恋の試練
咲いては消え、咲いては消えを繰り返す花火の下で、私と幽霊の女の子は、5分、10分とそこで恋の話に花を咲かせていた。しばらくはそうして盛り上がり、楽しく会話をしていたのだが、ふと女の子が儚げに笑いながら立ち上がる。
「諦めて、帰ろうかな」
「え………」
また泣き出しそうになるのを必死に堪えながら、彼女は笑う。なんで、と釣られて立ち上がる私に、女の子は言う。
「きっと、私のことなんて見つけてくれない………」
「そんなこと、」
「だって私、死んじゃったから」
否定しようとした言葉が、喉の奥に引っ込む。ぼんやりと透ける女の子の体は確かに、幽霊であることを物語っていて。何よりも本人が、その事実を知っている。
「あの日………、好きな人と花火大会に来て、でも結局告白できないまま帰って………。その帰り道に、私、車に轢かれて…………」
ぽた、ぽた、と気づいた時には、私の方が泣いていて、女の子がギョッとしたように驚いている。そんなの、切なくて、悲しすぎる。きっとこの子はその日から、時が止まったままなんだ。前に進めずに、こうして今も花火大会の日になると神社に姿を現すのだ。
「だから、もういい………「よくない!」
諦める彼女の言葉を遮った。何で私がこんなにムキになっているのか分からないけど、何とかしてあげたかった。せめて彼女の未練が消えて、成仏できるように………、私がこの子の止まった時間を動かしてあげたい。
「私が探してくる!その人!」
「え………、そんな、無茶だよ。もう何年も前の話だから………、その人、今年の花火大会に来てるかも分からないし………」
「来てるよ!」
「恋白ちゃん…………」
「来てるよ。絶対、来てる」
何でか分からないけど、きっと来てる。そんな気がする。この子は足を痛めてて歩き回れないし、私が探し出す。そう決意して、私は彼女に相手の特徴を聞き出した。数年前ならば、今もまだそんなに見た目に劇的な変化はないだろう。背丈や格好、似ている芸能人は!?など、色々聞いてデータを集め、女の子の制止も聞かずに人混みに飛び出す。どん、どん、と花火が打ち上がる中、私は汗だくになりながら参道を走り、男性に片っ端から声を掛けた。側から見ればおかしな女だと思われるだろう。声を掛けては顔をジロジロ見て、数年前花火の帰りに亡くなった女の子を知らないかと聞いて回っているのだから。
そして30分は走り回っただろうか。私の足もとっくに限界を迎えて、なりふり構わず下駄を脱いだ。早くしなければ、花火が終わってしまう。どんどんクライマックスに近付いて、激しくなっていく花火に気持ちが焦る。こんなことなら、和水や目隠しさんたちにも手伝って貰うべきだったか。やがて、いよいよ体力の限界が来て、参道から外れて呼吸を整えていると、何故か人混み外れたそこで、ポツンと1人花火を見上げている男性がいた。
「あなたは…………」
声をかける前から何となく、この人だ、という予感がしていた。下駄を両手に汗ダラダラで近付いてくる私に、その大学生っぽい男性は一瞬ギョッとしたように警戒していたが、やがて私の話を聞くと、彼女に会わせてくれ、と頼まれるのだった。
「花凛!」
「え………、湊くん………!?」
その場所に、彼女はちゃんと待っていた。振り返る先には、片想いだと言っていた相手の男性が立っている。あの頃から少しだけまた背が伸びて、少し垢抜けたのか、髪の色も明るくなっていて。それでも目付きや声は、あの頃と同じまま。花凛と呼ばれたその子は、ボロボロと涙を流しながら、久々に見た男性を愛おしそうに眺めていた。
「ごめん、花凛………!俺、ちゃんと帰り道送ってやればよかった!ずっとずっと後悔して………」
「ううん、湊くんのせいじゃないよ。きっと、運が悪かったんだよ…………」
「俺、あの時からずっと時が止まったような感覚で…………、前に進めずにいて」
「私も………、同じ」
物陰からひっそりと見守る私の視線に、花凛が気付く。頑張れ!と声は出さずに口だけ動かすと、花凛が意を決したような表情を浮かべる。どうか、どうかもう後悔はしないで。一緒にいれるこの奇跡のような時間を、悲しい思い出にしないで。
「湊くん、わたし…………!」
「好きだ、花凛。今もずっと」
「え…………」
言おうとした言葉を先に言われて、花凛は目を見開いた。真っ直ぐにこちらを見つめる湊の視線に、嘘は無い。彼もまた、花凛と同じように、あの時伝えられなかった想いにずっと後悔していて、毎年1人でこの花火大会に足を運んでいた。そしてやっと再会を果たし、彼は自分の気持ちを数年越しに伝えることが叶ったのだった。
2人は、大きな花火の下でどちらからともなく抱きしめ合った。その黒い影は、ゆっくりと近付いて、やがて唇が重なる。私はその幻想的な光景をただ茫然と眺めていた。心にあるのは、良かった、という気持ちただ1つだった。
「恋白。ありがとう」
「ありがとうございました。お陰で花凛に会えました」
「ううん、2人が無事に会えてよかった」
私に感謝を伝えてくる2人のうち、花凛は徐々にその体が光り出していた。何が起こっているのか、それを何度も目にしている私には分かる。花凛の未練が晴れて、成仏しようとしているのだ。けど、花凛と湊の表情はとても和やかだった。勿論、寂しい悲しい気持ちはあるけれど、それよりもお互いの強い気持ちを確認し合えたことの幸せと、強さを得ているからだと思う。
「花凛、また来年、ここに会いにくるよ」
「うん。待ってるね、湊くん」
消える間際、2人は固い約束を結ぶ。その約束は、きっと破られることはないのだろう。そしてそっと、握りしめていた手を離し合う。最後に花凛は私の元へとやってくる。
「恋白。貴女の好きな人………何となく分かった」
「え?」
「今、貴女を必死に探してる魂が見える。私と同じ霊体なのね」
「あ………、もしかして…………」
「私にも、恩返しさせて欲しいの」
恩返し?と首を捻る私に、花凛は初めて見せる表情を浮かべた。それは不敵な、悪戯っ子のような笑みだった。
「可愛い恋白を悩ませてるんだから、ちょっとくらいお仕置きしないとね。私に任せて…………」
花凛はそれだけ言い残して、粒子となって消えて行った。一体どういう意味なのか、分からないまま旅立ってしまった彼女を見上げる。しかし、その言葉の意味は、その後すぐに、身を持って体感することとなるのだった。
何故なら私は突然、例の彼岸花畑に飛ばされていて、目の前には目隠しさんが立っていたからだ。




