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071 誕生日(3)

 真琴たちは動かない。いや、動けない。

 それはそうだ。特区内で女性が男性に手をあげたら、大変なことになる。


 幼少の頃から身についたそれは、簡単には拭えない。


 そして俺も男性だ。

 いかな華族とはいえ、この場で俺の意志を無視した行動が取れるはずがないと考えていた。


 先ほど彼女がすぐに引いたのも、俺を連れ出す手段がないから、諦めたのだと思っていた。

 だが彼女は頭がいい。男性に手を出せないならば、手を出せる者を呼び寄せればいいのだ。


 俺は胸ぐらと両腕を掴まれている。これでは抵抗できない。

 三人とも、俺より背が高い。肩幅も広く、俺の1.5倍はあるだろうか。


 年齢は二十代半ばから三十歳くらいだと思う。

 黒スーツを着ているのは、いかにも荒事に慣れていますという意思表示だろうか。


「武人くん」

「来るな!」


 俺は裕子を制止した。

 裕子はいま、リスク覚悟で間に入ろうとした。


 さすが裕子。すべて計算して、自分だけ泥を被り、俺を逃がす決意を固めたようだ。

 おそらく男たちを攻撃して、人目を集めようとしている。


 ばかやろう。

 目に涙を溜めてそんな顔をされたら、俺が頑張らなくっちゃいけなくなるだろ。


「……でも」

「いいから、来るな」


 裕子を特区退去にさせるわけにはいかない。


 男たちは俺を引っ張っていく。

 体重差は歴然。なすがままに引っ張られる。


 この華奢な身体で、大人三人相手はキツイ。おそらくは勝てない。

 ここは大人しく……なんて殊勝(しゅしょう)なことを相手は考えているだろう。


 ばかやろう。

 俺の誕生日に、裕子を泣かせやがって。


 こうやって力尽くで連れられると、もとの世界のことを思い出す。

 道場で柔道と空手を習っていたが、そこでは実力があがると、上のクラスへ勝手に入れられる。


「おまえは次回から○曜日の何時のクラスに行け」と言われるわけだ。

 道場の中は縦社会。師範の言うことには「ハイ」と答えるのみ。


 小学生の高学年で俺は、中学生、高校生がいるクラスに入れられた。

 そこには、俺より身体の大きい人しかいない。稽古のたびに、何度も空をとんだ。


 体重差が歴然としているため、どう踏ん張ったところで無駄。

 そこで俺は、どうやって投げられないようになるか、毎日研究していた。


 そして中学校に上がる。

 俺はなぜか、大人のクラスに入れられた。


 そこには、大学で柔道を専攻している学生、柔道部の顧問の先生、屈強な警察官などがいた。

 彼らと一緒に稽古をしたのだ。


 あれはキツかった。正直、後悔している。

 調子に乗って、小学生のときに高校生をぶん投げたことを。


 ばかやろう。

 裕子がそんな顔を見せるから、血反吐をはいた頃を思い出したじゃないか。


 俺は両腕を強く振った。

 それだけで男たちの拘束が解け、両腕がフリーになる。


 あとは胸ぐらを掴んでいる一人だけだ。

 黒スーツのネクタイを引っ張り、相手の首が近づいた瞬間、身体を入れて一本背負いをした。


「――どっせぇ!」


 相手はプロだ。手加減はしない。投げるのではなく、床に叩きつける。

 もちろん、床は凶器。相手はそれを避けようと……。


 ――ダダーン!


 休憩室に重低音が響いた。

「あるぇ~?」


 簡単に投げることができた。

 てっきり、一本にならないよう身体を反転させるのかと思ったが、受け身すら取れていない。


 防がれる前提で叩きつけたので、おそらく腰の骨が逝った。

 悶絶どころか、泡を吹いて失神している。


「……もしかして、実戦経験がない?」

 俺の一言に、左右の男たちがビクッとした。


「…………」

 男たちはなんらかの武道、武術、護身術を習っているはずである。


 だが俺のように一心不乱に打ち込んだものではないのかもしれない。

 この世界、男性は限りなく少ないのだから、練習相手にも困ったかもしれない。


 格上に虐められた経験だって皆無だろう。

 つまり、何が言いたいかというと……。


「あんたら、見てくれだけだろ?」

 男たちの顔が朱に染まる。そこで恥じ入るくらいなら、受け身くらい取ろうよ。


「何をしている。はやく捕まえるのだ」


 雇い主から檄が飛ぶ。男たちはハッとして、もう一度腕を取りに来る。

 相手が素人同然、部活動レベルなら、いくらでもやりようがある。


「裕子を泣かした代償だ。受け取れ!」

 掴まれた腕を起点に身体を回し、相手の腕を(わき)に挟む。


 俺の技が決まった。

 その時点で降参しないことからも、相手が素人であることが分かる。


脇固(わきがため)めだ。覚えておけ」

 正確には腕ひしぎ脇固め。柔道で立ち技でのみ成立する関節技だ。


 なぜ立ち技のみかと言うと、この体勢のまま体重をかけると危険だからだ。

 これが得意な柔道家がいたが、現代の柔道では反則技とされている。


 いまは柔道の試合ではない。

 俺は腕をロックしたまま自重を使って倒れ込んだ。


「――ぐわぁっ!」


 倒れ込む俺に逆らおうとしたことで腕の筋が伸び、骨も折れた。予想通りの結末だ。

 立ち上がって、残りの一人を睨むと、目に見えて怯えだした。


「お、おぬし……な、何なのだ、その強さは……こやつらは、護衛に呼び寄せたのだぞ」

「さて……でも、譲れないものがあるとき、男は強くなるんだよ」


「譲れないもの?」

「そうだ……裕子」


「なに?」

「おまえに涙は似合わない」


 俺はモテなかった。モテたくて、モテたくて、モテたくて……モテたくてしょうがなかったけど、涙が出るほどモテなかった。


 そんな俺のために泣いてくれる女性がいるんだぞ。

 笑顔にしたいと思うじゃないか。


 そうか。世界を敵に回してでもというのは、こういう気持ちか。

 全能感を抱いたまま最後の一人に向き直ると、男は後ずさりして、イスに引っかかって後ろにすっ転んだ。


「裕子、こういう場合、どうなる?」

「えっ、防犯カメラの映像で、先に手を出して来たのが分かるから問題ないわ。証人もいるみたいだし」


 休憩室には数人だが、人が残っている。

 彼女らが、紅家の横暴さを証言してくれるだろう。


 呼び寄せた男性を使って俺を拉致しようとした姿がバッチリ防犯カメラにも記録されている。

 ちょうどいいタイミングで警備員がやってきた。


「説明は任せて」

 裕子は笑顔でそういった。やっぱり裕子は、笑顔が似合っている。




 やってきた警備員は二人。

 どちらも、監視カメラの映像を見て駆けつけたらしい。


 男性を強引に連れ出そうとしたのを見てきたわけだが、床に転がっているのは、それを行った男たち。


 状況が理解できず、混乱しているところへ裕子が話しかけた。

「実はですね」と、裕子はテキパキと状況を説明していく。


 途中から、休憩所にいた人も呼ばれ、紅家のご令嬢も呼ばれる。

 俺は完全に裕子任せなので、話には加わらない。


 ケガをした男性二人が救急車で運ばれ、一段落ついたところで裕子が戻ってきた。

「証拠と証言は得られたので、一応の決着はついたかしら」


「決着というと?」

「民民でこっちが納得しなければ、官民(かんみん)にということ。交渉は任せて、悪いようにはしないから」


「分かった。当事者同士で話がつくなら、俺はそれで構わないし、裕子のことは信頼しているよ」

「良かったわ。お昼は予約してあるのだけど、そろそろ出発しないと間に合わないから」


 どうやら騒動の決着より、俺とのデートを優先したいらしい。

「それじゃ、後のことは?」


「後日、しっかりと取り立てるつもり。特区で証拠と証言が残っているんですもの、いかな華族とはいえ、無茶はできないわね」

 どうやらこの場を去って、本当に問題ないらしい。


 舞踊会場から拍手が聞こえてきた。

 四組目が終わったのだろう。


「そういえば、休憩所にいた人たちって」

「そっ。私の流派の人とその身内よ」


 二組目の観客はこの時間まで残っていない。

 かといって、四組目の観客はまだ会場内にいる。


 五組目以降の観客が早めに来ていることはありえない。

 このあと、お昼休憩があるのだから、五組目の関係者が来るには早すぎる。


 つまり、建物内にいて会場に入っていないのは、裕子の舞踊を見に来た人たちばかりなのだ。

 そんな素振りを一切見せなかったが、裕子は味方に囲まれていたことになる。さすゆうだ。


「じゃ、少し遅くなっちゃたけど、お昼に行きましょう」

「そうだな」


 俺たちは、項垂れる紅家のご令嬢を残して、会館をあとにした。




脇固めで立ち技から寝技への移行は危険ですので、絶対にやらないでください。


さて、べにまよさんのその後ですが、この章が終わったあとで閑話として投稿します。

これで真琴、リエ、裕子、三人の登場が描けたのではと思います。

誕生日のお話は、もう少し続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] かっっっっこよスギィィィ!!!!!!
[良い点] グッドな回でした。 武道に捧げてきた主人公がその特技を披露する場がなく、ただ頭が劣化してるという、魅力半減の中、いい感じで活躍できた。 出来れば我儘糞女に物理的に攻撃出来てたらもっとよかっ…
[一言] 実際に路上で投げ技が決まったらどうなるんでしょうね。 受け身を取ればとかそういうレベルの衝撃ではなさそう。 護衛の人が変に抵抗して頭から落ちたりしなくて良かった。
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