膵臓の悪だくみ ①
ヨハン達の目に、膵臓の悪だくみという看板が入るころには、その建物の中から漏れ出る弛緩した笑い声が耳に入ってきていた。
まだ日は高いが、それでもすでに酔っ払っている者が中に大勢いるのだろうという事が推し量れる。
古いながらもしっかりとした木造づくりの店だが、所々不自然な補修跡が見受けられる。凹んだ壁を埋めて塗装で胡麻化しているような場所や、穴の開いた壁を木の板で塞いだような場所。
それらはきっと、経年劣化でそうなった訳では決してなく、何らかの暴力の痕跡なのだろう。
戦闘訓練を受けているヨハン達にとって、暴力そのものが怖いという訳ではなかったが、それでも、何が起こるかわからないという状況は一定の緊張感を生んでいた。
ヨハンを先頭に、酒場の扉を開いて中に入る。
すると、「ワハハ」と愉快そうな笑い声がそこかしこで起こっていたのが、まるで嘘だったかのようにピタっと止まり、視線がヨハン達に集中する。
まるで時が止まったかのような時間の中、ジロジロと値踏みするような視線はヨハン達を無遠慮に突き刺していく。
だがしかし、ここで怯むヨハンではなかった。
いや、というよりも、放っておけば剣の柄に手を伸ばしかねないシモンを制するように歩き出し、店主と思しき人物の元へなんともない様子で歩く。
勿論、ヨハンだって内心は注目を浴びて驚いているし、何が起こるかわからないという心地で緊張している。
しかし、それを外に出してしまったら、それこそ本当に何かが起きてしまうかもしれない。
だから、先日模擬戦で見たチェルシーの無表情を手本に、少し温和な笑みに見えるような何気ない表情を顔に張り付けていた。
その様子が良かったのか悪かったのか。
酒場は何事もなかったかのように再び酔っ払いたちの賑わいを取り戻したのである。
胸中でふう、と息を吐くヨハンに、声をかけるものがあった。
「何名だい?」
そう声を掛けてきたのは、恐らく店主だろう。
カウンターの奥から少し張った声を出したその初老の男は、ボロボロの服を着ていて、痩せぎすな体つきだったが、目だけはギラギラと光っている。
「6人です。空いてますか?」
「そっちのテーブル使いな。注文は」
「えーっと」
見やると、カウンターの上には品物と金額が書かれた板が置いてあり、注文を先にしてから席に着くシステムのようだ。
「じゃあ、とりあえずこの清涼水を人数分と、ベズィーは焼き鳥がいいんだっけ?」
「あ、うん、ヨハンくんにおまかせしてもいいかな」
そういえば焼き鳥の話をしていたなと思い出したヨハンが、ベズィーに確認をとり、「わかった」とヨハンは頷いて、店主に向き直る。
「じゃあ焼き鳥の盛り合わせを一つお願いします」
「おう。出来上がったらこのカウンターに置いておくから、自分で取りに来い、わかったか」
「はい、ありがとうございます」
一見だという事はわかっているので、店のシステムの説明をしたのだろう。
ヨハンは頭を下げて応えると、先程店主が指し示していたテーブルに向かう。
テーブルに到着すると、ヨハンは椅子を2脚引き、ベズィーとトーアーサに向かって「どうぞ」と声を掛けて、二人が着席するのを見届けてからカウンターに飲み物を取りに行って、最後に席に着いた。
ヨハンが席に着いたのを待って、シモンが口を開く。
「なんか、凄いね。正に荒くれ者って人がいっぱい」
思わずひそひそといった話しぶりになるシモンに、同じくひそひそとした様子でベズィーが加わる。
「でもさ、歌、やってないね」
ここで、一同はそもそもの目的を思い出す。
トーアーサが視線を彷徨わせてみるのだが。
「傭兵っぽい人ばかり。歌は夜だけの可能性がある」
「ええー、流石に夜は抜け出せないよ」
トーアーサの推察にちびりとコップに口を付けたシモンが不平を漏らす。
女性陣はそうやって話しているが、男性陣は、特にコギルとポルルは油断なく視線を這わせて警戒している。
ヨハンはというと、警戒もしているが、どちらかというと詩人を探しているのである。
そこへ。
「やあやあ、坊っちゃん方にお嬢様方、何かお探しですかな?」
声を掛けてきたのは、華美な服を着続けてボロボロになったような、そんな服を着た、背の低い小太りな男だった。
その顔はニコニコというよりニヤニヤというような、そんな笑顔を張り付けている。
ヨハンは、ニコニコとした笑顔を作ってその言葉に応える事にした。
「そうですね、僕たちは吟遊詩人に興味があったのですが」
「ははあ! なあるほど! しかし残念ですな、今は吟遊詩人はおりませんで! まあワタクシも詩人の仲間ではあるんですがねえ!」
「へえ、そうなんだ」
相槌を打ったのはシモンだ。その相槌に、我が意を得たりと言った体で、男は息を吸い込んだ。
「左様にございますぞ美しいお嬢様! ワタクシは活弁詩人というチンケな商売をさせていただいております。あ、名前はビョークと申します、良しなに、でございます、はい」
ビョークと名乗った男は、仰々しい礼をするのだった。




