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第201話「最後の防衛線」

『俺が、お前の悩みを、きれいさっぱりと払しょくしてやる、しっかり見るんだ』


そう告げて、俺は腰から提げた剣を軽く叩くと、小屋の扉を開け、外へ出た。


見渡せば、ここはだだっ広い草原の中にある「ぽつん」とした一軒家であった。


少し離れたところに、針葉樹らしい深い森が迫っている。

遥か遠くには山々が連なり、山頂には真っ白な雪が被っていた。


やはり、俺の世界の魔境と風景は変わらない。


さあて視点を変えて……


小屋の周囲は、丸太を組んだ簡素な柵で囲われていた。


その柵のすぐ傍に、オーガどもが約100体は居る。

どうやら、柵には強力な魔法障壁が付呪されているようだ。

なので、オーガ達は柵にむやみやたらと突進したりしない。

 

多分、既に何回か試しているのだろう。

奴等は壊せないと分かっているのだ。


しかし魔法障壁は肉眼では見えない。

一見何も無いので、俺の存在は視認出来る。


出て来た俺を見て、オーガどもが、一斉に咆哮した。

「不味そうな『餌』が姿を現した」という感情が奴らから伝わって来る。

 

むう、俺が「不味そう」で……悪かったな、てめぇら。


だが……俺には分かる。

まもなく、状況は一変するのだ。


何故ならば……


ぐはおおおおおお~んんん!!!!!


突如、雷鳴のような咆哮が辺りに轟く。


オーガの咆哮とは、全く違う異質なものだ。


びりびり!大気が震えていた。

俺が見守っていると、大空を巨大な影が横切る。


そう、索敵でキャッチした通り、来たのは古代竜(エンシェントドラゴン)だ。


すると!

先程まで俺を威嚇していたオーガどもが、

くるりと背を向け、回れ右、脱兎の如く逃げ出す。


そりゃ、そうだろう。

古代竜(エンシェントドラゴン)にとって、自分達は単なる餌なのだから。


竜は急降下して、逃げ惑うオーガ達を襲ったが、

一体だけ捕らえ、残りは逃してしまった。


そのまま、追うのをやめたようだ。


ぎゃあああああ!!!!!


すぐに断末魔の悲鳴があがり、竜は捕らえたオーガをバリバリ貪り食っている。

 

うっわ、リアル。

 

俺は前世、テレビで見た事がある。


獰猛な肉食動物が餌たる草食動物を捕食する、まさにそれ。


だが……これこそが食物連鎖、厳しい自然の(ことわり)なのだ。


「ひ、ひいっ!」


開いた扉から見守っていたフレデリカが、本能的に声をあげた。


捕まったオーガに続き、怖ろしい竜の餌とされるのは……

自分になるかもしれない、という不安と恐怖が彼女を包んでいる。


ここで俺は振り返って、笑顔を見せる。


『フレッカ、大丈夫だ』


力付ける俺に対し、真っすぐ切ない視線を向けるフレデリカ。


心の声を張り上げる。


『お兄ちゃわ~ん!!!』


おお、生の声じゃなく、念話で呼び掛けるなんて少しは落ち着いて来たか?


『おう、いきなり悲鳴じゃなく、念話を使うのなら、だいぶクールダウン出来たな。さすが、次期ソウェルだ、偉いぞ、フレッカ』


『ううう』

 

唸るフレデリカへ、俺は言う。


『良いか、フレッカ。もしも万が一、ここで俺が突破されたら、お前は竜に殺されるかもしれない。だがそんな事、絶対にさせない。俺は……絶対に負けない』


『……お兄ちゃわん……』


俺は、フレデリカへ告げながら、自分にも言い聞かせる。


そう、これは俺の信条でもあるのだから。


そして力強く言い放つ。


『昨夜、言っただろう? 後がない、背水の陣、最後の防衛線。俺はいつも、そんな気持ちで守護者をやっている。俺が突破されれば、愛しいお前が無残に喰われる……そんな事は、俺自身が絶対に許せないんだ!』


『…………』


『覚えておけよ、フレッカ。人っていうのはな、自分の為より、愛する者の為に、力が出せるように出来ているんだ』


『…………』


『愛する者の為ならば、怖いと思う気持ちさえも、振り切り、捨て去る事が出来る!』


『おおお、お兄ちゃわ~ん』


『ははは、じゃあ作戦の打合せだ。お前は魔法障壁を解除する方法を知っているのだろう?』


『し、知ってる……』


『よし! じゃあ俺が合図をしたら、一瞬だけ障壁を解除しろ。俺が外へ出たら、念の為、すぐに障壁を復活させるんだ』


『で、でも! それじゃあ、お兄ちゃわんがぁ!』


『大丈夫、信じろ! 俺だって無謀な戦いはしない。……奴には勝てる!』


『わ、分かった! し、信じるよ! 絶対に死なないで! 頑張って! お兄ちゃわん!』


『了解!』


アールヴ美少女のエールを受け、

俺はオーガを貪り食う古代竜(エンシェントドラゴン)へ、

ずいっと、一歩を踏み出したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


俺は高床式で作られた小屋の階段を降り、伸びた芝生が生える庭に降り立った。


竜に向かって、一直線に歩いて行く。

思わず口で「ざっ、ざっ、ざっ」と言ってみる。

 

……ああ、懐かしい。

昔、レベッカの尻を触ったクランを懲らしめた時もそうだった。


あの時は、女神だったクッカが、気を利かしていろいろ演出をしてくれたっけ。


俺は柵を挟み、座り込んで食事中である、古代竜の向かい側に立った。


オーガをバリバリ喰らいながらも、俺に気付き、

竜の無機質な目がぎろりと俺を睨む。


「おい、お前のメシが終わるまで、待っててやるよ」


今の俺は、アールヴのイケメン剣士。

竜にとって、アールヴが美味かどうかは分からない。


しかし、今言った言葉の意味だけは魔力波(オーラ)で送ってやった。


古代竜(エンシェントドラゴン)は、長き時を生きる竜。

絶対にプライドが高い、という俺の予想は当たった。

 

「たかが、餌如きに侮辱された」と感じたのであろう。


奴は怒りで立ち上がろうとしている。


その時、俺は既にフレデリカ宛にカウントダウンの指示をしていた。


当然念話でのやりとりだ。


『5,4,3,2,1……よしっ、障壁解除っ』


古代竜(エンシェントドラゴン)が立ち上がったのと同時に、

障壁が消え始め、やがて完全に消滅。

 

瞬間! 俺は身を躍らせていた。


ばっごおおおお~んんん!!!


凄まじい音と共に、手応えあり。


ぶちかました俺の天界拳は何と!

古代竜(エンシェントドラゴン)を、軽く吹っ飛ばしていたのである。

 

「どっず~ん」と、凄まじい地響きを立てながら、ごろりと転がった竜。

 

よし、これで時間が稼げた。


すぐにフレデリカに、魔法障壁を復活させて貰おう。


そう思い、俺が振り返ると、そのフレデリカは……

びっくりして立ち尽くしていた。


再び俺は、古代竜(エンシェントドラゴン)の方を向くと、念話で叫ぶ。


『おい! フレッカ! 障壁閉めろっ!』


「へ?」


しかし、返って来たのはフレデリカの生声。


それも、驚きの感情を込めた声。


さすがに、イラっとした俺は再び叫ぶ。


『こら! 何してるんだ、危ないから、さっさと、閉めろっ!』


しかし……


「で、でも……お兄ちゃわん、そいつ、死んではいないけど……完全に気絶しているよ」


「ほぇ?」


想定外なフレデリカの指摘に、俺も思わず変な声が出た。


あら? ……ホントだ。


波動で分かる。

少し離れた場所に転がった古代竜(エンシェントドラゴン)は、

「ぴくり」とも動かない。


俺の天界拳一発で、完全に……失神していた。


しかし、さすがに我に返った俺は、すかさず周囲を索敵。


だが、古代竜(エンシェントドラゴン)の襲来で、

オーガが逃げ去った騒ぎもあり、近くに敵は全く居ないようだ。


「はぁ……周囲に敵は居ないか……とりあえず、ひと息つけそうだな」


安堵した俺が脱力し、軽く息を吐けば、


「お兄ちゃわ~ん!!!」


俺に向かい、笑顔のフレデリカが、転がるように駆けて来たのである。

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