夏の風物詩
ばん!とみんなの前に広げられたのは、花火大会という文字が大きく踊る、1枚のポスター。日付はちょうど今週の土曜日になっていて、綺麗な夜空に大きな花が咲いている写真が映し出されている。いつものように屋上でお昼休みを堪能していた私たちの前に、このポスターを取り出した張本人である和水は、どこか目をキラキラと輝かせながら、私と吉光と目隠しさんを順番に見つめた。
「行きましょう!今週の土曜日!」
「花火大会かあ」
「いいですね!夏といえばですよ!」
私が住んでいる地域の小さな花火大会。有名な花火大会とは違って小規模ではあるものの、毎年それなりに賑わっている。いつも8月の終わり頃に開催されるので、花火大会が来るといよいよ夏も終わりかあ、とどこか切ないような不思議な気持ちにもなる。
「今年もうちの神社には出店がいっぱい並ぶので、ぜひ来てください」
「いくいく!焼きそばとたこ焼きは絶対買うよ」
「まあ。花火より食べ物ですの?」
花火大会の日は、いつも吉光の神社に沢山の出店が並ぶので、そこで食べ物を買って花火を見るというのが私の定番だ。家族と一緒に行く年もあれば、友達と行く年もあれば、吉光に誘われて一緒に見た年もある。とはいえ吉光は神社の息子なので、花火大会の日は神社の見回りだったり出店を管理したりで忙しそうなので、最後にちょっと合流して一緒に花火を見る程度なのだが。吉光は今年も例外なく仕事があるそうなので、最初から最後まで一緒にいることはできないが、ぜひ神社に来てくれと言われて、私も和水も快諾した。
「花火ごときではしゃぐとは………お主らもまだまだ子供じゃの」
「あら、人形ちゃん用の浴衣も用意してますのよ。一緒に楽しみましょう」
「………まあ、付き合ってやらんこともない」
なんだかんだでそわそわと楽しみにしていそうな人形ちゃん。私は隣にいる目隠しさんをちらりと見てみると、目隠しさんは相変わらずクールで、特に楽しみにしている風にも嫌がっている風にも見えない。まあみんなが行くなら………といういつものスタンスなのだろう。
「………なんだ」
「………っ!な、なんでもない!」
目隠しさんと目が合って、慌ててその視線を逸らす。私はといえば、数日前の迦睡斎で見てしまった目隠しさんのあの夢の一件を、未だに引きずっていた。結局あれから、ずっと気になっているものの本人に聞く勇気がなく、自分の中でもやもやと悩み続けているのである。思い切って聞けばいいのに、と思うかもしれないが、目隠しさんが話したがるかどうか、という部分の前に、私が聞きたいような聞きたくないような気持ちに駆られていて、怖くて口に出せないのだ。
(もし………、あの女の人のことが好きだって言われたら………)
実質、私の失恋、片思い、ということになる。すごく綺麗な女の人だったし(仮面で目元は見えなかったけど)、あの目隠しさんがあそこまで取り乱すくらいだから、きっと私が入る隙なんてないだろう。
(すごくお似合い、だったよなあ………)
そんな風にもやもやを抱えたまま、目隠しさんと花火デート………。2人きりではないとはいえ、あまり気が進まなかった。なんとなく何かが起こりそうな………、そんな不安が片隅にあったのだ。とはいえ、これといって断る理由もないし、和水や吉光たちもいるならこの不安も杞憂に終わるかもしれない。何よりも、1年に1度しかないイベントだ。私も楽しみたい。
「じゃあ土曜の夜、出雲神社に集合ね!」
そうして私たちは、花火大会の日に集まることを約束したのである。
「どう、かな」
玄関前で、くるりと回って見せる。母に着せてもらった浴衣は、去年か一昨年に買ったものを流用したものだ。箪笥の奥から引っ張り出してきたが、サイズ的には問題なさそうだ。髪もいつもより頑張ってアレンジして、メイクもちょっと濃くして………。個人的には結構気合を入れたつもりだが、目隠しさんにはどう映っているのだろうか。どきまぎしながら、試しに聞いてみる。
「………綺麗だ」
目隠しさんはどストレートに、そんな言葉を返してくれた。聞いたのは私でありながら、返って来た感想に顔が熱くなる。目隠しさんって意外と女たらしだよね………。
「いってきまーす!」
そうして私と目隠しさんは家を出発し、無事出雲神社で吉光と和水と合流した。普段の殺風景な神社とは違って、今日はたくさんの提灯が闇をぼんやり照らし、そこに更に出店の光がより一層辺りを賑やかにしている。美味しそうな匂いと楽しそうな喧騒から祭りの雰囲気を実感できて、毎年のことながらわくわくと胸が躍った。和水は友達と花火大会に来るのが初めてかつ、いつもは特別に用意された貸し切りの専用席で家族と花火を眺めていたらしく、このような場所に来ること自体初めての体験らしい。そのためか私たち以上に目を輝かせて、興味津々に辺りを見回していた。
「あれは何ですの!?」
「あれはフルーツ飴だね。林檎だけじゃなくて色んなフルーツの飴があるよ」
「あれは!?」
「あれはハットグって言って、韓国の屋台フードなんだって」
「昔と比べると、出店の種類も随分と変わったんじゃな………。韓国のものも売っておるのか」
「流行ってるからねー、韓国フード」
「物知りですのねぇ、恋白って」
和水と人形ちゃんが2人揃って感心している。物知りというか、まあ普通の女子高生だったらみんな知っていることなんじゃないかな………と思うものの、和水はお金持ちのお嬢様だし、人形ちゃんは長らくこういう日本の文化に触れてこなかっただろうし。きっと初めて見るものだらけなのだろう。1つ1つ、「あれは!?」と問いかけてくる彼女に、私はきちんと答えていった。中でも特に気になったものを買おうとする和水が、「カードで払いますわ」と出店でカード支払いをしようとしていたので、ちゃんと私が現金で立て替えておいた。おかげでお財布の中は残り僅か、両手に持ちきれないほどの食べ物の山ができてしまった。
「目隠しさんは何か気になるものない?」
「……………」
ずっと黙って着いてきていた目隠しさんを振り返る。あまり所持金はないが、あともう1つくらいは何か買ってあげられそうだ。目隠しさんは黙ったままで、「これが欲しい」と言うことはなかったが、その視線を辿ると射的の屋台の方へ向けられていることが分かった。もしかして射的が気になっているのだろうか。
「射的、やる?」
「……………」
やる、とは言っても、普通の人には見えない目隠しさんが1人で遊んだら、店主がびっくりすることは必須なので、私が銃を持って、その上から目隠しさんが銃を握るという方法になってはしまうのだが。気前のいい店主のおじさんにお金を渡し、台の上に置いてあるおもちゃの銃を1つ手に取る。何を狙おうかと景品の台を品定めして、1番上に置かれている、どこかパピヨンちゃんに似ているような気がする犬のぬいぐるみを選んだ。
「まずは私がお手本を…………」
それっぽく構えて、パン、と1回打ってみる。弾はぬいぐるみを掠りもせず、どこか彼方の方向へ飛んで行った。あれ………、と首を捻り、もう100円おじさんに渡す。ええいもう一回、と打つも、またしても弾は変な方向に飛んで行った。思えば私は今まで射的という遊びをそんなにしたことがなく、簡単でしょ!と舐めてかかっていたが、案外難しく奥深いゲームなのだなと感じていた。
「私はあのフランス人形を狙いますわ!なんだか人形ちゃんに似てますし!」
「わらわの方が何百倍も可愛い」
隣でも和水が同じように射的に熱中していて、狙った獲物にちゃんと弾を的中させていた。しかし景品は大きく揺れただけで惜しくも落下せず、ゲットとならず。彼女もまた、悔しがって100円をおじさんに渡していた。
(あれ、もしかして私が下手なだけ?)
もう1回だけ………と300円目を渡し、弾を受け取って構えると、背後から手が重なる。
「………っ!?」
「あの犬がいいんだな」
見兼ねた目隠しさんが、私を抱きしめるように後ろから手を重ねてきて、銃を構えたのだ。犬がいいのかと聞かれても私はもうそれどころではなくて、頭に血が上りすぎて目が回ってきたような気がする。全く集中できない中、目隠しさんは見事に犬のぬいぐるみを打ち落とし、めでたく景品ゲットとなったのだった。
「お嬢ちゃん、急に見違えるように上手くなったね!おめでとう!」
「は………はい………。別人が打ちましたので………」
「は?」
「あ。な、何でもないです!ありがとうございます!」
変なことを口走る私を訝しげな目で見るおじさんから、犬のぬいぐるみを慌てて引ったくった。赤い顔を隠すようにぬいぐるみに顔を埋める。肝心の目隠しさんは涼しい顔をして未だ格闘している和水の方を眺めている。………やっぱり女たらしだ。
そうして和水も狙っていたフランス人形をゲットして、ひと通り遊び尽くしたので、適当な場所で座って買ったものを食べながら休憩でもしようと、私たちは射的を後にしたのだった。後ろ髪を引かれる私を、目隠しさんが引きずりながら。
「あ、あの人形キョンシーくんに似てる………。やっぱりもう1回…………」
「いらん」




