第61話「眠れぬ夜」
今、俺達はエモシオンの町の、とある宿屋へ泊まっている。
結婚前の男女は、健全に3人別々の部屋かって?
とんでもない!
結婚式はまだだし、この中世西洋風異世界のルールで、
H等々も16歳以降ではないとNG。
だが、俺達は、きっちりと夫婦約束をしている。
それゆえ、当然同じ部屋。
3台のベッドを合わせて、3人一緒に寝ているのである。
俺が真ん中に寝て、左側にミシェル、右側にレベッカ。
いわゆる川の字って奴。
でも俺は落ち着かない。
実はさっきから、すっげ~興奮していてすぐには眠れそうにない。
ベッドの中が、女子の甘い良い香りで満ち溢れていて、
健全な男子は落ち着かないのだ。
だけど……さっきから、ミシェルは泣いている。
いつも朗らか、かつ明るいミシェルが、俺にしがみついて泣いている。
ミシェル達が侮辱されたお返しは、充分にさせて貰ったはずなのだが……
最低最悪な酷い口上を思い出し、俺は改めてカミーユの奴が許せなくなって来た。
くそ! あんな奴にミシェル……弄ばれたんだ。
そう思うと、メチャクチャ腹が立った。
俺のそんな怒りを、敏感に感じたのだろうか。
レベッカが、そっと囁く。
「ダーリン……ミシェルへそ~っと声を掛けてあげて……ダーリンが昼間の件で、どう自分の事を思っているのか、凄く不安なのよ」
俺は黙って頷いた。
そして、間を置かずに言い放つ。
「ミシェル、俺は今のお前が大好きなんだ」
「…………」
しかしミシェルは、答えない。
声を押し殺して、泣き続けている。
ただ俺の腕をしっかり掴んだミシェルの手に「ぎゅっ」と力が入ったのが分かる。
だから俺は、更に言ってやる。
カミーユのくそ馬鹿野郎に、言ってやった事と同じだ。
「今のお前が大好きって事は、昔のお前もひっくるめて大好きになったんだ」
そう! 過去なんか全く関係ない。
今のお前が、俺には大事なんだ。
「ミシェル、俺から、絶対に離れるなよ」
「あううううう……わあああああんんん!!!」
ミシェルは、我慢出来なくなったらしい。
今度は、声を出して思いっきり泣き始めた。
だけど……
ミシェルの心からは安堵の波動も伝わって来た。
それはとても温かいものである。
ミシェルの、嬉しい気持ちが分かるのだろう。
レベッカが、俺へ礼を言う。
「ありがとう、ダーリン」
そしてレベッカは一瞬、躊躇うが、
何か決意を秘めたように言い切った。
「……ミシェル、あんたはお節介だって怒られるかもしれない……だけど……言うよ」
「…………」
ミシェルは、レベッカを止めない。
親友を、いや同じ俺の妻として家族の真っすぐな愛情を感じている。
「ねえ、私の話を良く聞いてダーリン」
「…………」
俺は無言でレベッカの言葉に応えた。
「大丈夫よ、安心して。ミシェルはね、カミーユに抱かれてなんかいない。ただ手を繋いだだけ……キスは勿論、ハグさえもしていないのよ」
レベッカの言葉に、俺は思わず安堵してしまう。
ミシェルは、カミーユにお手付きされてはいなかった……と。
そして、自分に対して苦笑い。
ケン、お前は仕方が無い奴だと、自虐の感情が心に満ちる。
ああ、駄目だな、俺って。
大事なのは、お互い、今の気持ちの筈じゃないか。
俺が大きく息を吐いたのを感じてか、
ミシェルもまた「ぎゅっ」と手に力を入れて来た。
レベッカは、なおも言う。
「以来、ミシェルは仕事ひと筋。恋愛を完全にシャットアウトして来たわ。商隊の人から誘われても、単なる仕事上に限っての食事止まり。それ以上の付き合いは、一切断っているから安心して!」
更に「ふう」と息を吐き、レベッカは話を続ける。
「先日、色っぽくダーリンを誘惑したみたいだけど、相当、勇気を出したんだと思うよ。本当は……私以上に身持ちが堅くて真面目な子なの、ミシェルって」
ここでとうとう、ミシェルが口を開く。
最初に出た言葉は、やっぱりレベッカへの感謝の言葉だ。
「……レベッカ、フォローしてくれて、本当にありがとう。これからも宜しくね」
ミシェルは、大きく息を吸い込んだ。
何か、覚悟を決めて、話すという雰囲気である。
「……ケン様、私ね……初めて村の広場で会った時、貴方がお父さんの生まれ変わりだと思った……それくらい本当に似ていたの」
「ミシェル……」
「一生忘れられないあの日……私とカミーユが、草原で初めてデートしていた時にいきなりゴブの大群が現れた」
「…………」
「私達を守る為、駆け付けたお父さんはその身を挺して盾となり、身代わりになって死んだ……ふたりで幸せになれよって言い残して……」
そうだったのか……
ミシェルのお父さんが、ふたりを助ける際にそう言い残したのか……
それでミシェルは、カミーユと幸せになるって決めたのに……
あいつはボヌール村を馬鹿にして、ミシェルを残し、出て行ったか。
「カミーユはさっきと同じ事を言ったわ。しょっぱい、クソつまらない村なんて、一緒に出ようって。だけど私、お父さんとの約束を守れなかった……カミーユとの幸せよりも、お父さんが守った、大好きな、この村に残る事を選んだから」
そうだ。
カミーユは、あっさりと自分が生まれ、育んでくれたボヌール村を出て行き、
そして思い切り馬鹿にしていた。
ミシェルの気持ち、亡くなったミシェルのお父さんの気持ちなど一切考えずに。
全ての思いを、泥足で踏みにじるような行為をしていたのだ。
そして今日、再会した途端、
あいつはミシェルを思い切り馬鹿にし、せせら笑った。
カミーユめ! ……あのくそ野郎……最低最悪のクズ野郎だ!!
「私、悲しいのを紛らわせるよう、がむしゃらに働いていた。もしも働いていなかったら、悩んで悩み抜いて挙句の果てに……死んでいたわ。お父さんとの約束を破った自分が許せなくて……そんな時に、ケン様が現れたの」
「ミシェル……」
いつも明るいお前が……そんなに思いつめていたんだ。
「私は、ひとめぼれだった! どうしてもケン様の傍に居たかった! だけどケン様が命を救ったリゼットは村長のひとり娘……彼女と仲良くなったら……私はとても入り込めないと思った……」
確かに俺とリゼットは、運命の出会いを果たした。
そして相思相愛で間違い無い。
仲良くなった俺達を見たミシェルは形振り構わず……
本来の自分とは全く違う、あのような思い切った行動に出たんだ……
「私は完全に出遅れた……そう思ったから、ずうずうしくふるまって、あんな恥ずかしい事もした。ケン様が私を好きになってくれなくても良いって」
「ミシェル……」
「私への心は無くとも、私の身体だけ好きになってくれても良かった。何でも良かったの……私がケン様の傍に居られれば良かったの……悩む私の気持ちを見抜き、母さんも協力してくれたわ」
自分の気持ちを吐き出して、すっきりしたのだろう。
ミシェルは、また泣き始めた。
ミシェルの話を聞いていたレベッカも、我慢出来なくなったようだ。
静かに、語り始めたのである。
「私は正直、最初はダーリンじゃなくても良かった。だって、村にお婿さんになってくれそうな人なんて他には居ないじゃない」
そう言うと、レベッカは「ふう」と息を吐いた。
「私は3歳も年上だったし、ダーリンに対してすごく偉そうにしてたよね。だけど良く分かった……オーガから助けて貰って凄く良く分かった」
レベッカはそう言うと、俺にぴったりくっついた。
熱い息が、俺の首筋にかかる。
「ダーリンは命懸けで私の命を拾ってくれた強く優しい人! そう! 私の命はダーリンにしっかりと拾われた! 私のハートの行き先が初めて見えたの! 想い人は、もうこの人しか居ないって! んんん、ダ~リ~ン!!」
鼻を鳴らして甘えるレベッカ……何て、可愛いんだコイツ。
一方、ミシェルもレベッカに負けじと甘えて来る。
「レベッカと同じ! 私も想い人はケン様しか居ない!」
「ミシェル……」
「一緒に気持ち良く仕事が出来て、とても強くて誠実、思いやりもある。今日だって私を傷つけないように優しく気遣ってくれて凄く嬉しかった。……そしてお父さんにそっくりなんだもん! 100点、いいえ100万点満点つけられる、最高の旦那様よ!」
ああ、ミシェルもすっげぇ可愛い。
だから俺は、ここにはっきりと宣言する。
「レベッカ、ミシェル……そしてクッカ、リゼット、クラリスもだ。俺はお前達、嫁全員を必ず幸せにするからな」
「ありがとう、ダ~リ~ン!」
「ケン様、だ~い好き」
ベッドに満ちた、女子の甘い香りがどんどん強くなっている。
これは絶対、愛の強さに比例するのだろう。
ふたりを抱く手に、俺は一層力を入れたのである。
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