↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
79/422

072 誕生日(4)

 舞踊会館を出て、無人タクシーに乗り込む。

 着いた先は、白を基調とした落ち着いた外観のレストランだった。


 奥に個室があり、そこへ通された。

「すごいな」


 メニューには、やたらと長い料理名が並んでいる。こういうのは高級店と相場が決まっている。

 値段を見たが、やや高めだった。


 高校生個人では足を運ばないが、特別な日に利用するには許容できるレベルといった感じ。

 気取り過ぎず、さりとて低いレベルではない。この絶妙なチョイスは、裕子のセンスだろうか。


「私たちはハーフコースにするけど、武人くんなら、普通のコースで大丈夫だと思うわ。もしくは、ハーフに一品追加するとか。どうする?」


 なるほど、ハーフだと少し物足りない量のようだ。

「なら、お勧めみたいだし、普通のコースにするよ」


 俺の料理が決まると、裕子がテキパキと注文を処理していく。

 三人は一度、ここへ下見に来たのだろう。彼女たちはそういうところで手を抜かない。




 料理は絶品だった。

 俺としてはもう少し脂っこくてもいいのだが、この世界ではガッツリ料理があまり多くない。その中ではかなりいい方だと思う。


 食事をしつつ雑談し、裕子の舞踊を褒めた。

 はにかむ裕子を見られたのは貴重な経験ではなかろうか。


 ふと会話が途切れたとき、俺は気になっていたことを聞いてみた。

「そういえば俺、相手を怪我させちゃったけど、大丈夫なの?」


 相手が華族だと分かっていたので、あそこまでやるつもりはなかった。

 適度に相手して、最悪、逃げればいいと考えていたのだ。


 だが、裕子の涙を見て、すべてが吹っ飛んだ。

 華族は気をつけろ、揉めるなと祖母に言われていたのにだ。


 それでも後悔はしていない。

 彼女は人生をかけて身を挺しようとしたのだ。


「あれね。全然大丈夫よ。そもそもあちらが、穏便にしたがっているし」

「えっ、そうなの?」

 俺が一方的に被害を与えたのだが。


「もし公に訴え出たら、こっちだって反論するじゃない。そうなったら、武人くんを力尽くでどうにかしようとしたことが明らかになるし」


「そっか、華族にとって、そっちの方がダメージが大きいわけか」


「警備員も相手が華族と分かって、判断を仰いだのよ。そうしたら、何もなかったと言い切っていたわ。意見の食い違いがあったのなら、話し合って解決してはどうですかって提案されて、一生懸命首を縦に振ってたし」


 裕子は思い出したのか、クククと秘密結社の女幹部のような声で笑った。

 あれ? 裕子って、そういうタイプだっけ?


「だから民民(みんみん)で収めるなんて言ってたのか」

「そういうこと。ちゃんと私が乗り込んで決着をつけるから安心して」


「うん、裕子にすべて任せるよ。しっかりやってくれるんだろ?」

「もちろん。……ちなみに今回の件が公になったらどうなると思う?」


「えっと……未成年略取(りゃくしゅ)未遂?」

「ええ。眞世(まよ)さんは裁判が始まる前に、どこかへ養子へ出されるでしょうね」


「それは……華族でないことにされるのか」

 華族が見栄を大事にするなら、そういう手段もあるか。


「だから彼女は、絶対に公にはしたくないのよ」


「なるほどな。もし犯罪者が華族の当主だった場合、養子に出す手が使えないよな。その場合、どうなるんだ?」


「裁判が始まるまでに、お(かみ)へ爵位の返上を願い出るわね。紅家の場合、本家筋に願い出ることになるでしょうけど、やることは変わらないわ」


「爵位の返上……一家そろって、平民落ちか」

 厳しいな、華族。


「華族は名で生きているのですもの、当然だと思うわ。それで今回の件は、後腐れなくお金で解決しようと思うの。その方がしこりを残さないし」

「分かった。さっきも言ったけど、裕子に全部任せるよ」


 華族相手に交渉か。

 なんか今日一日だけで、さすゆう度が爆上がりなんだけど。


 ちなみに事を公にして処罰させた場合、たしかにダメージを与えられるが、名を背負っている華族だからこそ、有形無形の報復があるだろうとのこと。


 つまり、こちら側も内々に手打ちにした方が得らしい。

 そういうことなら、気にしないでおこう。




 デザートは、ケーキだった。

 しかも俺だけ、花火? 火花? よく分からないけど、パチパチ、ジジジジと南国のトロピカルフルーツについているような火花の演出があった。


 しかも店員さんがハッピーバースデイと歌いながら登場という念の入れよう。

 ちょっと照れた。


 食事がおわり、次はどこへ行くのか。

 もちろん行き先は教えてくれない。


 店員に見送られながら、無人タクシーに乗り込む。

 そして着いた先は……。


「どこ、ここ?」

 装飾のある壁面の建物。テーマパークの土産物売り場っぽい雰囲気がある。


「さあ、中に入って」

 どうやらここまで来ても、まだ内緒らしい。


 扉をくぐり、エントランスに入ってようやく分かった。

「映画館か! ……あれ? でも」


 映画のポスターを貼り付けた小看板が並んでいる。

 壁面にもボードが貼ってあるし、ここは映画館で間違いないだろう。


 だが、映画館にしたら、この建物はあまりに小さい。

 俺が不思議に思っていると、裕子がふふっと笑って、壁の一角を指す。


「小規模上映って書いてあるけど……えっ?」

「ここは一部屋最大でも32人までの映画館よ。最小は8人ね。……でもスクリーンはちゃんとしているのよ」


 ここはれっきとした映画館だが、座席数が少ないため、小さな建物でも上映できるらしい。

 にしても小規模映画館というのを初めて知った。


「DCPによる高画質映像だから、画質は問題ないわ」

「武人くん、映画館で観たことないでしょ? ここなら落ち着けていいかなと思って」

「だから貸し切りなんだよ」


「そういうことか……」

 DCPとは、デジタル・シネマ・パッケージの略語で、昔のようにフィルムを映写機で投影する上映方式ではないらしい。


 フルオートで再生できるため人件費も抑えられ、映像や音声の管理も楽。

 それゆえ、こういった小規模な映画館が存在できるのだとか。


 デジタルだから、小規模映画館が存在でき、だからこそ貸し切りにもできる。

 なんともすごい時代になったものだ。


「時代の流れの勝利ね。……それで、上映作品はこっちで選ばせてもらったのだけど」

 チラシとパンフレットが座席に置いてあった。俺はそれを見た。


「おお、恋愛系かな。楽しみだね」

 コメディ調の恋愛映画のようだ。


 そういえば、この世界にきてまだ二ヶ月弱。

 どんな映画が流行っているのか、考えたこともなかった。


「ほんと? じゃ、はじめましょう」

 貸し切りと言っても、時間が決まっているらしく、早速映画鑑賞となった。


 ブザーが鳴り、照明が暗くなる。

 携帯電話などの諸注意が流れ、「これから映画を観る」という雰囲気が出てきた。


 ストーリーはこんな感じ。


 友達以上、恋人未満の男女が主人公。

 ある日、男性が行方不明になった。一切連絡がつかなくなったのだ。


 女性は必死に男性を探す。するとよくない噂や、探すのを諦めるよう諫める友人たちが次々と登場する。

 だが彼女は男性を信じ、わずかな痕跡を辿り、男性を探しに出かける。


 道中、必死になるあまり、周囲への関心がおろそかになり、いろいろと失敗をする。

 普段、キリッとした女性がポンコツになる様は、観ていてとてもおもしろい。


 そしてクライマックス。

 行方不明となっていた男性は、彼女にサプライズのプレゼントを計画していたことが判明する。


 考えてみれば、男性が残した痕跡はすべて、過去、彼女と一緒に出かけた場所ばかり。

 男性は、女性と「一緒の時を生きよう」と、お揃いの腕時計をプレゼントする。


 男性を一途に信じた女性の勝利とも取れるし、男性の誠実さがよく現れていたとも考えられる。

 これを観た女性はさぞ、「自分だったら」と夢想することだろう。


 最後はともに手をつなぎ、夕日をバックに影が重なるところでエンドロールとなった。



57.5話『タクシーの中(※宗谷亜紀)』の冒頭で、紅家のご令嬢が「南地区の舞踊会館」に向かっているシーンが出てきます。

これと65話『三人に相談』で出てくる「南地区にある舞踊会館」は同じ場所です。


この時点で気づいた方もいると思います。

70話『誕生日(2)』で簡単に説明してありますが、そういうことです。プチ伏線でした。


誕生日のケーキはデザートと一緒に個人用が出てきました。

ひとつのケーキを皆で分ける形ではありません。

個人的に、アメリカでよくある? 毒々しい色のケーキも考えたのですが。(笑)

あれはあれで、食べてみたいですけど。


私たちの世界でも、最近の映画はみなDCPになっているのではないかと思います。

個人的には映画を観に行くのは好きでしたが、過去数回連続で嫌な思いをしたので、最近はまったく行っていません。

上映中に「どういう意味?」と隣に尋ねるJK、後ろで喉をガラガラやるおじさん、臭いのあるものを食べる家族等々。

最後に観た映画は「ロイヤル・ナイト」ですね。何年前だろ。

せっかくDCPになったのですから、こっちの世界にも小規模映画館があればいいのにと心底思います。

そして誕生日は佳境に。

では明日!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >個人的に、アメリカでよくある? 毒々しい色のケーキも考えたのですが。(笑) あれはあれで、食べてみたいですけど。 コストコにあるよ、と書こうとしたら既に書いてる人が居た件。 正直クッソま…
[一言] この件を示談で済ませるメリットってなんだ? 後腐れって意味ならすっぱり華族落ちさせた方が後腐れが無いだろう 華族落ちなんてした奴が特区に入れるとも思えんから身の安全の点でもある程度保証される…
[一言] アメリカの毒々しいケーキは、全くオススメできません。 日本人からしてみたら、アレは食べ物とは思えませんw プラのフォークやナイフが刺さらなかったりするんですよ 砂糖(コーティング)が硬すぎ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。