異形の呪いと謎の女性
完全に目を覚ました目隠しさんは、再び釈迦如来に向かって走り出した。先程までは、パピヨンちゃんに囮になってもらいながら、人形ちゃんと共に一点を集中攻撃するという作戦だったが、今は目隠しさん1人しかいない。あの釈迦如来の霊力を帯びた強固な体を、1人で破壊しなければならなかった。
しかし、目隠しさんには、策があった。先程まで見させられていた夢の中で、再会を果たした師匠の姿を思い出す。師匠がよく使っていたあの技なら………、と、奇しくも釈迦如来の術が、突破口を開いたのであった。
「無駄だ!我には強力な結界が張られている!お前の斬撃など届かぬ!」
こちらを目掛けて走ってくる目隠しさんに、釈迦如来も手を翳して光のビームを放とうとしている。降り注ぐその光を、目隠しさんは鮮やかに避けると、あっという間に釈迦如来の懐に飛び込んだ。その胸元には、人形と共に付けた傷が目立つ。
「冥炎斬…………!!」
鎌に黒い炎が宿る。そして目隠しさんは、その鎌を大きく振り下ろした。
「やった………!?」
私が期待を込めて、目隠しさんが斬った部分を見つめる。しかしそこには傷ひとつ付いていなかった。やはりあの釈迦如来の体は簡単には斬れないのか。気を落とす私の耳に入ってきたのは、強烈な断末魔。斬れていない筈なのに、釈迦如来が苦しみ出したのだ。
「な、なに………?斬れてないのに何で………」
よく見ると、釈迦如来像の中に1つ、小さな魂が浮かんでいる。その魂は、目隠しさんの鎌に帯びていた黒い炎を受けて燃え上がっていた。目隠しさんの先程の斬撃は、像の硬い体を通り越して、その中にある魂を斬ったのだ。魂はしばらく炎に包まれて苦しそうに叫び声を上げていたが、やがて徐々にその炎は収まっていき、1人の女性へと姿を変えた。その女性こそ、和尚の亡き妻であった。
『あなたが………私の魂を救ってくれたのですね………。ありがとうございます………』
「貴女は…………?」
『和尚の妻です………。貴女にも、大変ご迷惑をお掛けしました………』
私が歩み寄ると、その女性は深々と頭を下げて謝ってきた。とてもあの釈迦如来の正体とは思えない程だ。女性は目に涙を浮かべながら、ぽつぽつとその心の内を紡いでいく。
『…………夫を、陰から見守るだけで良かった………。けど夫はそんな私にたくさんの人の魂を食わせ………自我を保てなくなり…………。たくさんの人を傷付け、殺してしまった。きっと私は地獄へ行くのでしょう………』
「そんな…………」
『これ以上罪なき人たちを傷付ける前に、止めてくれて良かった………。主人にも、地獄で会ったら叱っておきます………。本当にごめんなさい…………』
女性は何度も懺悔しながら、やがて光となって消えていった。そのやんわりと温かい光を抱きしめて、目を閉じる。亡くなった彼女と、釈迦如来像によって命を落とした人たち、魂たちに追悼の意味も込めて。私はただ静かに、祈りを捧げたのである。
「はあ………、幸せな夢でした………。俺とハニーが結婚をして、子供も生まれて、犬も飼って、幸せで平凡な家庭を築く…………、そんな未来を描いた夢でした………」
「じゃあ起こさない方が良かったかな」
ジトっとした目で睨んでも、吉光の光悦とした表情が消えることはなかった。無事に戦いが終わった後、私と目隠しさんは順番にみんなを起こしていった。釈迦如来が消えたからか、少し声をかければみんな普通に目を覚ましてくれて、見ていた幸せな夢の余韻に浸っていた。
「私は目隠しさんと…………きゃーっ!」
「………………」
「はいはい。全部夢だからね」
真っ赤な顔を両手で覆う和水。あまり詳しくは聞かないでおこう。
それよりも、だ。
「…………………」
ちらり、と目隠しさんの横顔を見つめる。目隠しさんは何か物思いに耽るように、夜空を見上げたまま動かない。彼もまた、私が起こすまで釈迦如来の夢に囚われていた1人だ。
(実は…………目隠しさんの夢、見ちゃったんだよね…………)
彼を起こそうと生命力を注ぎ込んだ時、私の頭の中にも知らない映像が流れ込んできて…………。彼岸花畑の中で見つめ合う、男女を目撃していた。片方は、勿論目隠しさん。そしてその前に立つのは、知らない女性。でも、目隠しさんと似た仮面を付けた、美しそうな女性だった。目隠しさんは彼女のことを師匠と呼んでいたけれど、その声音、表情、様子から、それ以上の気持ちを感じた。
(抱きしめてたし……………)
あの目隠しさんが、情熱的に謎の女性を抱きしめていた。
『俺の全てを賭けて、貴女を守ります』
歯が浮くような台詞をサラリと言って、挙げ句の果てには…………。そこまで思い出して、私は首を振る。もしかしてあの女性は、目隠しさんの生前の恋人、とか………?
(私、何も知らない。目隠しさんの事)
改めて実感する。目隠しさんの事を、何も知らないという事実。夢にまで見るということは、少なからずあの女性は目隠しさんの中で大切な人であり、そして彼が今亡霊となっていることにも深く関係しているような気がした。あの目隠しさんがあそこまで感情的になるくらいだし。
「目隠し。お主、恋白の呪いに関して、何か知っている事はないのか」
突然、人形ちゃんがトコトコとその小さな体で目隠しさんの元まで歩み寄ると、彼の肩によじ登りながら問い掛けた。私には、気絶していた間何が起こっていたのか分からないので、突然話題に出されて頭に疑問符が浮かぶ。一体何があったのだろうか。
「恋白の呪いが、突然阿吽像や烏天狗像をボコボコにしたのですわ!」
「え?」
「覚えていないのですか?」
集まってきた和水と吉光。覚えていないのかという問いに対して肯定するように頷くと、私が気絶していた間の出来事を教えてくれた。突然、私が阿吽像と烏天狗像を粉々に破壊したのだと。その時の私にはかの呪いのオーラのようなものを纏っていて、まるで見た目も雰囲気も別人のようだったことも。
「異形の呪いの力だとは思うが…………。そんな恋白を見て、コイツは"師匠"とぼやいておったんじゃ」
人形ちゃんがそう言うと、目隠しさんはバツが悪そうに顔を背ける。師匠って………、まさに私が目隠しさんの夢の中で見た、あの女性のことじゃ………。
「目隠しさん、どういうことなの?」
私が詰め寄る。言って、と圧をかけるように無言で見上げると、目隠しさんも流石に逃れられないと思ったのか。その重たい口を開く。
「異形の呪いのことは…………俺も本当に分からない………。何故あの時の恋白が師匠に見えたのか………」
「異形の霊のこと、前は俺の母に、面識は無いと言っていましたが、それも確かですよね?」
「ああ…………」
「異形の霊が、目隠しさんのお師匠さんだったら、色々と筋が通る気がするのですが………。例えば、母さんが言ってましたけど、恋白の呪いが何故か目隠しさんにだけ特別な反応を示してる、とか………」
吉光が過去の記憶を遡るように呟くが、目隠しさんが異形の霊を知らないと言っている以上、それ以上の答えは出なかった。あの霊が師匠だったら俺も気付く筈だ、と目隠しさんも言っており、変に隠したり嘘をついている様子も無い。異形の霊の謎は深まるばかりだ。しかし…………。
「多分、無関係じゃない」
「……………」
「異形の霊は、きっと目隠しさんの師匠さんと何らかの関係がある…………」
そう呟きながら、再び思い返すのは、あの女性。彼岸花畑の中で凛と立つ、あの謎の人………。
(目隠しさんの、好きな人…………)
騒つく胸を抑えながら、私は足元で尻尾を振る、元のサイズに戻ったパピヨンちゃんをぎゅっと抱き上げたのだ。




