第200話「魔境」
俺の居る異世界同様、……この世界にも存在する、遥か北方にある魔境。
以前、魔王の記憶を持つクーガーに、俺は聞いた事がある。
一体、魔境とはどんな場所なのかと。
果たして彼女の答えは……
「この魔境こそが、全ての始まりの地である」というものだった。
全ての始まりの地とは、何ぞや?
更に詳しくと、聞いたら、
「かつて古には、創世神様の使徒が降臨し、精霊が集いし地」
だと教えてくれた。
更にクーガーは丁寧に、分かりやすく説明してくれた。
……すなわち、魔境とは『原初の地』なのだそうだ。
もしかしたら、かの有名なエデンも、この地に存在していたのかもしれないと。
ちなみに……現在の魔境は、神の使徒と精霊は既に去り、
代わりに魔族、魔物、魔獣等々が跋扈している、
混沌の地だという。
さて、話を戻そう。
フレデリカの住んでいるラハナスト家の屋敷には、
俺が呼び出された召喚の間と、同じように専用の転移の間がある。
そこから、俺とフレデリカは魔境へと転送された。
彼女へ与えられた『ランクSに匹敵する試練』を乗り越える為に。
転送された先の到着地点は、魔法の障壁で守られたロッジタイプの小屋であった。
到着して3時間以上経たないと、転移門は、再び使用する事が出来ない決まり。
どうしても帰還する時は、自らの転移魔法等々で戻らなければならない。
転送された瞬間、俺は感じた。
小屋……ロッジの外は取り囲む『敵』の気配で一杯だと。
いわゆる魔物の気配で、ビンビン伝わって来る。
しかし、今回の俺は本当に幸運。
何故ならば、少し前に、あちらの世界で魔境に行ったから勝手は分かっている。
来て感じたが、魔境で感じる雰囲気、気配は、あちらの世界とほぼ一緒だ。
時間軸の違う世界だけど、さして違いはない筈。
「ケ、ケン様!」
む、フレデリカが怯えている。
俺にしがみつき、「ぴったり」くっついて離れない。
何か、魔境で辛い経験でもしたのだろうか?
いつもは超が付く、強気で元気な美少女の筈なのに。
「おいおい、フレッカ、どうした?」
「こ、怖い……外の気配が、迫って来る圧が凄い、凄すぎる……そしてまた来るわ、あいつが」
フレデリカが窓から外を見ているので、俺も見る。
すると……このロッジを取り囲むオーガの群れ。
大群といって良いかもしれない。
軽~く100体近くは居る!
ふうむ……そうか。
このロッジは、転送されたアールヴ族が、たまに現れるとオーガは知っている。
奴等はここが、自分達の『餌場』だと認識して待ち受けているのだ。
あと……また来るって、何がだ?
「そうか、でも、とりあえずは、ここに居れば大丈夫そうだぞ。俺にも分かる、強力な魔法障壁が張られているから」
「ええ、最低限の安全だけは確保されているの」
そう、俺は感じる。
この魔法障壁の波動。
フレデリカの祖父たるソウェル、エルネスティ・ラハナストが作った魔法障壁だ。
ならば、とりあえずは安心出来る。
「…………」
恐怖で身体が強張り、黙り込んだフレデリカへ、俺は努めて明るく言う。
「フレッカ、丁度良い、これからの打合せをしよう」
「え? う、打合せ?」
「ああ、そうさ。俺には……いや、俺とフレッカには、あまり時間が無いからな」
「ケン様と私には、あまり時間が無い……う、ううう……」
「おいおい、少しは落ち着け、フレッカ、大丈夫さ」
「う、うん……」
「そうだ! また念話で話そう。その方が早い」
小さく「こくり」と頷いたフレデリカ。
ここで会話は、念話へと切り替わり。
『俺が、お前に教えられる事は何かと考えたんだ。確か、お前は魔法剣士だよな?』
『そ、そうです』
『昨夜、話したけれど、念の為に確認だ。フレッカは、遠距離攻撃魔法及び、剣に属性魔法を付呪させて戦うタイプなんだな』
『は、はい、そう……です』
更に詳しく聞けば、フレデリカは火・風・水という3つの属性魔法を使いこなす
複数属性魔法使用者の魔法剣士。
そうか、 素晴らしい才能の持ち主だ。
ならば、彼女の祖父と父が、ソウェル後継者候補にするのも納得。
『で、相手の弱点を見極めながら、違う属性で戦い分ける。その認識で構わないな?』
『そうです』
『ならば、俺が、お前を想定した上で、今まで経験した戦い方をこの魔境で行う。まずは、しっかりと見ていてくれ』
『え? 見るのですか? ただ見ろと……』
『そうだ。時間の関係上、お前に手取り足取りは教えていられない。だから、俺の戦い方をしっかりと見て、学ぶ以上に盗むんだ。そして、全てではなくとも、全く構わない。自分のスタイルに合うとか、上手く加えられると思ったら、取り入れてくれ』
『…………』
『随時、教えて欲しいモノを申告してくれれば、出来る限り手解きしよう』
『あ、ありがとうございます』
念話で話してみて分かった。
フレデリカの記憶が見えたのだ。
詳しい話はして貰えなかったが、フレデリカがオーガ数体を倒したのは……
周囲が『おぜん立て』してくれた状況の中である。
そして、こんなにも怯えているのは……
以前、祖父エルネスティとふたりきりでこの魔境へ来た時に、
古代竜が、そのオーガを、
あっさりと簡単に捕らえて喰った。
それをストレートに、目の当たりにしたからだと分かった。
成る程、と思い、俺は考える。
お嬢様の、この子は箱入りで、とても大事に育てられ、
今まで、常に大勢の配下達に守られていた。
だから、祖父エルネスティはフレデリカへ、自立を自覚させる為、
とんでもない試練を与えた。
自分は、この小屋で待機して……
魔法障壁に守られているとはいえ、
凄く間近な距離で、フレデリカがたったひとりきりで……
竜が、オーガを餌として捕食する様子を見せたのだ。
その時、受けたショックが、フレデリカにはトラウマとなってしまっている。
成る程ね。
話は大体分かった。
でも、フレデリカの奴、完全に委縮してしまっている。
だから、少しでも雰囲気を変えよう。
『お~い、フレッカ。お前って何かさ、俺に対する態度っていうか、雰囲気が、えらく変わったぞ』
わざとおどけた言い方で、俺が尋ねると、
『だ、だって! ケン様が、本当に尊敬出来る、凄い方だって、分かったから……』
先ほど、俺が悪魔や竜を倒した事を言っているのだろう。
フレデリカは俺を上目遣いで見た。
金髪で長髪。
深みのある菫色の瞳を持つ、端麗な憂い顔。
やっぱ可愛いな、コイツ。
俺は優しく頭を撫でてやる。
『良いよ、ケン様なんて呼ぶな。俺は、お前のお兄ちゃわんだろう?』
本来は、王族、貴族女子の頭を、軽々しく撫でるなんて、許されない行為だろう。
しかし、この場合は特別。
俺に頭を撫でられたフレデリカは、だいぶリラックスしたようだ。
『ううう、お兄ちゃわん、じゃ、じゃあ! ひとつ、お願いしても……良い?』
『ああ、お兄ちゃわんが……ホントはしたら駄目な事か?』
『うんっ! それ! キスして♡』
フレデリカが返事をした瞬間。
俺は「ぐいっ」と彼女を抱き寄せ、熱いキスをしていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺がキスをして、しばしフレデリカと抱き合った後……
1㎞ほど先からとんでもなく大きな気配が近寄って来る。
ああ、これは分かる。
何故なら、戦った事があるから。
コイツはハイドラゴン……で、古代竜だと。
そうか! 分かったぞ。
俺とフレデリカの気配を餌と認識し、オーガの大群が集まって来た。
更にそのオーガを喰らいに、竜が来るんだ。
フレデリカは以前も、ほぼ同じ体験をした。
この魔境で竜の捕食を目撃し、精神的なトラウマになってしまった。
ランクSクリア云々ではなく、
エルネスティは、愛する孫娘に『本当の試練』を乗り越えさせたいのだ。
凄い課題と言うのは『それ』だったんだ。
自分の跡を継ぐべく、
『冷静沈着さと豪胆さを兼ね備える』立派なソウェルになって貰う為に……
ならば、俺はその思いに応えよう。
『おい、フレッカ、大型の竜が来たぞ』
フレデリカは索敵というか気配読みは出来るが、俺ほどの能力はない。
来襲するであろう、竜をまだ、キャッチしていないようだ。
『え!? えええっ!? 竜!? ま、まさか、あいつが!? またぁ!?』
『ああ、お前はここに居ろ。そこの窓から、見えるだろう?』
『え? な、何?』
『俺が、お前の悩みを、きれいさっぱりと払しょくしてやる、しっかり見るんだ』
そう告げて、俺は腰から提げた剣を軽く叩くと、小屋の扉を開けたのである。
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