悪戯心には悪戯心を
私に全く下心がないかと言われると、無い!とは自信持って言えない。だって多分、相手が目隠しさんじゃなかったら、当然こんなお願いなんてしない。
ちら、っと潤んだ瞳を向けると、目隠しさんは何か心の内で葛藤しているのか、私の背中を見て固まっている。行き場のない手が中途半端に伸ばされたまま放置されているのを見ていると、思わず笑いが溢れそうで慌てて冷静を装った。
下心半分、悪戯心半分。私の心境は、そんな感じだ。ブラのホックなんて、外れたまま1時間くらい授業を受けることは、不可能ではない。宙ぶらりんになったブラをぶら下げ続けるのは、感触としては気持ち悪いが、命に関わることでもないし。でも私は、敢えて目隠しさんにお願いをした。ホックを留めて、と。自分でも、なかなか大胆なことをお願いしたなと思う。
………目隠しさんに、意識してほしい。私が女性であるということ。私が目隠しさんといる時にドキドキするように、目隠しさんにもドキドキして欲しかったし、刺激を感じて欲しかった。つまりは、私なりのスパイス………。あわよくば、この淡い恋が進展しないかな、という下心だ。もう半分の悪戯心は、なにも本当に彼にホックを留めて貰おうなど思っていない。ある程度のところで、必殺なんちゃって、を出すつもりである。
幸い、狙った通りか、目隠しさんは明らかに動揺していて、その顔はほんのりと赤くなっている………ように見える?元々幽霊で血色が無いに等しいので、顔色が変わる様子はあまり確認できないのだが、ほんのちょっぴり、気持ち程度に染まっているような気がする。
「は……はやく………」
相変わらず固まったまま動こうとしない目隠しさんを、私は急かしてみた。私の切羽詰まった声に、目隠しさんがまたたじろぐ。そうしてそこで遂に私はぷ、と吹き出してしまい、クックッと必死に声を抑えながら肩を揺らして笑った。目隠しさんがキョトンとしている。
「………目隠しさん、照れててかわいー」
「は…………」
「冗談だよ、まさか本当にお願いする訳ないじゃん」
「…………………」
もーえっちなんだからー、とニコニコしながら再びペンを取り、授業に意識を戻そうとする私の背後で、目隠しさんは沈黙する。沸々と、彼の中に込み上げてくる感情。そして、行き場の無い手と、消化不良のような複雑な感覚。気付いた時には、ヌッとノートに黒い影が落とされて。
グイッと後ろから顎を掴まれると、無理矢理上を向かされた。私を見下ろす目隠しさんの視線と、驚く私の視線がぶつかる。頬を擽る綺麗な銀髪がこそばゆい。
「め………、目隠しさ…………っ」
思わず声をあげそうになるが、しー、と目隠しさんが人差し指を立てた。慌てて口を紡ぐ。そうだ、今は授業中。変に騒げばみんなに不審がられ、先生には怒られるだろう。そうして私が何も言えない、抵抗できないのを良いことに、目隠しさんは腰を折って、どんどん顔を近づけて来た。き、きす………、今度こそ、きす、されちゃう………?そう思っても、体はちっとも動かない。いや、動かす気がない。私、抵抗、したくない…………。
「…………冗談だ」
「………っ!?」
間近でフ、と笑った顔にそう言われて、時が止まった。呆気なくスッと離れていくその温もりに、ホッとしたような、ガッカリしたような………。いや、それよりも。
「め、目隠しさん!!!」
ガタン!と怒りに任せて席を立つ。そして思い出す。私に集中する視線によって、今が授業中であることを。
「東雲ー、寝ぼけてるのかー」
「す…………すみません……………」
真っ赤な顔を俯かせて、静かに座り直す。特大な寝言だと思われて、クラスメートたちにはクスクスと笑われてしまった。………目隠しさんめ、許せない………。
こっそりと背後を振り返っても、もうそこに目隠しさんの姿はなく、やり返すだけやり返して、彼は消えていた。それがまた余計に腹立たしく、この乙女心を弄ばれたやり場のない憤りを、シャープペンシルを握る手に込めた。許さん!許さん許さん!この時の私は、ブラのホックが外れた現象のことをすっかり忘れていて。
(………ずるいよ…………)
真っ赤な顔のまま机に突っ伏す私を、吉光が離れた席から不思議そうに見ているのだった。
そのラッキースケベは、今度は吉光に降り掛かる。次の授業は移動教室ということで、吉光がいつものように、一緒に行こうと私を誘う。別に断る理由もないのでそれを承諾し、2人で並んで廊下を歩いている時だった。
「きゃあぁあっ!?!?」
「!?!?!?」
突然私が悲鳴を上げたせいで、隣の吉光も驚き手から教科書やらペンケースやらをボロボロと落とした。目を丸くしながら、「何事ですか!?」と問いかけられるも、私は涙目になりながら自分のお尻を押さえて、ジッと吉光を睨む。
「今お尻触った!!」
「え!?」
確かに今、お尻を撫でられたような感触があったのだ。隣にいるのは吉光ただ1人。つまり、吉光が撫でたに違いない。というか、それ以外あり得ない。しかし吉光は、自分の潔白を主張するように、両手を上げながら首を左右に振った。
「さ、触る訳ないですよ!!俺がそんな最低なことをハニーにする訳が………!!」
「た………確かに…………」
吉光は頭がおかしいが、私にセクハラをしたり、くだらない下ネタを言うようなことは今までに1度もない。こう見えて、意外と女性には紳士的なのである。そうして吉光が今までに積み上げて来た信頼もあり、突然このようにお尻を触ってくるのは違和感しかなかった。だとしたら、あの感触はなんだったのか。すると、またしてもお尻をサワサワと撫でられる感触。泣きながら咄嗟に吉光にしがみ付く。
「ま、また!!また触られた!!!」
「また!?だ、誰もいませんよ!」
しがみ付く私を庇いながら、周囲を警戒するように辺りを見回す吉光だったが、もうすぐ授業が始まる時間もあって、周囲には既に人気がない。しかも、お尻を触られる瞬間、吉光は目の前で両手を上げていたので、やっぱり吉光でもないことは確定だ。
しかし、謎の感触は止まらない。吉光にしがみ付いている間も止まない撫でる手に、私はパニックになっていた。
「助けて吉光!!また触られてる!!」
「さ、触られてるって………どうしたら………!」
「確かめて!何か虫でもいるのかも!」
「た、確かめ………っ!?!?」
完全に冷静さを欠いている私は、ぎゃあぎゃあと悲鳴を上げ、最早会話を交わせる状態ではなかった。一方的に、確かめて、とだけ言われた吉光は、抱きついてくる私と、目の前で揺れる私のお尻に、顔から湯気が出そうになっていた。
(た、確かめるって言ったって………!)
つまりそれは、触る許可が下りた、ということか。吉光が震える手をゆっくりと私のお尻に伸ばしていく。上がり続ける心拍数。ぐるぐると回る目。尋常じゃない量の汗。それでも本人が言うのだからと、吉光が手を伸ばし続けたところで、そんな吉光の腕を、鋭い刃がなぞった。
「腕…………、斬り落とされたいのか………?」
「………目隠しさん…………」
容赦なくあてがわれる大鎌。目隠しさんであった。今度は一変して顔面蒼白になりながら、吉光は腕を引っ込める。その頃には私を襲う謎の撫でる感触も消えていて、目隠しさんの手によって吉光から引き剥がされながら、やっと落ち着きを取り戻していた。
「…………邪魔だな、兄者」
「ああ、アイツら、邪魔だな、弟者」
「先に殺そうか」
「そうだな、先にあの男を始末しよう」
騒ぐ3人を見守る4つの目は、学校でも関係なく、そこに潜んでいたのだ。




