恋の花
「あれ?恋白は?」
「………まさか迷子か?」
近くに手頃な段差があったので、そこに座って適当に屋台で買った食べ物を広げている時だった。和水が気付いた時にはその姿が無く、目の前を通り過ぎていくのは知らない人たちの喧騒ばかり。この混雑の中で逸れてしまったのかと不安になる和水とは反対に、食べ物に夢中な人形ちゃんは「その内戻ってくるじゃろ」と吐き捨てた。無闇矢鱈に動き回って探しても、すれ違いになるだけだと。出雲神社なんて、アイツが1番知っている場所なのだからここで待っておけばいい、という言葉に和水も妙に納得して、「そうですわね」と箸に手を付けた。その場にいた目隠しさんだけが、居なくなったパートナーの生命力を辿るように、音もなくそこを後にした。
そんな迷子の張本人である私はというと、出店が並んでいる所から少し外れた、神社の奥の茂みで、浴衣を着た若い女性が蹲っているのを見つけていた。どうにも心配になって、彼女に駆け寄る。
「大丈夫ですか………?誰かと逸れました?」
「………っ、は、はい………大丈夫、です………」
私が声を掛けると、女性は一瞬びくりと肩を震わせた後、涙でぐしゃくじゃになった顔を上げた。私の顔を見るなり、またぶわりと目に涙が浮かんで、赤くなった鼻をスンスン鳴らす。どう見ても大丈夫そうではない。私とそう歳も変わらない、可愛らしい女の子で…………、そして、幽霊だった。
「好きな人と来てたんだけど…………。慣れない浴衣で歩き辛くて………気付いたら………」
「逸れちゃったんだ」
彼女の足は、下駄で痛めて真っ赤になってしまっていて、とても歩き回れる状態じゃない。本人は、その痛みとせっかくのデートが台無しになってしまったことに、しくしくと泣いていた。とりあえずその誰かも分からないこの人の相手を探し回るよりは、休めそうな場所で待っていた方がいい気がして、私はその女性に背中を向けて屈んだ。
「え…………?」
「歩けないでしょ!休めそうなところまでおぶってくから!乗って!」
でも………、と初めのうちは遠慮していたその子も、私が「いいからいいから!」と押すと、オズオズと私の背中に乗っかった。幽霊とはいえ、ずっしりと感じる人1人分の重み。立ち上がる時に一瞬ふらついたが、私は何とか彼女をおんぶして、よいしょよいしょとゆっくり歩き出すのだった。
そうして何とか、参道から外れた、宝物庫と呼ばれるらしき建物の横へやってくると、彼女をそこに下ろして座らせた。私も私で浴衣に下駄だったので、ジクジクと足が痛み、真っ赤になってしまっていた。ミイラ取りがミイラになるように、私もまた彼女と同じ状態になってしまっていた。
「好きな人って………彼氏?」
「………………」
隣で膝を抱えるその子に問い掛けてみる。すると、女の子は静かにフルフルと首を左右に振って否定した。
「彼氏では………ない、かな………。私が片想いしてる人で…………」
「そうなんだ!今日は2人でデート?」
「う、うん………。その人が、誘ってくれて…………」
何とも言えない気持ちが心の中に広がっていく。彼女が生きている人間なら、微笑ましい青春の1ページなのかもしれないが………。どういう経緯があったのかは分からないが、この子は間違いなく幽霊で、既に亡くなっている存在。彼女の未練が、恐らくこの花火大会に強く残っていて、こうして姿を現しているのだ。
「告白、するの?」
「…………っ!そ、そんな、告白なんて………っ、私なんかが…………!」
「えー、なんで!だってこんなに可愛いのに!」
「か、可愛くないよ………。いつもおどおどしてて、自信無さそうで…………」
「でも、向こうから花火大会誘ってきてくれたんでしょ?」
「う、うん…………。そうなんだけど…………」
でも、でも、と真っ赤な顔を手で覆う女の子。いいなあ、青春だなあ、可愛いなあ、と思いながら、ついつい恋バナに花を咲かせていく。相手は同じ学校、同じクラスの男の子、らしい。たまたま席が隣になったのがきっかけで仲良くなって、気付いたら好きになっていた、と。そして今年の夏、花火大会に一緒に行こうと誘われて、期待しながら今晩を迎えたらしい。
「誘ってきたってことは、脈なしってことはないでしょ!」
「そう思う!?でも、その人すごい人気者で、女の子からもモテモテで…………。私なんかと釣り合ってないっていうか…………」
「そんなこと…………」
話を聞いていけば聞いていくほど、何故か自分とリンクして、私まで切ない気持ちになっていく。言いたいのに言えない気持ちがあることとか、私とは釣り合ってないんじゃないかとか、好きだからこそ、色々悩んでしまう。その思いが痛い程分かるからこそ、私は彼女の背中を押したかった。
「でも………言わなきゃ伝わらないし………、伝えないといつか後悔する、かも………」
「…………!」
いや、彼女の背中を押すというよりは最早、自分に言い聞かせるように、その言葉を噛み締めていた。伝えなきゃ、伝わらない。当たり前のことだけど、でもその伝えるということがすごく難しいんだ。
ドン!と後ろで、大きな音が響いた。私とその子が空を見上げる。一部木で隠れているが、1発目の花火が打ち上がって消えた。
「あなたも、好きな人いるの?」
「え?」
どん、どん、と一定の静寂を挟みながら打ち上がる花火の中で、逆に質問されて黙り込む。私は一瞬考えた後、側にあった小石を蹴りながら微笑んだ。
「………うん、いるよ」
「やっぱり!恋する女の子の顔してる」
「え?」
「私の話を聞いてる時、まるで自分のことのようだったから」
笑い合う私たちは、そのまま花火を眺めながら、好きな人のどんな所が好きなのかを言い合った。時には不満な部分も挟みながら。
「いつも私のこと、守ってくれるんだよね」
「ええ!素敵………王子様みたいだね」
「うん………。強くて、優しくて………」
「うん」
「でも、最近、他に好きな人がいるんじゃないかって思うような出来事があって」
「ええ!?」
「それに、女の子には基本優しいから、ライバルがいっぱいいるんだよね!」
「えー!大変!その人モテるんだね」
私の話を、コロコロと表情を変えながら聞いてくれる女の子。何だか話しやすくて、つい色んなことを喋り過ぎてしまう。
「あなたは?どんな所が好きなの?」
「えっと………、優しいところ。でも、たまに意地悪なところも好き、かな………」
「うんうん。他は?」
「サッカーが上手いところ、足が速いところ、頭がいいところ…………」
「あー、運動も勉強もできる感じね!完璧じゃん」
「あと………声も、好き」
「あ、分かる!声!」
盛り上がる私たちの声を掻き消すように響く、花火の音。そういえば私、目隠しさんや和水に何も言わずに来ちゃったな、と今更心配になった。もしかしたら私のことを探し回ってるかもしれない。
(目隠しさんもこの花火、見てるのかな………)
残してきた目隠しさんに想いを馳せる。私と女の子はそこでしばらく2人で身を寄せ合いながら、静かに夜空の花を眺めていた。




