081 清麗女子高校
車で特区外を移動中だ。だが、窓の外を見る余裕はない。
女子校へ行くのが楽しみすぎて、『心の』余裕がまったくないのだ。
男性がなぜ女子校に憧れるか。
それには、ちゃんとした理由があると思う。
高校なんて、ただの建物。箱だ。多少の差異はあろうとも、基本構造に違いはない。
だがそこにうら若き女性が詰め込まれているとしたらどうだろうか。
女子の制服、たとえばセーラー服を考えてほしい。
セーラー服に性的興奮をおぼえるフェチは存在するし、中古の制服が新品以上の価格で取り引きされたりする。
「ただの服になぜ?」と思うかもしれない。
実はこれ、男性の代償行為なのである。
女子高生そのものと触れあいたいという欲望。
だが、実際にすると手が後ろに回ってしまう。
すぐ隣を歩いていたとしても、近づくことすら不可能なのだ。
女子高生は、まさにアンタッチャブル。
ゆえに世の男性は、その女性が身につけているものに興味を示す。
彼らは女子高生という存在に手が届かないからこそ、それをガードしている制服に興味を示し、同一視しているに過ぎない。
達成困難なミッションであればあるほど、その代償行為は崇高なものとなる。
その倒錯的な思い……いや、想いが女性そのものより、代償行為の方を神聖視することもある。
なぜならもはや、本人にも何が主で何が従か、分からなくなっているのだから。
そして話は戻る。
俺はあまりに女性に近づけなかったがゆえに、女子校はもはや、楽園と同義だと考えている。
つまり俺はいまから、楽園に足を踏み入れる。アダムとイブが追放された以来の快挙であろう。
「……宗谷様。到着しました」
車はいつのまにか学校の正面玄関前に横付けされていた。
「ああ、ありがとう」
四十分と聞かされていたが、正直五分くらいの感覚だ。
時間を忘れるほど妄想していたか、宇宙人に誘拐されて、そのときの記憶を失っているかのどちらかだろう。
そういえば少し、座っている位置が変わっている気がする。
「宗谷さま、それでは参りましょう」
運転していた天城さんがドアを開けてくれた。車はこのままでいいのだろうか。
玄関に入ろうとしたら、玄関扉が内側から開いた。
光の関係で見えなかったが、玄関口に大勢の女性が控えていたようだ。
「これはこれはようこそいらっしゃいました。わたくしは校長の榊原と申します」
「ご丁寧にどうも。伊月高校の宗谷武人です」
「宗谷様、訪問先に我が校を選んでいただき、恐悦にございます。まずは校長室にご案内させていただきます」
「はっ? 女子高生は?」
敬語が吹っ飛んだが、それは仕方ない。俺はここへ、何しに来たと思っているんだ。
「生徒たちでございますか? 彼女らは少々元気が良すぎるものでして、宗谷様がいらしたあとは、校庭でエネルギーを発散させる予定です。その後、講堂で宗谷様のお姿を拝見できれば、彼女たちも喜ぶでしょう」
「……今からは?」
「わたしども教師がお相手いたします」
「……コレジャナイ」
「いまなんと?」
何が悲しくて、校長室なんかに行かなきゃいけないんだ。
泣くぞ。そして暴れるぞ。
ニューヨークに行こうとしたら、風呂場に連れて行かれたようなものだ。
違う、違うんだと、大声で叫びたい。
そもそも最初からして違う。
出迎えるなら、生徒がふさわしい。
若く可愛い声で「ごあんないしま〜す」なんて言われたら、どこでラッキースケベがおきるのか、期待度マックスになってしまう。
靴を脱ぐときか? それとも階段で? もしかすると、出迎えの女子高生はただのフリで、廊下を走ってくる子が本命なんてこともある。
いつぶつかってもいいように、反復横跳びしながら進むぞ。
それがなんで校長が出迎えるの?
生徒を校庭に出している間、俺を校長室へだと? ふざけているのか?
「あの……宗谷様?」
玄関口から動かない俺に、校長や他の教師たちが慌てだした。
「生徒たちを校庭へ?」
「はい。我が校の伝統である騎馬戦をさせて時間を潰そうと……」
「騎馬戦か……よし!」
俺は校庭に向かって走り出した。
後ろから、「うえっ!?」とか「ちょっ!」とか聞こえてくるが、知らない。
校庭にいくと、ラインが引かれていた。
駐車スペースみたいになっているのは、そこへ騎馬を並べるからだろう。
清麗女子高校については、ネットで調べた。
特区で働く人々の下支えをすることによって、心豊かな生活を送るとかなんとかが、学校の理念として書かれていた。
もっと長ったらしい言い回しだったので、もう覚えていないが、ようはこの学校を卒業したら、特区内で働きやすいですよと言いたいらしい。
特区近郊にある学校の中で、進学校を除くと、多くの学校が同じような理念を掲げて、生徒集めをしている。
特区に住むことは難しい。これはだれでも知っている。
だが、外から中へ通勤するのは、特区近郊に住んでいると、さほど難しくない。
特区近郊に住んでいると、交通費や住宅手当などが抑えられるため、雇う側にメリットがある。
また、地方出身者は、地元のしがらみゆえに避けられる傾向がある。
学校としても特区に店やオフィスを持つ企業や団体へコネがある場合が多く、口も利きやすい。
仕事内容は単純労働だが、そういった者がいなければ、特区は回らない。
生徒、学校、企業双方がウィンウィンの関係で回っていたりするのである。
そしてこの清麗女子高校だが、体力的にすぐれた女性を派遣するという、いわば脳筋育成方針ゆえに、警備員や夜間清掃業など、肉体を主とする職種に太いパイプがある。
企業へ質の良い生徒を派遣する目的のため、日々精神と肉体を鍛える。
その一環として、全校生徒に騎馬戦を導入しているのであった。
つまりこの学校の生徒にとって騎馬戦はお家芸。
一年生の頃からずっと続けてきた競技である。
そして校長の目論見は、騎馬戦によって彼女たちの体力を消耗させること。
一時間でも二時間でも、ぶっ通しでやらせるつもりだったのだろう。
「グラウンドの白線はいいとして、これマイクセットだよな」
朝礼台の上にマイクが2本、置かれていた。
隣にある機器は分からないが、これは学校のスピーカーとつなぐもののはず。
すべてのスイッチを入れると「ビーン」と低音が一瞬だけ鳴った。
「やっぱり、学校のスピーカーに繋がっていたか。だったら……」
俺はマイクを持って、大きく息を吸った。
「あー、あー……ただいまマイクのテスト中、聞こえていますか?」
瞬間、校舎が揺れたかと錯覚するほど、ざわめいた。
「校庭からこんにちは。ただいま、マイクのテスト中です」
今度は、どぉおおおっと、戦場で天下分け目の決戦がおきたような声が響いてきた。
校舎へ目をやると、ぎゃああああああああという叫び声。
窓に鈴なりの女子高生たち。
彼女らは、いまにも落ちそうなほど、窓から身を乗り出している。
にっこり笑って、手を振ってみた。
「あっ、落ちた」
二階から女子高生が数人落下してきた。
雨除けの下屋にぶつかり、植え込みに落ちたようで、すぐに起き上がってきた。
頑丈だな。
「よぉおおおし、いまから騎馬戦をするぞぉ! みんな、校庭までおりてこーい!」
マイクで叫ぶと、一瞬の沈黙のあと、あれだけ鈴なりだった人影がきれいサッパリなくなった。
遠くでドドドドと聞こえるのは、彼女たちの足音だろう。
ちょうどそのとき、外履きに履き替えた校長先生たちが、やってきた。




