり理由があった。
『ケン様』
『ん?』
『あの子……ステファニーちゃん、何故、連れて行かなかったんですか? 貴方と一緒に行きたい! って彼女の心から強く強く伝わって来ましたよ。ケン様も、分かっていたでしょう?』
『いやいや、馬鹿言え! もし本人がOKしても俺が連れ出したら、貴族令嬢誘拐事件になって、エモシオンの町は大騒ぎさ……だよ』
『そうすか……でも、ステファニーちゃん……本当にいい娘でしたね』
『……ああ、そうだな』
ステファニー……
頼りにしていた父親とも、距離が出来てしまい、
これから誰を頼りに、そして何を支えにして、生きて行くのだろう?
ごめんよ、今の俺はお前に対し、何をしてやれるか、
上手く思いつかないんだ。
やがて太陽が高く昇り、商隊と俺達を照らし出す。
俺は複雑な思いを胸にして、嫁ズと共にボヌール村への帰途についたのである。
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