090 持ち上がった問題点
第三倉庫は地下にあった。
といっても、それほど深くはない。半地下といった程度だろうか。
タグ付けされた荷物が次々とベルトコンベアに載せられて、トンネルの中に消えていく。
「このベルトコンベアの先が特区になります。実はわざと、高低差やカーブなどをつけています」
「なぜそんな無駄なことを……あっ、待って! 実際に運ぶときの実験ですか?」
「その通りです。特区にあります流通網よりも急なカーブや坂を設置し、監視しています。安定しないものはあとで、専用のカゴに入れます」
「安定しないというのは、丸いものとかですか?」
「そうですね。他にも重心が高い位置にあるのもそうです。ベルトコンベアはそれなりの速度で移動しますので、重心が高いとカーブのときに外へ転がることがあるのです」
「荷物を運ぶだけでも大変ですね」
「トライアンドエラーの繰り返しで、最近ではほぼミスなく配送できるようになっています」
この流通網があるだけで、どれだけ多くの省力化がなされているのか。
あらためて母の仕事の偉大さが理解できた気がする。
「見学は以上となります。このあとは社員に向けて、お話をしていただければと思います」
さっきの表彰と同じ流れだ。
おそらくそういうのがフォーマットとしてあるのだろう。
俺も事前に「お話をお願いします」と言われているし。
「その前に少し聞きたいことがあるのですが」
「はい、なんでしょうか」
「母に聞いたところ、最近なにやら問題を抱えているとか。もし問題なければ、聞かせてほしいのですけど」
俺がそう言うと、ここに集まった人たち……おそらく、会社の中でも偉い人たちばかりなのだろう。彼女らが、「ああ、アレか」という顔をした。
「思い当たることがあるようですが……」
「そうですね。少々、会社が揺れております」
「話を伺っても?」
「……はい。ですが、これは特区批判ではないとだけ、覚えておいてほしいと思います」
「わかりました」
なんだか、重い話のようだが。
「特区に建物がある……つまり住所を持つ企業は、特区条例によって、多くの税金を支払う義務を負っています。また、さまざまな制約を受けています」
「知っています。それでも特区に会社を持ちたいと思う企業は、あとを絶たないとか」
「特区に住所があるゆえに、特区条例の制約を受けるのですが、当社はその範疇にはありません」
それは分かる。そもそもここは特区外だし、俺は今日、そういう企業を奉活先に選んだのだ。
「あっ、そういえば、このベルトコンベアの先って」
「はい。特区の中にあります。そのため、中央府より『所在が特区にある部分』について、物言いがついたのです」
要約するとこうだ。
仕事の大部分は特区の外で行っている。特区内での仕事は全体の1割もない。
もしここが特区の会社となったら、納める税金が格段にあがる。
事業規模が大きいため、存続できないほどの税金を支払うことになるという。
では、特区にある部分だけを分社化して、独立採算制の子会社にすればどうか。
その場合、かかる総コストが増え、特区内にある会社が立ち行かなくなってしまう。
この会社全体で、1割も満たない規模の会社を独立採算制にしても、特区の税金を支払うことは不可能なのだ。
これまでなんとか特区の行政と妥協点を探ってきたが、どれもうまくいかない。
中央府中央局の考えでは、「特区にある部分は特区内と考える」と言って、譲らないのだとか。
「このままだとどうなるんですか?」
「会社が破綻するか、サービスが低下することになるでしょう」
流通網の効率化を進めるというのは、省力化によって少ない人手で満足できるサービスを提供することである。
「サービスの低下ですか。たとえば?」
「配送が遅れたりしますね。もしくは、一部は扱わず、別ルートでの搬入になるかもしれません」
人員をさらに減らし、扱う荷物の数を制限することで、かかる固定費の圧縮を行うという。
一年を通せば、荷物の多い時期、少ない時期があり、配送がパンクしないためには、それに対応できる人材を確保しておく必要がある。
だが、従業員の数を減らし、荷物の多いときは一定個数以上の荷物を扱わないようにすればいい。
「だけど、そうすると……だから、サービス低下ですか。なんとかならないんですか?」
「一応解決策はあります」
「あるんですか? それはどんな?」
「特区に送る荷物や特区から送る場合の配送料を値上げすることです。試算では、サービスの質を下げて二割の値上げなら、なんとか分社化してもやっていけるようになると出ています」
「サービスの質を下げないならば?」
「配送料を四割は値上げする必要が出るでしょう」
「二割に四割ですか……」
それは厳しい。
別段、配送料が二割上がっても、大勢には影響ないだろう。文句を言う人が出るだろうが、話せば分かってくれる。
ただし、サービスの質が低下するのは駄目だ。これは利用者すべてに不満が溜まる。
かといって四割の値上げを許容できるかといえば、かなり厳しい。
もともと特区の住人は、かなり高い税金を支払っているのだ。
そうせざるを得ないならば、致し方ない面もあるが、不満は出る。確実に出る。
母が言っていた問題とは、このことだったのか。
「でもなぜ、いまになって……?」
特区の中に「会社の一部」が入っていることは前から知っていたはずだろうに。
「わかりません。ですが、半公共の施設には、同じような通達が行っていると聞いています」
「半公共ですか? ゴミとか? いやあれは、特区内に施設はないのか」
「電気、水道、ガスなどですね。営業所などは前から特区内の施設として扱われていますが、変電施設、水道施設集積所や、ガスの検知警報施設など、通常は無人のところにも同じ話がいっているようです」
この世界でも電気の自由化がなされているし、ガスも水道も半民営化されている。
それらが狙い撃ちされたようだ。
たしかに無人でも、そこに建物があれば住所が存在する。
それが特区にあるのだからといって、会社全体が特区にあるとは言えないはずだ。
いや、逆もあるのか。
特区の名を使って商売していて、一部を特区外においておいて、そっちを本社として税金逃れをしている?
今回の措置は、そのような法の抜け穴を潰すものなのか?
だが、それにしたって、半民間の施設にまで効力を及ぼすのはいかがなものなのだろうか。
「それは大変ですね」
「特区に住む人々の不満はそうとう高まるのではないかと考えています」
特区の理念はこうだ。
男性が安心して住める町を実現すること。
なぜかそれが脅かされている気がした。




