道中
「ねえねえ! あっちに焼き鳥あるよ!」
「まて! 今から酒場に行くんだぞ、食うなら着いてからだろ」
騒がしく言い合っているのは、焼き鳥が食べたいと主張するベズィーと、着いてからにしろと主張するコギルだった。
「えー、別腹でいけるよ多分」
「お前の腹どうなってんだよ」
「ここで食べる焼き鳥はこの辺りで、酒場で食べる焼き鳥はこのあたりかな」
「しかも同じもん食うのかよ……」
何やら腹部の右半分と左半分を交互に指さすベズィーに、呆れたようなコギル。
コギルが仕切っているのは、理由があった。
彼は、一度歩いた場所全てを記憶しているのである。いや、正しくは、彼の師、ペトロの教えによって、一度通った場所を正確に脳内の地図に記憶する事ができるのである。
狩人であるベズィーも道を覚えるのは得意だが、コギルの精度はそれを遥かに上回る。
どういう訓練を行えばそういった技能がつくのかはわからないが、その訓練の初歩は、土に半分埋まった岩の、埋まって見えない部分を正確に想像する事から始まるのだそうだ。
これを聞いても、ヨハンには何のどういう部分が鍛えられるのかさっぱりわからなかったものだが。
ともあれ、そういう事情があってヨハン達がどこかに向かうという場合の道案内は、基本的にコギルが担当だ。
というか、今やコギルは何でもできる存在としてヨハン達には認知されており、困った時にはコギルに相談する流れすらできている。
コギルの有用性はそれだけではない。
「よお! 誰かと思ったらコギルじゃねえか!」
「カリオのおっちゃんじゃないっすか。今日はどうしたんすか?」
話しかけてきたのは、筋骨隆々で禿頭の男だった。
カリオと呼ばれたその男は、ヨハン達を一瞥し、コギルと話を続ける。
「おう、これからお偉い騎士様のお供さ」
「へえ、さすが戦闘技能資格持ちは違うっすね」
「おめえも絶対強えだろ、というか、俺より強かったりしてな」
「そうだよ! コギルは強いんだよ!」
ニコニコと笑いながら会話をしている二人の間に、シモンが笑顔で参加した。
コギルは恥ずかしいのか、「やめろバカ!」と喚いているが、そんなやり取りが微笑ましいのか、カリオは笑顔を更にくしゃくしゃにした。
「あっはっは! 威勢のいいお嬢ちゃんだな。おう、なんだ、コギルの彼女か?」
「いや!! やめてくださいよおっちゃん!!」
全力で否定するコギル。シモンはというと。
「うーん。コギルは確かに努力家で真面目っていうのはポイント高いと思うんだけど、ごめんね、私コギルに興味ないかも!」
「まて! こっちもそういう気持ちないのに振られたみたいになってねえか!?」
「大丈夫! 相別相無だから!」
「いや! 無理やり相思相愛の反対語みたいな言葉作るんじゃねえよ! はっきり興味ないって言われると傷つくんだよ!」
「え? 私の事好きだったって事? ごめんね! 本当に無理」
「いやだから! 意識した事もないけど! 俺に魅力がないって事だから傷つくだろ! お前頭良いんだからわかって言ってるだろ!」
「ああ! なるほど! 勉強になったよありがとう! 確かにコギルに魅力ないもんね!」
「やめろおおおおお!!」
「仲いいなお前ら……」
崩れ落ちるコギルと、笑顔のシモン。二人のやりとりに、流石に笑顔が歪むカリオだが、コギルは強かった。
肺から生気まで吐き出す勢いのため息の後、「こちら、冒険者協会で知り合ったカリオさん」と、紹介を始める。
「よろしくな、俺は主にこの先にある膵臓の悪だくみって店で協会の仕事を請け負ってんだ!」
カリオが親指で示しながらそう言うと、コギルは礼儀正しくヨハン達の事を「旅の仲間」として紹介した。
その上で、コギルはヨハン達に説明する。
「これから行こうと思ってるのは、今おっちゃんが教えてくれた膵臓の悪だくみって酒場なんだ」
「うん? じゃあコギルは入った事あるの?」
コギルの説明に、ヨハンは質問した。
それに対して、コギルは頭を振る。
「いや、流石に酒場は入ったことない。カリオさんとは冒険者協会の待合所で知り合って、一緒に仕事させてもらった事があるんだ」
「「「へー」」」
ヨハン一同の感嘆の声を聞いたあと、カリオは歩き出しながら口を開いた。
「酒場には柄の悪い連中もいるが、コギルなら大丈夫だろ。でも、気を付けてな。じゃあな、小僧共!」
「はい! また仕事教えてください!」
言いながら去って行くカリオに、コギルは声を掛けた。
シモン達も「またねー」など思い思いの別れの言葉を口にする。
ヨハンは、コギルに信頼の目を向けて口を開いた。
「いい人だね」
「まあな」
何故か恥ずかしそうな顔で目を逸らしたコギルだが、一同が彼に信頼を置く理由がこういう所でもある。
彼は、積極的で社交的なのだ。
そもそもヨハン達は監視対象であるため、冒険者協会の仕事などは受けない方向で話をしていたのだが、コギルは監視役であるネモフィラたちに掛け合って、コギルだけ協会の仕事を受ける事を許可してもらっていた。
世間知らずな村出身の身である彼が、誰の後ろ盾もない場所に飛び込んで、仕事をこなして交友関係まで築いている。
閉鎖的な村社会で生きてきたヨハン達の常識で言えば、かなり凄い事である。
それでも彼は、「俺にはこんな事くらいしかできないから」と自信のない態度だから、仲間であるヨハン達からすると逆に困ってしまうくらいなのだ。
彼は度々、自分は元々引っ込み思案で一歩を踏み出せないし、他人との付き合いも苦手だと言うのだが、ヨハン達の目から見ると、出来る事を迷いなく率先して何でもやるし、他人との関わりもなんなくこなしているイメージである。
確かに、戦闘能力だけを見てみると、ヨハン達の中でコギルは決して強くはなかった。
共に一年修行した仲なので、実力は十分に知っている。
ヨハンとシモンを除いたメンバーで飛びぬけているのはベズィーだろう。元々身体的にもセンス的にも才能が飛びぬけていた彼女は、ペトロの戦闘理論を取り入れて益々磨きがかかっている。
次点でポルルだ。彼の精霊魔法というのは人間にとってみると反則に近い。
人間と異なる方法で魔法を行使する彼は、いくら魔法を使っても、疲れを見せずに戦いを続ける事が出来るのである。
その次にはトーアーサだろう。
彼女は体内の魔力量がメンバーの中で一番低いのだが、それを補ってあまりある身体操作と戦闘センスを持っている。
心なしか、ペトロも戦闘の指導において、一番力を入れているのがトーアーサだとヨハンは感じていた。
そしてコギルは、含有する魔力量はトーアーサよりも多いのだが、戦闘のセンスはというと、決して良いとは言えなかった。
魔力量が高いというのは一種才能なのだが、例えば木を切り倒す技能であれば世界屈指の能力があるのかもしれない。
例えば何かを運搬するという事であれば、魔力量が多い彼はより重い物を遠くまで運べる事だろう。
けれど、戦闘という事であれば、力はあるがそれだけ、と言わざるを得なかった。
コギル自身もその事はわかっており、時折自虐的に「俺はこの中では最弱だからな」と笑ってみせるのだが、メンバーの心にはモヤが残る事になる。
どうすれば、誰もがコギルの事を頼りにしていて、このメンバーの中でも重要な人物なのだと思っている事に気付いてくれるのだろうか。
それが、コギルを除く全員の考えである。
だから、コギルが自虐的な発言をするたびに、コギル自身も悲しいかもしれないが、全員が悲しいのだ。
シモンなどは直接言葉で「コギルの持ち味は戦闘じゃないよ」と言って彼の自虐を否定するのだが、今の所響いていない。
だからヨハンは、別のアプローチで彼に自信をもって貰おうと思っていた。
コギルに信頼を寄せていると、態度で示すのだ。
言葉にしなければ伝わらない事は世の中に沢山ある。けれど、言葉では伝わらない事もまた、世の中には沢山ある。
だから、シモンが言葉で伝えるならば、言葉ではない伝え方をしようと考えたのだ。
今のところ、まだ効果が出ているとは言えないけれど、いつか実を結ぶことをヨハンは本当に願っているのである。
「ねえねえ、もう近いの?」
ベズィーの質問が飛び、「ああ、すぐそこだ、行こう」とコギルが応えて、一同は歩みを再開した。




