葬
昔。悪霊を祓うことを生業とした集団がいた。彼らは、男から女、幅広い年齢の者が集った集団で、彷徨う魂を救い、人々の安寧を守る者たちだった。その集団を人々は、『葬』と呼んでいた。葬の者たちは皆、目元を奇妙な仮面で隠しており、人々が寝静まった夜中に活動し、夜が明ける頃には姿を消す、神聖であり不気味な人たちでもあった。
そんな葬に、とある少年が拾われた。ボロボロな格好で、蝿が集り、骨と皮だけの体を橋の下に投げ出して倒れている。一見死んでいるようにも見える少年の前を通りかかったのが、その葬の人間だったのだ。
「冥様。こんなガキを拾ってどうするつもりです」
少年の前に屈む仮面の女性。それを嗜める付き人。女性は、その少年の汚さなど気にもせず、その軽すぎる体を抱き上げたのだった。
「私の後継にします」
「は………!?」
この捨てられた少年こそが、目隠しの男であり、それを拾った女性が、後に彼が師匠と慕う女性であった。2人の出会いは、ここから始まったのだ。
その日から少年は、葬の人間たちに育てられた。最初の内は誰にも心を開かず、会話もしようとせず、孤独に引き篭もる少年だったが、温かいご飯を共に囲い、男たちと風呂を共にして背中を流しあったり、稽古を付けてもらう内に徐々に絆は育まれていった。少年は偶に笑う様になり、自分の気持ちを伝えられるようにもなった。
「師匠!」
「随分と熱心ですね」
庭で木刀を振りながら稽古をする少年を、彼を拾った張本人である女性が微笑ましく見守る。彼女は葬の人間たちから冥様と呼ばれ、女性でありながらこの集団を纏めるリーダー的立場でもあった。
「貴方に名前を授けましょう」
「名前…………?」
「貴方の名前は…………」
初めて貰った、自分の名前。少年にとってそれは、何よりも宝物になった。少年の中で、師匠という存在はどんどん大きくなっていく。今まで貰えなかったものをくれる。自分を必要としてくれる。そしていつしか師匠は、彼の生きる理由にもなっていた。師匠の為に戦う。師匠の為に生きる。師匠に認められたい。それは、親の愛を受けることなく捨てられた悲しき少年の、誰かに愛されたいという切ない想いからきていたのかもしれない。この頃の目隠しの男にとって、師匠は全てであった。
やがて少年はスクスクと成長し、歳を重ね、その才能を発揮させていった。葬の一員として、彼は叩き込まれた戦術によって、人々を祟ろうとする悪霊を祓っていく。すっかり頼もしい葬の一員となっていたのだ。
しかし。
「………師匠」
「…………まだ休んでなかったのですか」
丘に立つ小さな墓の前で、手を合わせる師匠に、声を掛ける。ここに並ぶ墓は皆、葬の人間たちのものだ。凶悪な悪霊たちとの戦いは、常に危険と犠牲と隣り合わせ。容赦なくこちらを殺そうとしてくる霊たちに対し、葬は『霊にも救いを』という信念の元戦う。つまりそれは、仲間を殺した憎き仇を救い、安らぎを与えるという、目隠しの男にとっては理解し難いものであった。
「俺は………家族を殺す悪霊が憎くて仕方ありません」
「……………」
「苦しめて苦しめて、散々苦しめてから殺したいと、黒い感情が湧き出て仕方ないのです」
仮面の奥の瞳孔が開く眼差しを隠す様に、目隠しの男は己の仮面を手で覆う。体の奥から溢れ出てくる憎しみ。そのどす黒い感情が心を支配して、どうしても冷静でいられない。悪霊と対峙した時、『どう苦しめてやろうか』『どう嬲り殺してやろうか』そんな感情が頭を過ぎるのだ。
師匠である冥は、そんな彼の姿を冷静に見つめていた。ただ淡々と、子供を諭す様に、柔らかな声音が目隠しの男の耳を撫でる。
「私たちが何故仮面をしているのか、教えたことがありますね」
「………目は口ほどに物を言う。感情は目から滲み出るもの。それを相手に………霊に見せてはならない」
「そうです。何故だか分かりますか?………そこにつけ込まれるからです。恐怖、怨み、憎しみ、悲しみ………。悪霊たちの中には、そういった人間の感情を巧みに利用し、食おうとする者が沢山います」
「ならば何故………!そんな者たちの魂を救おうとするのですか!」
食い気味に、感情的になる目隠しの男に、冥はそっと歩み寄りその頬を撫でた。ぴく、と一瞬肩を揺らし固まる目隠しの男は、ただただ、いつの間にか抜いていた小さな背丈の師匠を見下ろして。
「私たちは神様ではありません。個人の感情で、魂を裁いてはなりません。………それが、この仮面に込められたもう一つの理由です。この仮面を付けている時、私たちは常に感情を捨て、冷静に、粛々と、仕事をこなさなければならない。それを忘れてはいけませんよ」
「師匠……………」
そして横を通り過ぎていく凛とした背筋を、目隠しの男は呆然と見送った。今思えば、この頃からだろうか。冥から時折、禍々しい何かのオーラを感じる様になっていた。まるで、何かとてつもない霊に取り憑かれているような………そんな感じだ。それが何なのか、目隠しの男には分からなかったが、本人にもどこか聞き辛くて、触れられないままでいたのだった。




