082 騎馬戦(1)
「い、いまの放送は……」
朝礼台にすがりつくようにして、教師のひとりが俺に問いかけてくる。
「校長室で時間を潰していたら、俺は今日、何のためにここに来たのか分からなくなりますから、彼女たちをここへ呼びました」
「いや……だって」
教師は絶句している。校長は息切れして、さっきから荒い息を吐いている。
校舎をぐるっと回ってきたのが辛かったのだろう。そんなに急がなくてよかったのに。
そもそも生徒を校庭に出して、校長室で静かに先生たちと会話?
そんなの誰得だ。コレジャナイ感が半端ない。
俺は女子高生たちにキャーキャー言われるためにここへ来たのだ。
何が悲しくて、中年女性の相手をしなくてはならない。
――ドドドドドドッ!
女子高生、つまりJKたちが走ってきた。
「男だっー!」とか「本モノだ!」などと叫んでいる。
「こっ、こらっ! こっちに来るんじゃない」
別の教師が注意するが、それで止まるような殊勝なJKはいないようだ。
われ先にと朝礼台に取り付いた。
「うわっ!」
反対に教師は彼女たちの外へと押し出されてしまった。
「おおっ、元気いいなぁ」
朝礼台の周囲には、JKJKJKJKJK……。
ここであの有名なセリフを吐いてみたい。ゴミのようだと。
「こらーっ、どきなさい!」
教師たちが集団の外から怒鳴っているが、キャーキャー騒ぐ彼女たちには聞こえていない。
そう、俺はこれを待っていたのだ。
まるでロックスターか、アイドルのように騒がれるこの様を!
「このままダイブしたいな」
そこまでやると、奉活局の二人が警棒を振り回して介入してくるだろう。
いまでも腰に手をかけているくらいだから。
彼女たちは興奮のるつぼだが、最後の砦……男性に触れないことだけは守っているようだ。
それはもはや、魂に刷り込まれてた人間の本能なのかもしれない。
個人的にはJKにもみくちゃにされたいし、あちこち触られたり、触り返したりしたいのだが、そうすると本当に逮捕者が出る。
その子の未来は悲惨なものになるだろうから、こちらから誘導するわけにもいかない。
残念だが、互いに我慢するしかない。残念だが。
「みんなぁ、はじめましてぇ!」
俺が挨拶すると、あれだけうるさかった彼女たちが静かになった。
一言も聞き逃さない、見逃してなるものかと、俺の一挙一動に注目が集まる。
「今日、この学校へ奉活しにきた宗谷武人と言います。みんな、よろしくね!」
一拍おいてから、どぉおおおおおおおっという、地響きにも似た歓声が沸き上がった。
「本当だったんだ!」という声が多いから、どこかで情報が漏れたのかもしれない。
「さっき、この学校に着いたばかりです。みんなはこのあと、校庭で騎馬戦をすることになっていたみたいです。ここにその準備がしてあるでしょ。校庭の白線と、あそこにある箱。使い方は分かるよね?」
白線の後ろにダンボールが等間隔に置かれている。
朝礼台の上にはマイクだ。これで彼女たちも察することができたようだ。
「ちなみに、みなさんが騎馬戦をやっている間、俺は校長室で先生たちと談話をすることになっていました」
「ええっー!?」という驚きの声が聞こえる。
後ろから「違うんだ!」とか叫んでいるのは、校長先生だろうか。
「でも、それじゃ楽しくないでしょ? だから俺は校庭へ来ちゃいました。だって、みんなの騎馬戦を見たいんだもの!」
「ぐおおおおお!」という戦意高揚の雄叫び。
「みんな、俺に騎馬戦を見せてくれるかな?」
「「「見せるーっ!」」」
「よーし、じゃあ、いつもやっているみたいに、俺にその勇姿を見せてくれ!」
なし崩し的にだが、このまま騎馬戦を始めてしまおう。
説得されて校長室へ連行されるのは、勘弁願いたいのだ。
そこからは早かった。
生徒会役員がやってきて、学年ごとのクラス対抗戦を提案し、1年生から順に騎馬戦を見せてくれることになった。
ルールは、「将」のはちまきをすべて奪った側の勝ち。この「将」というのはクラスに二騎しか存在しない。
「将」以外の騎馬は、はちまきなし。崩れたらそこで終了という、結構ガチな対戦。
各学年四クラスなので、奇数クラスと偶数クラスに分かれて偶奇戦を行い、勝った二クラスで決勝戦を行う方式らしい。
「まずは一年生だね。優勝したクラスには、俺からプレゼントがあるから、頑張ってね!」
そう言っただけで、ギャアアアアアアアと悲鳴が轟いた。
奉活局の二人は頭を抱えている。いろいろ想定外なのだろう。
だが、許して欲しい。
事前に聞いた話によると、奉活は男性の希望に添って行うとあった。
奉活局の人は、奉活の中身について、あれこれ指示できないようになっているらしい。
生徒会のメンバーが朝礼台の周囲を固めている。
これはまあ、仕方ない。人のバリケートはもう慣れた。
すでに騎馬がつくられ、あとは開始の合図を待つばかり。
当然、合図は俺が行う。
「よぉーし、一年の偶奇戦をこれからはじめるぞ、準備はいいな。……それでは、戦闘開始!」
各陣営の四将は動かない。代わりに他の騎馬が、奇声をあげて駆け出した。
戦場のあちこちで騎馬と騎馬がぶつかる。
これは、はちまきを奪ったら勝ちなどというやさしい戦いではない。
騎馬を崩壊させるまで、敵は生きているのだ。
騎馬同士がガツンガツンとぶつかり、まるでフットボールの試合を見ているようだ。
2、4組の騎馬が中央突破をはかった。しばらく混戦したものの、中央突破は成功。
1、3組の騎馬は分断されたが、代わりに2、4組の「将」へと多くの騎馬が突進する。
中央突破に成功した以上、そこから戻ることは難しい。
2、4組は、このまま敵の将を落とすしか、生き残る道はない。
「本物の合戦を見ているようだ……」
生きるか死ぬか……といえば大げさに聞こえるが、彼女たちはそれくらい真剣だ。
力及ばず落馬した者は、大地を拳で何度も叩いている。
これはもう、女の意地と意地のぶつかり合い……なのだが、俺は最大の失敗を犯してしまった。
(――セーラー服でやるものじゃないな)
実は、騎馬を組んだときに分かっていたのだが、雰囲気的にもう、止められなかった。
合戦が始まると、彼女たちのスカートがあっちでひらり、こっちでひらりするという、なんとも「ありがたや」な展開になってしまった。
この場にいる男性は俺ひとりだから、俺だけ目を逸らせばいいのだが、俺はこの合戦を見届ける義務がある。
すべてを目に焼き付ける義務があるのだ。義務だからしょうがない。全米がしょうがないと言っている。
「あっ、黒。こっちはレースか」
なんのことか言うまい。
あと、たまに見える肌色はなに?
スカートがペロリとめくれて、どうみても「履いてない」のがチラホラ見受けられる。
そういう健康法だろうか。
そんな子に限って上をやっているし、盛大に落ちたりする。
何かが多いのだ。思わず、レトルトカレーのCMを思い出してしまった。
そんなことを考えている間に、1、3組の将が全騎落とされ、2、4組の勝利が決まった。
勝利の雄叫びと、敗者のうめき声が校庭にこだました。




