第202話「フレデリカの成長」
ひっくり返った古代竜は、
「ぴくぴく」痙攣している。
実は……ほんのちょっとだけ手加減した。
だから、奴の命に別条はない。
竜を見て、フレデリカが、俺のわき腹をつんつん。
「ね、ねぇ、お兄ちゃわん」
「何だ?」
「な、何だ、じゃないわ。い、今のうちよ! あの古代竜に、とどめを刺しておきましょう」
竜の息の根を止めようと勧めて来るフレデリカ。
しかし俺は無言、そして動かない。
「…………」
「お兄ちゃわん、どうしたの? 無防備状態の今が大チャンスよ。もし躊躇っているのなら、私が魔法で燃やそうか?」
物騒な事を言うレベッカに、俺は苦笑。
「おいおい、魔法で燃やすって……やめとけよ、フレッカ」
「な、何故!? あいつを倒さないと、ソウェルへの試練が、クリア出来ないわ。ここへ来た意味が無いよ」
「いや、意味はあるさ。ここへ来た、最大の目的は、既に果たしているよ」
「え? 何、最大の目的って?」
「ああ、フレッカ、お前の気持ちの問題さ」
「え? わ、私の?」
「おお、そうだ。もう……竜が、怖くはないだろう?」
「う、うん……何とか……今は、あいつ動いていないから」
フレデリカは、もう震えてはいない。
落ち着いており、俺と普通に話している。
そして、再び古代竜を、そ~っと見た。
倒れている古代竜は、相変わらず気絶したままである。
「フレッカ、俺には分かった」
「え? 分かったって……」
「ああ、お前のおじいちゃんが、俺達を、ここへ送った意図が読めたんだ」
「???」
首を傾げるフレデリカ。
ここはもう少し、説明が必要だろうな。
「エルネスティ様が、ここへ俺達を送った最大の目的は、フレッカ、お前の心の弱さを克服させる為だ」
「私の、心の弱さを克服させる為……」
「そうさ! そもそも俺達は、自然の中では単なる動物に過ぎない。例えが微妙だが、先ほどのオーガと一緒だ」
「え? 私達が、オーガと一緒?」
「ああ、あいつらは竜の『餌』だっただろう。そして今、俺達も餌になりかけた。全く、同じじゃないか?」
「た、確かに……そうね」
フレデリカは、俺に同意して頷いた。
話が、だんだん見えて来たらしい。
「多分……お前は、今までに、とんでもなく大事に大事に育てられ、厳しいモノ、辛いモノからは、一切遠ざけられて来たと俺は思う」
「…………」
俺にそう言われ、フレデリカは、黙り込んでしまった。
多分、事実なのだろう。
沈黙は、肯定の証だから。
「創世神様が、お創りになった自然の摂理は、ときたま非情になる。その非情さを初めて目の当たりにしたお前は、すっかり臆してしまった」
「…………」
「誰でも竜は怖い。それは仕方が無い。肉食獣のあいつにとって、俺達は餌だからな。だが、お前が、ゆくゆくはソウェルとなるのなら、この世界の理が怖いままでは、いけないんだ」
「…………」
「お前は今、それに気付いた。まだ恐怖は残っているだろうが、ある程度、時間をかければ克服して行く事が出来る」
「そ、そうかな?」
「大丈夫、さきほどまでのお前とは違う、自信を持て。あと、これも言っておこう」
「な、何?」
「今居る魔境は、さしたる理由が無い限り、本来は、俺達が戦うべき場所じゃないと思う」
「え?」
「ここは、竜を含めた魔物達が住まう場所だ。そもそも、現在アールヴの住民はゼロ、全く住んではいない。つまり、異種族の俺達が、ここで戦いをするのは、ある意味、侵略だ。そう思わないか?」
「…………」
「俺達が課せられた役目、つまり守護者として戦うべきなのは……違う場所さ」
「…………」
「守るべき大切な仲間達が、平和に暮らす人々が居て……対して、敵となる、魔物の脅威にさらされている場所なんだ」
俺の言葉を黙って聞いていたフレデリカだったが、
ようやく分かってくれたらしい。
「という事は……私達はイエーラで戦えって事?」
「大当たり! そうさ! 俺達が今、こう話している間にも、難儀している人は大勢居る。道に迷った仲間を導き、しっかり守るのが、アールヴの長たるソウェルの役目だろう?」
「それ、分かる! お兄ちゃわんの言う通り。でも、お祖父様の命令に逆らって大丈夫かしら?」
「大丈夫さ。エルネスティ様は、フレッカの持てる能力を発揮すべく、ここに来いと言っただけだ。ずっと、とどまって試練を果たせとは言っていない」
「な、成る程! そうだよね!」
「ああ、安心しろ、いざとなれば責任は俺が取るよ」
「そこまで言うのなら……」
「よっし、じゃあ、念の為、俺に捕まっていろ」
「え? 何をするの」
「ここに来た課題の仕上げさ。奴を、お前の目の前で回復させる」
「ええええっ!? か、回復!?」
「そうだ。このままでは、こいつ、お前の言う通り、無防備だ。他の奴に襲われてやられるかもだろう? それじゃあ、後味が悪い」
「ええええっ!?」
俺は片手で、フレデリカを抱き寄せた。
そして空いた片手をゆっくり挙げる。
瞬間! 古代竜へ、
『全快』の回復魔法が発動されていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
がはああああっ!
俺の回復魔法『全快』で意識を取り戻した古代竜。
すかさず起き上がった。
そして、俺達を認めると大きな声で咆哮したのだ。
まあ、正直、俺も少し怖い。
何故ならば、『勇気』のスキルを発動していないから。
理由は簡単。
フレデリカに偉そうに言っておいて、自分だけズルしちゃ、いけないものな。
代わりに、今までいろいろな竜と戦い得た勝利が、
恐怖に囚われそうになる俺を奮い立たせている。
実際、俺の目の前のコイツにも勝っているし。
「こ、怖いっ」
片や、フレデリカはぶるぶる震えている。
怖いのは無理もない。
こいつ、この異世界では、最大の『肉食獣』だろうから。
だが……もしソウェルになるのなら……全アールヴを束ねたいと思うのなら……
たかが、こんな竜一体、怖がってちゃいけない。
「ほら、大丈夫、よ~く見てみろ、フレッカ。襲って来ないぞ……あいつ、さすがに馬鹿じゃない。分かっているんだ」
「へ?」
俺に言われ、改めてフレデリカは古代竜を見た。
……確かに、俺達を襲おうとする気配はない。
何故ならば、咆哮しながら、竜の目は語っていた。
そう、俺に対する畏怖の念があるのだ。
『俺を倒したお前が何故、わざわざ助けた?』と。
なので、俺は答えてやる。
意思の波動を、奴へ送ってやる。
俺は、お前より強い。
遥かに強い。
助けたのは、ほんの気まぐれ。
それも今回だけ。
もしも、再び、俺とこの子を襲ったら、お前に待っているのは確実な死だと。
すると、 古代竜は再び咆哮した。
これも俺には分かる。
この咆哮は、俺の呼びかけを受け入れたという返事だと。
その証拠に、古代竜はしれっと翼を広げ、飛び立つと、雲の彼方へ、
あっという間に、見えなくなってしまった。
その場に残された俺とフレデリカは、咄嗟に張り巡らした魔法障壁の中に居る。
当然、俺が発動させたモノ。
古代竜が『離陸』の際、翼で巻き起こす風を防ぐ為だ。
俺達はそれくらい、古代竜の近くに居たのである。
「ああ、ちょっとだけ怖かった……でも行っちゃったね、お兄ちゃわん」
「おお、フレッカ。あのクラスの竜なら知性がある。俺の発した心の波動を理解したんだ」
「うんっ! 私にも分かった、お兄ちゃわんと竜の心の波動が」
「よし! それにしてもフレッカ、最初みたいに怖がらず、本当に良く頑張ったな、偉いぞ!」
「うふっ、だってお兄ちゃわんと一緒なんだもん! だからもう怖くないっ!」
「そうか、偉いぞ、フレッカ」
「うふふっ、もっと褒めて、そしてまた、内緒のご褒美を……頂戴」
む、フレデリカの欲しい内緒のご褒美か、……分かるぞ。
俺は甘えるフレデリカをしっかり抱き寄せ、熱いキスをしてやったのであった。
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