抱きしめて
「これから、どうするのですか」
亡くなった僧侶や、釈迦如来に食われた魂たちを供養する為に供えられた花の前で、私たちはみんな並び、手を合わせた。釈迦如来に食われた人たちは、ご遺体すら残っていない。中身の無い墓を作るしかないその無念に心を痛めながらも、彼らの冥福と安らぎを祈り終えると、吉光が先頭の僧侶………慈念にそう問いかける。振り向けば、すっかり荒れ果ててしまった寺と、いなくなってしまった和尚や仲間………。犠牲は少なくない。それでも、慈念はしっかりと前を見据えていた。
「俺がこの寺を継ぎ、守っていきます。師匠の意思を継いで…………」
そして慈念と、生き残った僧侶たちが、私たちに深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ございませんでした。それと………助けてくれて、ありがとうございました」
「………また来年の夏も、風鈴祭りやってね」
私がそう笑いかけると、慈念はぐっと目に浮かんだ涙を堪えて、「はい、必ず」と微笑んだ。きっと迦睡斎は、これからも新たな若き和尚の手によって守られ、続いていくのだろう。色んな人の意思や魂を受け継ぎながら。
ーーーあの綺麗な風鈴、来年もまた、みんなと見に来れたらいいな。
「じゃあ、また学校で」
「ええ、皆さんおやすみなさい」
「また明日ね!」
吉光と和水と別れ、パピヨンちゃんもいつもの場所の飼い主さんに返した後。私と目隠しさんは2人きりになった。無言で家まで歩くその道のりが、いつもよりも長いような短いような、不思議な感じだ。前を歩く目隠しさんに聞きたいことが沢山あるのに、言おうとしてはやめ、言おうとしては口を閉ざし、それをずっと繰り返している。聞いてはいけないことなのかも、言いたく無いことなのかも、触れてほしくないことなのかも、そう考えると、口に出す勇気が無くなってくる。
それでもやっぱり、もやもやしたままなのも嫌で、思い切って聞いてみようかと、口を開いた瞬間。
「目隠しさん、あのね、」
「………恋白のお陰で助かった」
「………え…………」
ほぼ同時に喋った目隠しさんの言葉が、私の勇気を掻き消してしまった。突然言われた言葉に、間抜けな声が漏れてしまう。何のことかと呆然とする私を、目隠しさんは真っ直ぐ見つめていた。
「俺が攫われた後………、助けに来てくれたのだろう」
「ああ………うん。なんか結局、みんなに守られてばかりで、何もできなかったけど………」
「………そんなことはない」
きっぱりと否定してくれた事を少し嬉しく感じながら、もじもじと自分の足元を見つめる。すると視界の中に影が落とされて、ハッとして顔を上げると、すぐそばに目隠しさんが立っていて。優しく頭を撫でてくれたのだった。予想していなかった彼のその行動に目を見開き、体が固まる。
「夢から目が覚めたのも………恋白のお陰だった」
「………あ…………」
「お前が傍にいてくれるだけで、戦う力が湧いてくる」
やだ、私…………、本当に単純だ。さっきまで、目隠しさんの師匠らしき謎の女性にモヤモヤしていたのに、今は心臓がバクバクと脈打っていて五月蝿い。いや、勿論そのモヤモヤが無くなった訳ではないけども………。頭を撫でるその優しい手付きが心地よくて、でも何だか物足りなくて、ぐっと唇を噛み締めて再び足元を見下ろした。相変わらずもじもじと動く私のローファー。目隠しさんの顔が、見れない。
「………すまない。触れられるのは嫌だったか」
私のその様子を勘違いして、目隠しさんはパッと手を離した。違う、嫌だったんじゃない。嫌どころか、もっと…………もっと。あの女性にしてたみたいに…………。
「目隠しさん…………」
「…………?」
「だ…………抱きしめて…………ほしい、です………」
真っ赤な顔のまま、勇気を振り絞って目隠しさんを見上げる。あの女性にしてたみたいに、力強く抱きしめてほしい。そう思い切って伝えてみる。ここでようやく彼の顔を見つめると、あのクールな目隠しさんが動揺しているように見えた。目隠しさんからすれば、突然抱きしめてだなんて、何事かと驚いているのかもしれない。ごく、と目隠しさんの喉仏が動く。私の頭を撫でていた手が、ゆっくりと下ろされて私の肩を掴んだ。
(あ………………)
肩を掴んだ手が、そっと私の体を引き寄せた。時の流れがとてもゆっくりに感じる。私の事も抱きしめてくれるんだ、そう頭の片隅で考えるのと同時に、あの女の人のことが好きなのに、私のことを抱きしめるの?という複雑な想いも湧き上がってくる。でも、目の前で近づいてくる目隠しさんを拒むことなんてできなくて、全てを委ねていく。電灯に照らされる2人の影が、もう少しで重なる所だった。
「カァ!!!!!」
大きなカラスの一声が、私たちの体を引き離した。突然響いた鳴き声に、先程とは別の意味で心臓が五月蝿い。突然鳴かれて心臓が止まるような思いをした私だったが、それはどうやら目隠しさんも同じ様だった。そして更に、ヌッと暗がりから光り輝く頭が見えて、思わず目隠しさんにしがみ付く。
「ぎゃあああっ!!!!」
「あ、俺です、慈念です…………」
光り輝く頭の正体は、先程別れた筈の迦睡斎の和尚、慈念であった。彼はここまで走ってきたのか、息を切らし汗をダラダラと流していて、その両手両肩には、スクールバッグやら弓やらが掛けられている。そこでようやく私は、自分の私物を全て寺に忘れてきていたことに気が付いた。
「慌てて追いかけてきたのですが、何だかすみません」
「…………謝らないでください。何も見てないと言って下さい」
「何も見てません」
吉光と和水の分の荷物もあったが、彼らは既に家に帰ってしまっているので、明日学校で渡そうと全てを預かった。今は真夜中で人気もないので、誰かに見られる事もないだろうと、目隠しさんにも荷物を持ってもらう。(霊感がない人から見たら、荷物だけが浮いているように見えるので、普段は頼まないようにしているが)
こうして私と目隠しさんは、大量の荷物を抱えて家に帰ることとなった。なんだかいつも目隠しさんといい雰囲気になると、何かしらの邪魔が入るような気がするが、気のせいということにしておこう。
(…………やっぱり、聞かない方がいいんだよね、あの女の人のこと………)
荷物片手に、ちらりと目隠しさんの背中を見つめる。目隠しさんの様子だと、あまり幸せな思い出ではないような気がするし、そもそも私に話してくれるかどうか………。
そうして私は、どこか目隠しさんに対して溝を作ったまま、家に帰ることとなった。




