嫉妬
力強い腕が、私の体を掴んで離さない。クライマックスを彩る花火に照らされて、私は目隠しさんに抱きしめられていた。きっと私のこの煩い心臓の音も、目隠しさんの胸板に潰された胸から彼に伝わっているだろう。私はその堅い抱擁にしばらく身を委ね、そっと背中に手を回した。願うなら、ずっとこの時間が続けばいいのにとすら思っていた。
「………アイツの方がいいのか」
「え………?」
ただ黙って抱きしめられている中、不意に落とされた言葉。顔を上げようとしても、私の後頭部に回る目隠しさんの手に力がこもって、彼の顔を見上げることは叶わなかった。なにが、と口に出す前に、ふと思い出す。恐らく、さっきの花凛の術による幻影のことだ。キョンシーくんの姿になった花凛によって、目隠しさんの中の嫉妬心を刺激されたのだろう。あれはほぼ花凛に言わされたようなもので、目隠しさんよりキョンシーくんの方がいいなんて思ったことはないし、そもそも比べるものじゃないし。何なら私は、実際キョンシーくんに乗り換えないかと誘われた時にきっぱりと断っている。
「目隠しさん、妬いてくれてるの………?」
「……………」
恐る恐る聞いてみるが、答えは返ってこない。けど、花凛の幻影の中でも、そして今も、はっきりと感じる。目隠しさんの怒りのような感情と、焦り。嫉妬してくれたのかと期待しそうになる。本人の口から聞きたい。言葉にしてほしい。そんな欲が出てきたらもう止められなくて、じっと返事を待つ。しかし欲しいものは返ってこないまま、しばらく沈黙の時間が続いた。
「………ご、ごめん。自惚れてたかな………」
その沈黙が段々恥ずかしくなってきて、私何言ってるんだろう、と冷静になるには十分な時間だった。慌てて自分の質問を取り消そうとすると、また私の体を抱く手にぐっと力が入って。
「………当たり前だ」
ただそう一言、ぶっきらぼうに吐き捨てられた。見開かれた私の目は揺らぎ、また心拍数は上がっていく。「ほ、ほんと?」と顔を上げる。ようやく見ることができた目隠しさんの顔は、気のせいだろうか、それとも花火の光のせいだろうか。心なしかほんのり赤くなっているような気がして、初めて見る表情をしていた。優しくて、でも恥ずかしそうで、愛おしいものを見るように私を見下ろしている。仮面で見えないけど、おそらく重なっているであろう視線が合図になって、目隠しさんがどんどん顔を近づけてきた。あ、キス、しようとしてる。それを察せない程、私も鈍感ではない。一瞬、このまま私も、成り行きに任せてしまおうかと目を伏せるも、頭を過る、1つの懸念。
『………俺も、もう貴女から離れない』
『…………』
『俺の全てを賭けて、貴女を守ります』
迦睡斎で見た、あの目隠しさんの夢のことだ。あの女性のことをはっきりさせない限り、流されては駄目だ、と自分の中でブレーキがかかる。今の目隠しさんの行動、言動は、あの夢のことから考えてみると矛盾していて………要は二股をかけられているような、そんな気分なのだ。私は、目隠しさんの唇を手で覆ってストップをかけた。目隠しさんも拒まれると思っていなかったのだろうか。一気にムッとした表情を浮かべて、更に腰を抱き寄せてきた。
「………なんだこの手は」
「だ、ダメ」
「何故だ」
納得いかないといった様子で、逆に意地になっているのか、ぐいぐいと強引に距離を詰めてくる目隠しさん。私も必死にそれを拒み、顔を背ける。しかし当然、力は向こうの方が断然上なので少しずつ距離が縮まっていく。このままでは強引にキスされてしまう、そう焦った私は、ずっと聞きたいと思いながらも胸の内に留めていた言葉を、ついに目隠しさんにぶつけるのであった。
「だって、見ちゃったんだもん!目隠しさんの夢!」
ピタ、と止まる目隠しさん。夢………?と呟き怪訝な表情を浮かべている。コクン、と静かに頷くとようやく私の体は離された。あの夢に出てきた女性のこと、私は知りたい。それだけではない。あの女性は知っていて、私は知らない目隠しさんのこと………知りたい。私は、目隠しさんのことが好きな筈なのに、彼のことをまだ何も知らないのだから。
「迦睡斎で目隠しさんが見てた夢………、私も見ちゃったの」
ぽつ、ぽつ、と紡ぐ声はどんどん弱々しくなっていき、花火の音にかき消されそうなほどにか細い。その声音に、私の自信のなさが表れている。そして私は俯いて、地面を見つめながら目隠しさんからの言葉を待った。………怖い。切り出したのは自分でありながら、なんて返ってくるのかが怖い。昔の恋人だ、と言われたら?今もまだ好きなんだ、忘れられない、って言われたら?私はどう返すのだろうか。
「目隠しさん、女の人のこと、抱きしめてたよね」
「………あれは………」
「私………、知りたい。目隠しさんのこと」
怖がったって、もう口に出してしまった言葉を無かったことにはできない。ここまで言ってしまったのなら、聞くしかない。そう意を決して、もう1度目隠しさんの顔を見る。ぐっと唇を噛み締めて、胸の前で自分の手を握りしめながら。
「あの女の人は、誰?」
「……………」
目隠しさんは、私から視線を逸らそうとはしなかった。それは、変に隠すつもりはない、という彼の気持ちの表れだった。




