070 誕生日(2)
休憩所に華族が現れた。どうする?
→たたかう
逃げる
目の前にこんなコマンドが現れた……ようなことはなく、相手がこちらにやってきた。
「まさか、こんなところで会えるとはな」
「やっぱり知り合いじゃない。だれなの?」
真琴の視線が痛い。
「いや、知り合ってないというか、すれ違っただけというか」
俺は一般人なのだ。華族との関わりはない。
「ふむ……そこらの女子の応援かの。まあよい、ここで会ったのも縁じゃ。こちらに来い、話をしようぞ」
その尊大な言葉に、真琴の顔がこわばった。「もしかして、華族なの?」と囁くのが聞こえた。
この不遜な物言いなら、だれでも気づくだろう。俺は小さく頷いた。
俺がこの前、会ったときもうそうだ。
何人もの女性に詰め寄られていたが、不用意な一言で相手を怒らせたのだと分かる。
真琴たちはいつでも俺を守れるように足に力を入れている。
だが、相手が華族と分かると、敵対していいものなのか、逡巡している感じだ。
俺の16歳の誕生日に、身も知らない女性のご機嫌を取るのはゴメンだ。
ここは、俺の口からキッパリと断るべきだろう。
「いま友達と話をしているんです。遠慮してください」
「なら、そこらのが承諾すればよいな。おぬしら、この男を連れてゆく。よいな」
「駄目です」
「無理です」
「不可能です」
即答だった。キッパリと拒絶された経験が少ないのだろう。
彼女は若干引いていた。
すでに真琴たちは臨戦態勢になっている。
三対一ならば、華族の彼女に勝ち目はないだろう。
「そこな。格好からすると、本日の舞踊者であろう」
矛先を変えたようだ。
「ええ、あなたは先日の舞踊芸術コンクールに、審査員として来ていた紅家の眞世様ですね」
「あのとき、多くの審査員がおったであろうに、よく知っておるな」
「記憶力には少々自信がありまして」
裕子の場合、少々ではないと思う。
それと彼女の名前も分かった。紅眞世と言うらしい。
エビマヨみたいで、ちょっと美味しそうだと思った。
というか、前回のコンクールの審査員に来ていたということは、あれか?
GWで俺が会ったときが『それ』だったんじゃなかろうか。
「ならば、われがだれか、分かるであろう」
「ええ、全日舞踊協会の理事にも名前が載っていますので、以前から名前だけは存じ上げてました」
さすが裕子、そういったところまで目を通しているのか。
また俺の中で、「さすゆう」度が上がった。
「知っていながら、われを阻むか」
「もちろんです。それが何か?」
裕子は華族相手にも、一歩も引かない。
「…………」
「…………」
互いに無言で睨み合う。もちろん真琴とリエも参戦している。
「……まあよい」
不利を悟ったか、華族の紅さんは、鼻を鳴らして去っていった。
彼女の姿が見えなくなると、裕子は「ふぅ」と息をはいた。
「ありがとう、裕子。助かったよ」
「ううん。それよりあれは紅家の令嬢よ。どこで知り合ったの?」
聞かれるままに俺は、GWでのいきさつを語った。
俺の予想は正しかったようで、その日、この会館で舞踊コンクールが開かれたようだ。
伝統芸能的なものに順位をつけるのはどうなのかと思ったが、普通に行われることらしい。
たしかにピアノやバレエでも、どこどこコンクール優勝なんて肩書きを持つプロがいたりする。
日頃の鍛錬の成果を発表する場として、互いに競い合うのはおかしくない事なのかもしれない。
「でもせっかくの誕生日なのに、ケチがついちゃったわね」
「仕方ないさ。こんなところで会うなんて、思ってもみなかったし」
「華族は芸事の後援者でもあるから、大きな大会とかには人を寄越すの。あの人も最近、そういう年齢になったんでしょうね。先年まではたしか、別の名前が理事にあったはずだし」
世代交代というやつだろうか。
あちこちの行事に顔を出すなんて、華族も大変だ。同情はしないが。
「それで審査員で理事なんだろ? 揉めて大丈夫なのか?」
「今日は発表だけだし、問題ないわ。それに理事だけでも四十人以上いるもの。私は別段プロを目指すわけでもないから、今後関わり合うことはないと思う」
虚勢を張っているわけでもなさそうだ。
そもそも、向こうの『俺様』な性格に問題があるわけだし、もし何かあれば、俺も援護射撃しよう。
「そろそろ準備に戻るわね。でも気合いが入ってきたわ。みながあっと驚く踊りをみせてやろうかしら」
「期待しているよ」
「終わったら、またここで落ち合いましょう」
期待しててねと言い残し、裕子は控え室へ戻っていった。
「まさか華族とは……変なのに目をつけられたわね」
真琴の言葉に俺も同意だ。
だが、言い訳させてほしい。
大勢に襲われていたら、助けざるを得ない。あれは不可抗力だったのだ。
休憩所で時間を潰していると、最初の舞台が始まったのが分かった。
少しして二人目がはじまったのが音で分かった。
「裕子は三番目だったよな、そろそろ行くか」
いま二人目が終わったところだ。
「そうね。観客の入れ替えがはじまったみたいだし、行きましょう」
会場に入ると、やや後方の席が空いていた。
前の席は偉そうな人や、同じ習い事をしている仲間などが陣取っている。
当然、華族の紅さんは前の方にいるだろう。俺たちは後方の広く空いている席に座った。
真琴とリエが俺の左右を挟むようにして、他の女性をガードする。
時間になると幕があがり、裕子の舞台がはじまった。
素人ながら、裕子の踊りは素晴らしいものだった。
前のコンクールで入賞したらしいが、それも頷ける。
つま先から指の先まで気持ちがこもっている。神経を張り巡らせて、緊張を持続させているのがすごい。
「すごいわね」
「うん」
真琴もリエも同じ気持ちらしい。
俺は踊りが終わるまで、裕子から目が離せなかった。
幕がおり、人の入れ替えがはじまった。
俺たちも次の人の邪魔にならないよう、席を立った。
「裕子はどのくらいで出てくるかな」
「化粧を落として、着替えてからよね。それなりにかかるんじゃないかしら。三十分くらい?」
「たぶん、師匠に挨拶をしたりするから、話し込むともっとかかるかもしれないよ」
リエは「僕も大会が終わったら、コーチのところへ行くし」と言っていた。
「そうだな。まあ、ゆっくり待つか」
このあとは四人でデートだが、どんな予定になっているか、俺は知らない。
サプライズがあるかもしれないし、聞かない方がいいだろうと思っている。
ペットボトルのお茶を飲みながら談笑して裕子を待つ。
四十分ほど経った頃、裕子が「おまたせ」とやってきた。
「裕子、すごく良かった。感動したよ」
「ありがとう……そう言われると、ちょっと嬉しいかも」
裕子が照れている。
「それで、もういいのか?」
「うん。片付けは終わったし、あとは任せたから」
「そうか、だったら……」
そこまで言いかけたところで、俺は止まった。
なぜかまた、華族の紅さんが休憩所に入ってきたのだ。
しかも今度は、人を連れている。男が三人、女が二人だ。
「うむ、間に合ったようだの。よきかな、よきかな」
「間に合ったって……何が?」
何を言っているんだ、この人。
「こちらに来るがよい。愛でてやろうぞ」
俺を手招きする。
「はぁ?」
そう言ったのは裕子だ。いつになく好戦的な気がする。
だが俺も同じ気持ち。だれがついていくものか。
「さきの踊りは見事であったな。だが、おぬしには聞いておらんぞ」
睨む裕子とは対照的に、華族の女性の方は、余裕の笑みを浮かべている。
「特区内で男性を無理矢理連れ出そうとするなんて、佐倉を統べる紅家とも思えない横暴ぶりね。通用すると思って?」
「おぬしがいくら頑張ったところで、制止はできんよ」
彼女があごをしゃくると、男が三人、前に出た。
たしかに裕子では、男を力尽くで制止することはできない。
物理的にも、そして社会的にも。
もちろん真琴もリエも同じだ。どうしたらいいのか、戸惑っている。
三人の男は俺の所まできた。そしておもむろに腕を掴み、引っ張る。
ここで「間に合った」の意味をようやく理解できた。
おそらく俺をここから連れ出すのに、男手が必要だと考えたのだろう。
この三人は、彼女の実家から呼び寄せたのかもしれない。
朝、休憩所で出会ってからすでに三時間は経っている。千葉県ならば、ギリギリ間に合う距離だ。
「おぬしも、男三人ではどうしようもあるまい」
勝ち誇った声が聞こえた。
主人公が、ちょーピンチです




