第197話「勇者召喚のならわし」
「おい、おい! フレデリカ!」
「うう~っ」
俺が呼び掛けても、ただ唸るだけ……
まともに言葉を発する事が出来ず、身体を小刻みに震わすフレデリカ。
ひと目で分かる。
フレデリカは、赤の他人の男の前で裸になった事などない。
生まれて初めての経験なのだ。
だから、たとえ肌着姿でも可哀想なくらい緊張している。
「なあ、どうして、こうなるんだ? 少し落ち着けよ」
「だ、だって! だってぇ!」
俺が再度問い質しても、まだフレデリカは緊張&興奮して顔が真っ赤。
このままじゃ、まともに話せない。
「……フレデリカ、まずは深呼吸しろ。俺もやるから」
す~は~、す~は~、す~は~、
す~は~、す~は~、す~は~、
一緒に深呼吸。
よっし、波動が安定して来た。
うん、次の手だ。
「OK! 次に、お前の愛称を教えてくれ」
「え? 愛称?」
愛称で呼べば、ふたりの距離はもっと近くなるもの。
実は、最近嫁ズ&子供達を呼ぶ時に愛称で呼ぶ事が多い。
既に、学習済みである。
「ほら、普段、おじいさん、パパやママは、お前の事を何と呼んでいる?」
「フ、フレッカ……」
「よっし、フレッカ。俺に抱いて欲しい理由を、思い浮かべてみろ、心の中にさ」
「???」
心の中に、思い浮かべろ?
いきなり、唐突な事を言われたフレデリカ。
「きょとん」としている。
良いぞ、呆気に取られ、逆に落ち着いたみたい。
俺は笑顔で、首を傾げるフレデリカを促す。
「良いから、ほら」
「は、はい……」
「これから俺が話すのは心と心の会話……念話だ。落ち着いて聞いてくれよ」
「…………」
『お~い、フレッカ』
『ひゃう! え、えええっ!? これって!?』
『これが心と心で話す念話さ。魂同士の会話とも言う。じゃあ、理由を話してくれ、思い浮かべるだけで良いぞ』
念話にびっくりしたフレデリカが、落ち着くまで、若干の時間がかかった。
しばし経ち……
クールダウンしたフレデリカは、少しずつ『理由』を話し始めた。
『……私が抱いて下さいとお願いしたのは……ケン様が、この世界より、去ってしまうと仰ったからです』
『そうか、俺がこの世界から去るからか、それで一体、どうして?』
『はい、理由があります! 我々アールヴが勇者様を召喚した時は、伴侶となって頂くからです』
『え? じゃあ、俺が、フレデリカの伴侶になるって事?』
『そうです……でも、ケン様はこの世界から去ると仰った。なので、せめて契りを交わし、子を成そうと思いました』
契りを交わす? 子を成す?
それって、エッチして子供を作るって事か?
むう!
話が見えて来た。
召喚した勇者は聖なる者。
前世に読んだ神話でも、人間の男が、妖精の女子を嫁にするってのが結構あった。
そうすると大体運が巡って来る。
次世代を担う、その子供は、類稀なる才能を持って生まれて来るから、
その家が栄える原因となる。
成る程ねぇ、このアールヴ族の世界でも、同じような考え方があるんだ。
『じゃあ、今回は男の俺だけど……召喚したのが、もし女勇者だったら?』
『はい、お父様が口説いて側室にするか、承知されないのならば、お母様を側室にしてでも結婚します』
うお、凄いな……それ。
思わず、俺は無言。
『…………』
『お願いです! この世界を去られるのならば、せめて! 私に子種を!』
『……う~ん、フレッカ、君の指示には従うようにと、マトレーナ様には言われたけれど…………悪いが、それはノーだ』
『ななな、何故!?』
『いやいや、俺は種馬じゃないし、もしも君に、俺の子供が出来たら、凄く気になってしまう。だから駄目だ』
『う、ううう』
断られて唸るフレデリカ。
俺が、エッチを躊躇う原因……
万が一、俺とフレデリカとの間に子供が生まれたとする。
その子供は、人間とのハーフとなり、純粋なアールヴではない。
アールヴは基本、排他的で極端な純血主義だと聞いた事がある。
と、なると人間の子供を産んだフレデリカは、
身に覚えのない罪に対して、厳しく非難されるだろう。
とても辛い思いをするだろう。
そんな酷い結末が分かっているのに、正体を隠して人間の子を産ませる……
なんて、非道な事は俺には絶対出来ない。
この理由はさすがに言えないが、俺は話を続ける。
更に別の理由を告げ、フレデリカにエッチを諦めて貰う為に。
『それに加え、俺は既に結婚している、既婚者だ』
『え? 既婚者?』
『ああ、さっき君は、側室云々と言っていたが、俺の居る世界も一夫多妻制なんだ』
『一夫多妻制……』
『そうだ。俺にはもう、嫁が8人居て、子供も7人居る。家族全員を愛している! なので、役目が終わったら、早く帰りたい! っていうのが本音だ』
『…………』
『ここで君……いやお前とエッチして、もしも俺の子供が出来たら、違う世界で、何も出来ずに、やきもきする。お前と子供に会いに行けなくて、とっても心配で堪らなくなるから』
『…………』
『正直に言うぞ。お前が嫌で抱かないのではない。お前は、とっても魅力的な女の子だよ』
『…………』
『もしも、俺にそんな縛りが無かったら、絶対にお前を抱いているだろう』
『…………』
『そうさ! もしも俺が独身ならば、マトレーナ様にお願いし、お前と結婚する為に、この世界へ残して貰うよ』
『…………』
『お祖父様とお父様には、正直に理由を言おう。俺が土下座しても、構わない、それで許して貰えるのならば』
『…………』
フレデリカは、ずっと黙っていた。
改めて見れば、彼女の目には涙が一杯溜まっている。
何か、俺まで「じわっ」と来た。
むう、嫁ズには申し訳ないが……
フレデリカを「きゅっ」と抱き締めてやりたくなった。
このシチュエーションじゃあ、余計にまずい事になるかもしれないけど……
でも声に出して言う。
「おいで、フレッカ」
「あう~っ」
手を広げた俺の胸へ、フレデリカは勢いよく飛び込んで来たのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うふふ♡」
俺の胸に、鼻をぐいぐい押し付けて甘えるフレデリカ……
ベッドの中は甘い香りに満ちていた。
別の部屋の肘掛け付き長椅子で寝ると言った俺を、
フレデリカは泣き落としでベッドに引き入れたのだ。
……俺は以前、レベッカ&ミシェルと3人で寝た事を思い出した。
あれは結婚前に、大空屋の仕入れで行った、エモシオンの町の宿だった。
改めて思う。
女子の甘い香りって、男子の憧れだと……
当然だが、『約束』通り俺はフレデリカにエッチをしていない。
ふたりで仲良く、添い寝をしているだけだ。
俺の『誠意』に対し、フレデリカも応えてくれた。
エッチするのを断念してくれたのである。
健康な男子からすればなんで? という話だろう。
据え膳食わぬは男の恥! って古いか、
または、勿体ない! バカヤロー!
そんな声が飛んで、石まで投げられそう。
神秘的なアールヴ美少女が、どうか私とエッチして下さいって、
頼んでいるのを断るのだから。
でも、フレデリカに辛い思いはさせられない。
だから、仕方がない。
しかし、この件でフレデリカとは一気に仲良くなった。
親密な間柄と言って良い。
砕けた雰囲気となって、色々な身の上&思い出話もした。
俺の正体が人間なのは絶対に内緒だし、
ボヌール村での生活等は、アールヴの暮らしに置き換えた脚色だけど。
「俺は、違う世界で守護者をしている。大体、最前線で戦う。負けたら最後だと思って気合が入るよ」
「す、凄い! 頼もしいです!」
フレデリカは目を丸くすると、また嬉しそうに甘えて来る。
ああ、美少女に褒められ、イチャするって最高。
そして、フレデリカの告白タ~イム。
「……ケン様、私には亡くなった兄が居るんです」
「え? お兄さんが? 亡くなったの?」
「ええ、優しくて、いつも労わってくれる兄の事が大好きでしたけれど……私が子供の頃……病気で……」
「そうか……」
「はい、身内の贔屓目かもしれませんが、今は亡き兄は、とても優秀な術者でもあり、次期ソウェルになるべき逸材でした。妹の私は……亡くなった兄の代わりに、努力せよと、祖父と父から厳命されました」
「そうだったのか……いろいろ事情があったんだな」
俺は悲しそうに語るフレデリカを見て、思った。
「じゃあさ……とっても短い間だけど……俺を兄貴だと思ってくれよ」
「え? 本当に?」
「ああ、こんな俺だけど」
「やったぁ!」
フレデリカは俺に思い切り抱き付く。
良く良く考えれば、肌着姿で抱き合う兄妹って……何て危ない関係なんだ……
そして……
「お兄ちゃわん……お願いがあるの」
「お願い?」
「分かった。エッチは諦める……でも思い出を下さい……フレッカのファーストキスを貰って欲しいの」
「…………」
さすがに俺は考えた。
繰り返すが、まず嫁ズに申し訳ない事。
ただ……ここまでの流れって、強引な女神様達からの依頼による、お詫び奉仕、
それも管理神様、公認でと来ている。
こういった流れで、こうなったのは仕方ないとはいえ、所詮は浮気じゃないか。
加えて、女子のすっごく大切な思い出……ファーストキス……
でも……フレデリカは切ない表情をして……やがて目を閉じる。
むむ、これは……応えてやらなければ、男じゃない。
俺は覚悟を決め、優しくフレデリカを抱き寄せ、
そっと唇へ、キスをしてあげたのだった。
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