膵臓の悪だくみ ②
その礼は、どこか相手を敬うのではなくて、礼という文化そのものを小馬鹿にしたような印象を受けるものだった。
ビョークのような人間を、人を食ったような性格と称すのだろう。
今までヨハン達の周りには居なかったタイプの人間であり、だからこそ嫌悪感や忌避を覚えるよりも、好奇心が勝った。
そんなビョークが、張り付けた様な笑顔を深くする。
「お坊ちゃんやお嬢様方はお召し物がとても良い様に見えます。とくに輝く様な金色の髪と、透き通るような青い瞳のお二方は素晴らしいマントをお召しになっておられる。しかし、どこにも紋章が見受けられないという事は……」
そう言って、口元に手を当て、ひそひそとした声になり、目じりが嫌らしく下がる。
「お忍びという奴ですかな?」
「ああ、いや、そういう訳ではないんですよ」
ヨハンが代表し、手で制して否定するが、ビョークは「皆まで言わなくても! ああ! 大丈夫ですとも!」と大げさに言って聞く耳を持つ様子はなかった。
困った笑いをするしかないヨハン達だが、それよりも、活弁詩人という職業が気になっていた。
その心の動きを察知したビョークは、にこやかに提案する。
「それはそうと、どうですかな。ここらでワタクシの詩を一つ披露させていただく、というのは」
「そうですね、是非お願いしたいのですが、お代はどう支払えばいいのでしょうか」
ビョークの提案は魅力的だが、対価の支払いを確認しておかなければならない。
ヨハンはなるべく冷静に質問をした。これは、町での金銭的なやりとりでは、こちらがとても欲しているという態度だと吹っ掛けられるとゾモスに聞いたからなのだが、その効果があったのかどうなのか、ビョークはお辞儀をしながら応えてくれた。
「なるほどなるほど、こういった場での経験が少ないという事でしょうなあ。いやあ、失念しておりました。ワタクシ宛にという事でこのお店の美味しい料理と酒をご注文ください。それが対価となります。勿論、チップとしてワタクシに金銭を直接手渡していただくのも嬉しいですが、それは対価として受け取ると道理に反しますので、ご承知おきを」
「どういうこと?」
ベズィーが顎に手を当てて疑問符を浮かべている。
チップという補足が余計に話をややこしくしている嫌いのあるビョークの質問だが、ヨハンには言っている事がなんとなく理解できた。
「つまり、ビョークさんはお店に雇われている、もしくは購買促進の依頼を受けているという事で、ビョークさん宛ての注文が入ると、その売り上げの何割かを報酬として貰うという仕組みですかね。そして、通常の業務の報酬以外に、個人的に金銭を受け取る事は禁止されていない、という事でしょうか」
そのヨハンの言葉に、ベズィーは相変わらず疑問符を浮かべている様だが、ビョークは我が意を得たりという面持ちになった。
「その通りでございます! 我々酒場で稼がせていただいている詩人は、店主のご厚意で置いてもらっているのです。だからこそ我々は酒場の売り上げに貢献し、美味しい食事と酒にありつけ、少々の路銀を店主よりいただく仕組みなのです。ここのお客さんから直接報酬を貰う仕組みですと、酒場の売り上げを奪う行為にも繋がりかねませんからな」
なるほど、とヨハンは胸中で納得する。ベズィーは分かっていない感じがするが、他のメンバーは理解している様子だ。
確かに、飲食に赴くにあたって予算は存在する。その予算を奪う形で報酬を得る仕組みにしてしまうと、店側は不快に思うだろう。
逆に販売を促進してその売り上げの何割かを貰うという仕組みであれば、どちらにとっても気分がいいものになるのかもしれない。
といって、当初からの予算が決まっている場合、それでも店側にしてみれば詩人に報酬を支払うというデメリットも存在するが、詩人のおかげで予算を超えた支払いをする事だってあるだろう。
結局店側の迷惑にならない様にという配慮を詩人側は怠る事ができない、だからこそ、こうして大きな声で店に配慮しているという事をアピールしているのかもしれなかった。
そして、ビョークは木の板をヨハン達に見えるように提示する。
この中から選んで注文をしてほしいという事だろうと思われた。
「えーっと」
といって、相場がわからない。一品だけ頼めばいいのか、それとも飲み物の方がいいのか。
見やると、酒の金額に大きな隔たりがあるように見える。
エール、ミードという酒は比較的安価だが、ワインの項目にある酒はどれも高額だった。
そのワインの項目の最安値は、葡萄酒という名前である。最安値でも、安い定食一食くらいは食べれる値段なのだが。
それよりも高い酒となると葡萄酒の10倍くらいの金額となるヴォーヌ・ロマネや、それが更に10倍ほどの金額であるシルバー・ロマネ。さらに10倍の金額のゴールド・ロマネと並んでいる。
一体どれほどの富豪がこの酒を頼むのだろう、と眉根を寄せたくなる料金設定だった。
むしろ、この場で談笑している荒くれ者達がこういった酒を飲んでいるとは考えにくい。
そんな事を考えて眉根を寄せるヨハンに、コギルが目配せをしてきたので、ヨハンも頷いて返事とし、任せる事にした。
コギルはビョークの提示するメニューを見ながら口を開く。
「この時間だし、ビョークさんも腹減ってるだろ。猪串2本と、葡萄酒で。もしビョークさんが素晴らしい弁を披露してくれるなら、もう少し高いお酒も考えるよ」
選んだのは、最安値の食事と、ワインの中で最安値の酒。ミードやエールは客側が頼むもので、ワインこそが詩人に報酬として注文するものだと推察したのだろう。無難な選択である。
この選択に、ビョークも納得の様子だ。
「店主さん店主さん! ワタクシ宛でご注文いただきました! 猪串2本と、葡萄酒を可及的速やかにお願いします!」
店主に向かって大きな声で発注するビョーク。片手を上げて応える店主。
同時に、最初に頼んだ串の盛り合わせが完成したのか、カウンターに料理が置かれた様だ。
「ワタクシが取ってまいりますので、少々お待ちを」
ビョークは嬉々とした声でそう言ってカウンターに向かっていった。
そして、同時に葡萄酒も受け取ってヨハン達の席に配膳をする。
ちびりと葡萄酒のグラスを舐めるようにして舌を湿らせたビョークは、上機嫌に両手を開いて声をあげる。
「さあ! さあさあ! どうしましょうか! このビョーク、元々は伝記の名人に弟子入りしたのですが、その後見聞も学びまして、古き歴史の一幕から、最新のお話に至るまでを網羅しておりますぞ!」
調子よく話を進めるビョークに、シモンは目を輝かせた。
「創作は? 創作に興味あるんだよね」
しかし、それはビョークの顔を引きつらせることになった。
「ぐぬぬぅ……創作は、ワタクシが唯一苦手とする分野でして……しかし!! 例えば! そう例えば人気のお話ですと勇者様のお話などが得意ですぞ!」
引きつったビョークの顔に、一瞬失望の顔をしたシモンだが、すぐさまその輝きは戻ってきた。
声すら輝いているかの様な、そんな希望の籠ったシモンの声がビョークに向かう。
「じゃあ、ペトロ・マーダーのお話聞きたい!」




