風神雷神兄弟
一瞬、時が止まったかのようだった。あの目隠しさんも、あのキョンシーくんも、男の性には逆らえないのか。私の胸元を凝視していて、そして私もまた、現実に起こったことを信じられなくて、己の胸元を穴が開くほど見つめていた。しばらくして、目隠しさんとキョンシーくんが我に返り、ぎこちなく視線を逸らす。誤魔化すように咳払いをする目隠しさんと、ぽりぽりと頬を掻くキョンシーくんの反応に、私もようやく状況を理解したのだった。
「み………っ、見ないでー!!!!」
念の為可愛い下着にしておいて良かった、なんて言っている場合ではない。真っ赤な顔で、目隠しさんとキョンシーくんに叫ぶが、時は既に遅し。何でこのタイミングで来るのよ!と、散々待ち侘びていた未だ姿見えぬ霊に憤りを感じる。一方で、目隠しさんとキョンシーくんも突然の出来事に動揺しつつも、何とか忘れようとして、でも忘れようとすればするほど、悶々とその光景を思い出してしまう。悲しい男の本能と静かに戦っていたのだった。
「わ、忘れて!見なかったことにして!」
「…………………」
「…………………」
とにかく私は、この無防備に曝け出した胸元を手で隠そうとした。強引に開けられたせいか、ボタンがどこかに飛んでいってしまっている。そうして伸ばそうとした手は、まるでそれを阻むように、何者かに掴まれた。動かない右手に、ならば左手をと動かそうとするも、同じく左手も掴まれる。勿論、目隠しさんでもキョンシーくんでもない。だとすれば………。
(スケベ幽霊………!?)
ハッとして、目隠しさんに助けを求めようと声を上げるよりも早く、私の手を掴んだ何者かは、そのまま私の体ごと持ち上げた。ふわ、と浮かぶ目の前の体に目隠しさんもキョンシーくんも目を見開く。
「なっ…………」
「恋白!」
浮いた私の体は、そのまま窓際まで引き寄せられた。呆気に取られる目隠しさんたち2人を前にして、私を挟むように立つ左右の霊が、ようやく姿を現す。私よりも背が低い、小柄な鬼。同じ顔、同じ背格好、同じ声をした、今回の犯人である。
「全く、次から次へと邪魔な虫が湧いて出てくるねぇ兄者」
「全くだな弟者。昨日1匹潰したというのに、また1匹増えている」
その発言で確信する。やっぱり吉光を襲ったのはコイツらだ。
「吉光を襲ったのはアンタたちね!」
「おぉ〜間近で見るとよりエロくて可愛いよぉ兄者!」
「全くだな弟者。最初からこの子を攫えば良かったんだ」
そう言って、私の胸元を覗き込み、そこに夢中になっている鬼。あろうことか、おっぱい!おっぱい!と嬉しそうに踊り始めている。そしてその背後では、大鎌を取り出す目隠しさんと、バキバキと指の関節を鳴らすキョンシーくんの姿があった。
「テメェ………見てんじゃねぇぞ………」
「下衆が…………殺す…………」
その殺気に気が付いたのか、鬼たちは音頭を止め、再び私の体を抱えた。ヒョイっと軽々しく窓の冊子に飛び乗り、そのまま何の躊躇いもなく外へ飛び出す。ここは2階だ。幽霊たちなので何も問題はないのだろうが、抱えられている私からすれば、その浮遊感が恐ろしくて悲鳴を上げる。
「恋白!!」
「恋白を連れて逃げる気か………!」
後を追うようにして、同じく校庭へ飛び出してくる目隠しさんとキョンシーくん。その目に飛び込んできたのは、平凡な学校の校庭に似つかわしくない、何だか大層な大きさのメカメカしい機械だった。あれよあれよという間に、私の体はその機械から伸びるチューブのようなものに繋がれて、操作盤をピポパポと鬼たちが弄っている。
「な、何なのコレ…………!?」
「安心しろ。別に命を奪うような機械ではない。ただちょっと脳を弄るだけだ。なあ、弟者よ」
「そうそう。あとちょっと生命力を頂くだけだよ、ねぇ兄者」
そうして、私に繋がったチューブの先を、兄者弟者と呼び合うそいつらは、自分たちの腕に繋げた。その瞬間、どくん、どくんと機械が稼働しだして、チューブから私の生命力が吸われだした。吸収した生命力はチューブの中を通り、鬼2人に絶え間なく供給されていく。
「すげぇえ!!やっぱりすげぇよ兄者!!」
「ああ………!見立ての通り………尋常じゃない生命力だ………!力が漲ってくる………」
「な、なにこれ………っ、変な感じ…………」
はしゃぐ鬼を前に、私はぞわぞわと体を駆け巡る不思議な感覚に、体を捩らせた。ただ生命力を吸われているだけじゃない。まるで体全体を撫で回されているかのような、擽ったい、変な感じ………。思わず上擦った声が出そうになって、私は慌てて口を紡ぐ。必死に耐えろ、耐えるしかない。
「何をしようとしてるのか知らないけど、君たちをぶっ殺せば問題ないでしょ!」
キョンシーくんが、その場に雷を残して姿を消した。目の前を走る稲妻が、一瞬で弟者と呼ばれている方の鬼へ近付く。鬼は反応できないまま、キョンシーくんに首を掴まれて体を持ち上げられて、ワタワタと慌てた様子で手足を動かす。そんな無抵抗な鬼に対し、キョンシーくんは容赦なくその手から電撃を浴びせた。
しかし、その攻撃を受けて声を上げたのは、鬼ではなかった。
「あぁぁあっ!!!!」
「っ!?」
悲鳴を上げたのは、機械に繋がれている私で。キョンシーくんの攻撃を鬼が受けたタイミングで、何故か私の体に感じたことのない鋭い痛みが走ったのだ。私の声に驚き、咄嗟に手を止めるキョンシーくん。何事かと固まっていると、兄者と弟者は不気味な笑顔を貼り付けて、機械をぽんぽんと叩いた。
「我らに攻撃したら、この娘が苦しむぞ」
「この機械に繋がれた我々は一心同体。つまり、俺の苦しみは、恋白の苦しみ。俺の痛みは恋白の痛み」
「なんだと…………」
「………ならば機械を先に壊せばいい」
成り行きを見ていた目隠しさんが、今度は鬼ではなく機械に向かって走り出す。しかし、鬼たちもそれをみすみす許さはずがなかった。私の生命力を吸った鬼2人は、みるみるその体を大きく変化させ始め、止まることのない進化は、やがてあれだけ小柄だった2人の体を、学校の校舎よりも大きく変えてしまったのである。私が繋がれている機械を守るように、鬼たちが立ち塞がった。
「我は風神」
「我は雷神!!」
「我ら風神雷神兄弟を殺すことはできん!」
一旦距離を図りながら、その大きな図体を見上げる目隠しさんとキョンシーくんを、風神雷神が虫を見るように見下ろす。
「何故なら恋白が我々を守ってくれるからなぁ!のぅ弟者!!」
「ああ、最高だな兄者!!」
ケタケタと楽しそうに笑う兄弟を、目隠しさんとキョンシーくんはただ静かに並んで睨んでいた。




