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置き土産

 これは、夢?さっきまで花火を見ていた筈なのに、何で…………。そう自問自答しながら、自分の体を見下ろす。浴衣姿、両手に下駄、ボロボロに汚れた足。夢というよりは、突然異世界に飛ばされたような………、そんな感覚だった。


 そして目の前には、息を切らした目隠しさんが私を見つめていた。その表情はどこか怒気を含んでいる。思わず私は肩を縮こまらせた。


「1人でフラつくなとあれ程………っ!」

「ご、ごめん!ちょっと用事があって………」


 怒りの感情をぶつけながらこちらに近付いてくる目隠しさん。きっと心配して、ずっと探してくれていたのだろう。何も言わずに消えた私が100パーセント悪いので、素直に謝る。すると突然横から手が伸びてきて、私の体を引き寄せてきた。


「別にいいでしょ。恋白がどこで何してようが」


 それは、まさかのキョンシーくんだった。何でここに、という疑問も、驚きのせいで言葉に出てこない。目隠しさんも同じようで、驚いたように足を止めたが、やがて再び怒りのオーラを醸し出した。


「………恋白に触れるな」

「なんで?別に君のものじゃないでしょ」


 まるで火に油を注ぐように、キョンシーくんは相変わらず可愛らしい笑顔を浮かべながら言葉を返す。その最中で、キョンシーくんは私に目配せするとそっと耳打ちをしてきた。


「………私が分かる?恋白」

「この声………、花凛………!?なんでキョンシーくんの姿に…………」

「あの人が、恋白を取られるかもしれないと思ってる相手に変化してるの。私は今キョンシーって人の姿になってるのね?」

「わ、私を取られる………?」


 花凛は、そっと私に耳打ちを続ける。この空間は、花凛が魅せている幻の空間。花凛がキョンシーくんの姿になっているのは、目隠しさんが焦りを感じている相手だから、なんだそうだ。目隠しさんの中でキョンシーくんってそういう認識だったの!?と驚く。いつもそばに居る吉光ではなくて、前に1度だけ一緒に戦ったキョンシーくんを警戒してるなんて………。というかそもそも、私を取られるかもしれないと思っているということは、取られたくないからこその感情であって…………。説明を受けてもイマイチ頭が追い付いていない私を他所に、花凛と目隠しさんの会話はヒートアップしていく。


「恋白と契約したのは俺だ………。分かっていて手を出しているのか」

「契約なんて、紙さえ破れば消えてなくなるでしょ?恋白だって、他の女にフラフラしててよく分からない君よりも、僕の方がいいよね」

「え!?い、いや、それはその…………」


 ね、と改めて笑顔で念押ししてくるキョンシーくん、基、花凛。その笑顔の裏には、話を合わせて、という圧を感じて、私はその圧に押されるように首を縦に振った。するとその瞬間、ブワッと目隠しさんの方から殺気のようなものを感じて、私の顔は一気に青ざめていく。恐る恐るそちらに視線を移せば、無言のまま、般若のような恐ろしさでこちらを睨む目隠しさんの姿。涙目になって花凛に抱き付くも、それも目隠しさんにとっては私が自らキョンシーくんに抱き付いているように映って、余計に怒りを買ってしまっていた。


「そうか…………、ならば分からせなければな………」

「わ、分からせるって………何を…………」

「お前の契約主が誰か、だ。恋白」

「えっ」


 あ、契約主って私じゃなくてそっちだったんですか。とどう考えても今感じるべきじゃないことを考えていると、いよいよ目隠しさんが大鎌を取り出した。まずい。このままでは花凛に危害を加える可能性がある。花凛の作戦がどこに向かっているのか未だ分からないが、ここら辺が限界だろう。種明かしをしようとする私の前に、花凛が立ち塞がる。


「なら、はっきりなさい」


 その姿は、徐々にキョンシーくんから元の花凛の姿に戻っていく。花凛が手を上げると、今度はあの女性………、目隠しさんが師匠と呼んでいた女性の幻が浮かび上がった。


「助けられるのはどちらか1人。助けた方をお前に返そう」


 突然私の足元が崩れ出し、気付けば崖に身を放り投げ出されていた。悲鳴を上げる暇もなく、慌てて地面の端を掴む。ぶらん、と宙ぶらりんになる体。下駄だけが底の見えない下へ落ちていき、やがて消えた。落ちたらひとたまりも無いだろう。恐怖で手が震え、冷や汗が出てくる。


「や、やめて花凛!もういいから!助けて!」

「選びなさい」


 花凛は私の声に振り返ることなく、目隠しさんを睨んでいる。ふと見れば、目隠しさんの師匠の女性も、茨のようなものに囚われて、心臓にその切先を突き付けられていた。私と師匠、同時に命の危機に晒されて、目隠しさんが焦りを見せる。


「目隠しさ…………っ」


 地面を辛うじて掴む私の手は、既に限界を迎えつつある。そう長くは保たない。仮に目隠しさんが師匠の女性を選べば、私はその間にこの谷底に落ちるだろう。その恐怖と、もしかしたら目隠しさんは私を選んでくれないかもしれないという恐怖、2つの恐怖が私の心を蝕んでいく。


(見れない…………)


 目隠しさんの気持ちが分からない今、私は彼がどちらを選ぶのかを見てはいられなかった。自分に自信がない。選ばれる確証がない。目を背けるようにぎゅっと瞳を閉じる。余計なことは考えるな。とにかく耐えて、耐えてーーー…………。


 ふわっ、と浮かび上がる体。驚いて目を開くと、目の前には私を引き上げる目隠しさんがいて。ただ茫然と、その顔を見つめていた。無事に地面に引き上げられた後も、ぼんやりと目隠しさんを見る私。ありがとうよりも先に、何で、が口から出てきた。


「迷う筈がない」

「…………!」

「………今の俺が守りたいものは、ただ1つだ」



 その瞬間、ぱりん、と心が弾けるような音がして、私と目隠しさんは、元の出雲神社、花火大会の下に投げ出されていた。周囲を見渡しても、もう花凛の姿はない。勿論、目隠しさんの師匠の幻も、いない。


「何で………私を…………」

「………信じられないとでも言いたげだな」


 どこか不機嫌そうなままの目隠しさんがゆっくりと立ち上がる。私に手を差し伸べてきて、その手を取って私も立ち上がったが、ズキンと足が痛んでふらつき、そのまま目隠しさんの体へ飛び込んでしまった。


「あ……………ご、ごめ………っ」

「…………………」


 慌てて体を離そうとしたのにそれが叶わなかったのは、目隠しさんが私の体を強く抱きしめたからだった。背後ではまた1発、大きな花火が打ち上がっていて、その綺麗さに感嘆の声を漏らす人たちの声が、傍らで響き渡っていた。

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