キョンシーくん、再び
事態が大きく動いたのは、翌日のことである。私は学校帰りに、息を切らしながら急いである場所に向かっていた。辿り着いたのは、大きくて真っ赤な鳥居が入り口を飾る、出雲神社。吉光の家である。私はその鳥居を潜り、階段を駆け上がると、そのまま家のチャイムを鳴らすのだった。
「真っ黒焦げになって、家の前で倒れてたのよぉ」
ベッドに寝かせられた吉光は、体中に包帯がぐるぐると巻かれていて、痛々しい姿に成り果てていた。心配になってそっと手を握る。安らかな寝息を立てて眠りについている吉光は、その手を握り返してくることは無かった。
報せを聞いたのは、今日の朝。吉光が珍しく学校を休んだので、スマホで連絡を取ったのだが、帰ってきた返事は吉光本人からではなく、吉光の母、藤香からで。
『吉光が何者かに襲われた』
そうして、心配でいられなくなった私は、学校の帰りにこうして吉光の元へ押しかけたのだ。おばさんの話によれば、吉光は何かに焼かれたような全身黒焦げの状態で鳥居の前に倒れていて、帰りが遅い吉光を心配したおばさんが外に出たことで、発見したようだ。
「強い電気か何かの攻撃を受けたみたいねぇ。人間ができることじゃなさそうだし、恐らくは亡霊の類か」
「そんな………、なんで吉光が急に狙われたんだろう………」
幸いにも、吉光の命に別状はない。今はおばさんの手当てを受けて、ぐっすり眠っている。強い電気………、そう聞くと、一瞬頭を過ぎる存在が1つ。
「………キョンシーのことを思い出しているのか」
「………!」
隣の目隠しさんにそう言い当てられて、私は驚いたようにその顔を見上げた。まさにその通り。雷使いといえば、かつて目隠しさんを助ける為に共に戦った、キョンシーくんの存在が印象深い。でも、キョンシーくんはきっと、急に何の理由もなく吉光を襲ったらなんかしない………はず。だって、目隠しさんや私のために、あんなに戦ってくれた人だもの。
(キョンシーくんじゃない………よね………?)
それは最早、願望にも近い。飄々とした、掴みどころのない人物ではあったが、私は彼のことを友達、仲間だと思っている。こんな事をする幽霊なんかじゃない。
「吉光なら、そこらの亡霊なんか返り討ちにできる筈だけどぉ………。階級の高い霊が、この辺りに潜んでるかもしれないわねぇ」
「………おばさん。私、その霊を探してみる」
「恋白ちゃん………。貴女も危険な目に遭うかもしれないのよぉ」
「でも、吉光にこんな事するなんて………、黙っておけない。放っておいたらもっと被害が出るかもしれないし」
それに、私には目隠しさんもいる。上手くいけば、その霊の魂を食べて、目隠しさんの階級も上げられるかもしれない。私は眠り続ける吉光に近付き、その頭を優しく撫でた。吉光の分も懲らしめるから、安心してね、と呟く。私の大事な友達をこんな目に遭わせるなんて、絶対に許さない。
「………恋白」
吉光の家からの帰り道、ふと目隠しさんに呼び止められて、足を止めた。なに?と振り返ると、神妙な面持ちの目隠しさんがいる。
「昨日から、お前の身に不可思議なことが起きているな」
「え………、あ………、もしかして、スカートが捲れたり、ホックが外れたり、お尻撫でられたりした、アレ………?」
思い出すように思考を巡らせる。今日はそんなに変なことは起きなかったが、昨日は本当に酷かった。変な霊が私に悪戯してるのかと疑うくらいに……………。
「………あ!まさか…………」
「吉光を襲ったのは、お前にちょっかいを掛けていた犯人かもしれん」
だとしたら、昨日のあの時、吉光もあの場に居たわけだし、その霊は吉光の存在を認識していて、狙って吉光を襲撃したのかもしれない。しかし、その霊の目的がよく分からなかった。私にあんなくだらない悪戯をして、吉光を襲って………、何を企んでいるのだろう?
「………案外、大した理由はないのかもしれん」
「どういうこと………?」
「………ただの変態だということだ」
「え…………。幽霊にもいるの、そういう奴」
「………中にはいるだろうな」
呆れたような溜息をつく目隠しさんは、くだらん、とばっさり吐き捨てた。ならば吉光は完全なとばっちりということか。益々許せない。
「だったら、こっちがわざわざ探さなくても、向こうから来てくれるってことだよね」
「………恋白………、お前まさか………」
「私の体で誘き寄せる!この際、捕まえられるなら多少のセクハラは我慢する!だから目隠しさん、ソイツを捕まえて!」
ぐ………、と押し黙る目隠しさんは、渋々といった様子で頷いた。あまり気が進まない作戦のようだが、これが1番手っ取り早くて確実なのもまた事実。変態幽霊を捕まえてやろうじゃないの。
そうして私と目隠しさんの、変態スケベ幽霊捕獲大作戦がスタートしたのである。
とは言ったものの、何故かそれ以降、その霊が悪戯をしてくる気配は無かった。もしかしてこちらの作戦に勘付かれたか。お経のような先生の授業をボーッと受けながら、どこか拍子抜けする。一応、可愛い下着も付けてきたんだけど…………。
ちら、と見る前方にある吉光の席は、今日も空っぽだ。まだ怪我が治らず、家で安静にしている。いつもはちょっとうざったい吉光も、いないとなると何だか静かでつまらない。そんな無人の席を見つめていると、改めて気が引き締まる思いだった。
(気ぃ抜けちゃ駄目。吉光の為にも絶対捕まえるって約束したんだから)
まだ午前中、1日は長い。これから機会が巡ってくるかもしれないし、油断は禁物だ。目隠しさんも今日はずっと私の傍に付いて、気を張ってくれている。こちらの準備は万端である。
そうして1限目の授業を終え、2限目は移動教室。だらだらと教科書やペンケースを手に持ち、移動する準備を整えていた。そして、私が1番最後に教室を出ようと、机から立ち上がった時だった。
私の机の上に、今の今まで居なかった誰かが胡座をかいて座っている。ぱち、ぱち、と弾けるような音と共に、長いピンクのおさげがゆらゆらと視界に入った。
「き………きょんしーくん!?」
「久しぶりー恋白」
突然現れたキョンシーくんは、相変わらずな雰囲気で、間延びした挨拶をした。驚いたのは目隠しさんも同じようで、そんなキョンシーくんを睨んでいる。
「一体何の用だ」
「何の用って………、恋白の生命力を貰いに来たに決まってるじゃん」
お腹すいたー早く早くー、と笑顔で私を急かすキョンシーくん。私には拒否権などないらしい。まあ………減るものでもないから多少上げるくらいいいんだけど。ただ目隠しさんはめちゃくちゃ嫌なようで、不機嫌オーラを全開にしながら、私を背後から引き寄せた。
「丁度いい………、キョンシー、お前に聞きたいことがある………」
「なに」
「吉光を襲った雷使いはお前か」
単刀直入な目隠しさんの質問。でも、私もそれが気になっていた。キョトンとするキョンシーくんからの返事を待つように、私も彼のぱっちりとした目を見つめる。しばらく目をパチパチと瞬かせていたキョンシーくんだったが、やがてにっこりと綺麗な笑顔を浮かべて
「あんなヒョロいガキ襲う訳ないじゃん」
「………そ、そっか………」
返ってきた否定の言葉に、私は何故か安堵していた。よかった、キョンシーくんじゃない。そう胸を撫で下ろす私を、キョンシーくんはじっと見つめている。
「………俺じゃないって聞いて安心した?」
「うん………。良かったぁ………、キョンシーくんと戦いたくないもん」
「…………………」
1人で勝手に喜んでいる私の髪を、キョンシーくんの指が絡め取る。ハッとして、その指の先………キョンシーくんの顔を見る。
「………かわい、恋白」
「…………っ!?」
普段は可愛らしい笑顔のキョンシーくんなのに、今私を見るその顔は、男の、顔。妖しく笑っていて、色気すら感じる微笑みに、私は固まって何も言えなくなった。か、かわいい………?今、私可愛いって言われたの?混乱する私の後ろでは、更に怒りを募らせていく目隠しさんが、私たちのやり取りを見下ろしていて、いよいよ間に入ろうかとしたその時である。
ぱちん!と急に私のワイシャツのボタンが弾けて、胸元が曝け出した。目の前にいたキョンシーくんも、後ろから私を見下ろしていた目隠しさんも当然ばっちりとその光景を目の当たりにしていて、私の思考が停止する。
「へ……………?」
例のスケベ幽霊が、このタイミングでやって来たのだ。




