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ラッキースケベ

「あの子だよ、兄者」

「あの子だな、弟者」


 クスクス、と影から控え目な笑い声が響いて、ギョロっとした目が4つ現れる。その目は食い入るように、ある一点を見つめていて、その先には日が差す表通りを歩く女子がいた。制服に身を包み、短いスカートをひらつかせ、一緒にいる男に楽しそうに笑いかけている。眩しいくらいに若々しいその女子に、影に潜む2人はだらだらと涎を垂らした。


「美味しそうだねぇ、兄者」

「ああ、美味しそうだ、弟者」

「それに、若くてかわいいよ兄者」

「ああ………エロくてたまらんな弟者」

「食いたいぃ………食いたいよ兄者ぁ………」

「あぁ………めちゃくちゃにして隅々まで舐め回したいな弟者!」


 そうして4つの目は、そのまま笑いながら闇深くへと消えていった。不気味な存在に目を付けられた張本人………、東雲恋白は、そんな事にも気付かずに、呑気に出雲吉光と共に談笑しながら、下校途中の寄り道を楽しんでいた。


 これが、1つの波乱の幕開けだとも気付かずに。












 私の眼前に踊る、『恐怖!最恐の怪異・妖怪特集!』の文字は、何とも言い難い胡散臭さを醸し出していた。パラパラとページを捲ると、何か名前だけ聞いたことがあるような怪異や妖怪たちが並んでいて、その能力や伝説などが紹介程度に書き綴られている。朝、登校中に食い入るように読んでいるその本は、昨日の帰り道に吉光と寄った本屋で購入した、オカルト雑誌であった。


「………くだらんな」

「そんな事言わないでよー。ちょっとでも怨霊たちの手掛かりを掴まないと!目隠しさんをレベルアップさせなきゃいけないんだから!」


 というのも、私だって別に好き好んでこの雑誌を買った訳ではなく、全ては自分の呪いの解除の為。解呪には目隠しさんがその力を手に入れなければならないのだが、その為には魂という経験値が必要。つまり、霊を見つけて倒す必要がある。かといって、何の罪もない亡霊たちをばっさばっさ薙ぎ倒して食っていく訳にもいかないので、出来る限り悪行を働く霊を見つけたいのだ。


「とは言ったものの………、こんなの作り話ばっかりだよなぁ…………」


 酒呑童子やら、牛鬼やら、風神雷神やら、中には河童まで。創作としては勿論面白いし恐ろしいのだが、こんな平和な町にこんな凶悪な妖怪たちが潜んでいる訳がない。全部嘘。そう決め付けて、深い溜息をつく。こんなペースじゃ、呪いの解除なんて夢の為夢だ。私は諦めたように雑誌を閉じて、それをバッグにしまい、項垂れた。


「ハニー!おはようございます!」

「恋白ー!目隠し様ー!吉光ー!おはようですわー!」


 向かいから、こちらに手を振ってくる見知った2人が立っている。私とは対照的に、朝から元気いっぱいの吉光と和水だ。私はその声に弾かれるように顔を上げると、挨拶を返しながら小走りで駆け寄ろうとした。その時であった。


 ぺろーん、という、情けない効果音が似合うように、私のスカートが何の前触れもなく捲り上がった。突然の出来事過ぎて、咄嗟に押さえる暇もなく、私のパンツは笑顔の吉光と和水と、隣の目隠しさんに晒される。それはまるでスローモーションのようだった。


「…………………」

「…………………」

「…………………」


 私たちは全員、しばらく時が止まったように固まって無言だった。ポカンとしたままの私は、状況が理解できずに何のリアクションも取れないままでいる。次第に、ばっちり視界に収めてしまった吉光の顔はみるみる赤く染まり、目隠しさんは気まずそうにこちらに背を向けた。和水と人形ちゃんは同じ女子なので、そういった反応ではないものの、怪訝そうな目をこちらに向けている。


「………恋白あなた、エロで売っていくつもりですの?」

「んな訳あるかぁ!」


 「なんで!?何があったの!?今風も何もなかったよね!?」と、やっと感情が追い付いてきて、半狂乱になる私。自ら見せ付けたのではないかというあらぬ疑いをかけ、無言でジトっとした目を向けてくる和水人形ちゃんペア。そして、赤い顔を誤魔化しながら、「見てません黒!決して見てません黒!」と私の下着の色を語尾に付ける吉光。その場は一気に大騒ぎである。


「め、目隠しさん、見た………?」

「…………………」


 恐る恐る、隣の目隠しさんに問いかける。目隠しさんは何も答えず、こちらに背を向けたままだ。チラリと見えた耳が若干赤いような………。結局その後しばらくは、目隠しさんとは一切目が合わなかった。


 しかし、そんな不自然すぎるラッキースケベは、この1回に止まることはなかったのだ。










 シン、と静まり返った教室の中で、響くのは先生の声のみ。一生懸命ノートをとる人、こくんこくんと眠そうに頭が動いている人、ぼーっと窓の外を見ている人………。平和でいつもと変わらぬ授業風景だ。その中で私も、ボーッと黒板を見つめている。特に変わったところは何もない。しかし。


「…………っ!?!?」


 ぷつん、と。突然の開放感。思わずピン!と姿勢が伸びて、頬が染まる。なに!?なんで!?と声が出せない状況の中、心で錯乱しながら己の背中を摩ってみる。………やっぱりそうだ。


「………目隠しさん………、目隠しさん………っ、いる………!?」


 こそこそと、慌てて彼を呼ぶ。何処からともなく姿を現した目隠しさんは、1人で慌てふためく私を訝し気に見下ろした。


「………どうした」

「目隠しさんがやったの?」

「………?何の話だ」


 私の足らない説明に、目隠しさんはきょとんと首を捻っている。この反応、嘘では無さそうだ。でもだとしたら、余計におかしい。可能性があるとするならば、目隠しさんしか…………。


「ぶ………」

「ぶ…………?」

「ブラのホック………、外された………」

「ブッ!?」


 あのクールな目隠しさんも思わず吹き出してしまう、衝撃の事実。授業中、私の背後には誰もいない筈なのに、突然ぷつんとブラのホックが外れたのだ。一応言っておくが、私は1番後ろの席の為、他の生徒が背後にいて、悪戯で外されたという線は有り得ない。後は考えられるとしたら、何かに擦れて独りでにホックが外れたという線だが、別にただジッと座っていただけだし、下着も最近下ろしたばかりの新品なので、金具の疲弊も考え難い。そうすると、幽霊で他の人には姿が見えない目隠しさんしか不可能ではないかと思ったのだが、目隠しさんの反応を見る限り、それも違う。


「な、なんか変だよ今日…………」


 真っ赤な顔で、机に突っ伏し、この何とも言えない変な感覚、気持ち悪さを誤魔化す。目隠しさんは目のやり場に困っているのか、反応に困っているのか、視線を彷徨わせながらぎこちなくゴホンと咳払いをしていた。どうしよう、まだ授業は始まったばかりで、30分以上はある。それまでこの気持ち悪い状態で授業を受け続ける………?いや、気になって集中できない………。


 私は、ごくんと生唾を飲み込んだ。シャープペンシルを握る手が、僅かに震える。ゆっくりと振り返ると、居心地悪そうな目隠しさんと目が合う。真っ赤な顔の私を見て、目隠しさんは固まっていて。


「め、目隠しさん…………。ホック………留めて………?」

「!?!?!?!?」


 後にも先にも、あんなに動揺する目隠しさんを見たのは初めてかもしれない。私の勇気を振り絞ったお願いに、目隠しさんはその場に固まったままゴクリと喉を鳴らした。

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