072 誕生日(4)
舞踊会館を出て、無人タクシーに乗り込む。
着いた先は、白を基調とした落ち着いた外観のレストランだった。
奥に個室があり、そこへ通された。
「すごいな」
メニューには、やたらと長い料理名が並んでいる。こういうのは高級店と相場が決まっている。
値段を見たが、やや高めだった。
高校生個人では足を運ばないが、特別な日に利用するには許容できるレベルといった感じ。
気取り過ぎず、さりとて低いレベルではない。この絶妙なチョイスは、裕子のセンスだろうか。
「私たちはハーフコースにするけど、武人くんなら、普通のコースで大丈夫だと思うわ。もしくは、ハーフに一品追加するとか。どうする?」
なるほど、ハーフだと少し物足りない量のようだ。
「なら、お勧めみたいだし、普通のコースにするよ」
俺の料理が決まると、裕子がテキパキと注文を処理していく。
三人は一度、ここへ下見に来たのだろう。彼女たちはそういうところで手を抜かない。
料理は絶品だった。
俺としてはもう少し脂っこくてもいいのだが、この世界ではガッツリ料理があまり多くない。その中ではかなりいい方だと思う。
食事をしつつ雑談し、裕子の舞踊を褒めた。
はにかむ裕子を見られたのは貴重な経験ではなかろうか。
ふと会話が途切れたとき、俺は気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば俺、相手を怪我させちゃったけど、大丈夫なの?」
相手が華族だと分かっていたので、あそこまでやるつもりはなかった。
適度に相手して、最悪、逃げればいいと考えていたのだ。
だが、裕子の涙を見て、すべてが吹っ飛んだ。
華族は気をつけろ、揉めるなと祖母に言われていたのにだ。
それでも後悔はしていない。
彼女は人生をかけて身を挺しようとしたのだ。
「あれね。全然大丈夫よ。そもそもあちらが、穏便にしたがっているし」
「えっ、そうなの?」
俺が一方的に被害を与えたのだが。
「もし公に訴え出たら、こっちだって反論するじゃない。そうなったら、武人くんを力尽くでどうにかしようとしたことが明らかになるし」
「そっか、華族にとって、そっちの方がダメージが大きいわけか」
「警備員も相手が華族と分かって、判断を仰いだのよ。そうしたら、何もなかったと言い切っていたわ。意見の食い違いがあったのなら、話し合って解決してはどうですかって提案されて、一生懸命首を縦に振ってたし」
裕子は思い出したのか、クククと秘密結社の女幹部のような声で笑った。
あれ? 裕子って、そういうタイプだっけ?
「だから民民で収めるなんて言ってたのか」
「そういうこと。ちゃんと私が乗り込んで決着をつけるから安心して」
「うん、裕子にすべて任せるよ。しっかりやってくれるんだろ?」
「もちろん。……ちなみに今回の件が公になったらどうなると思う?」
「えっと……未成年略取未遂?」
「ええ。眞世さんは裁判が始まる前に、どこかへ養子へ出されるでしょうね」
「それは……華族でないことにされるのか」
華族が見栄を大事にするなら、そういう手段もあるか。
「だから彼女は、絶対に公にはしたくないのよ」
「なるほどな。もし犯罪者が華族の当主だった場合、養子に出す手が使えないよな。その場合、どうなるんだ?」
「裁判が始まるまでに、お上へ爵位の返上を願い出るわね。紅家の場合、本家筋に願い出ることになるでしょうけど、やることは変わらないわ」
「爵位の返上……一家そろって、平民落ちか」
厳しいな、華族。
「華族は名で生きているのですもの、当然だと思うわ。それで今回の件は、後腐れなくお金で解決しようと思うの。その方がしこりを残さないし」
「分かった。さっきも言ったけど、裕子に全部任せるよ」
華族相手に交渉か。
なんか今日一日だけで、さすゆう度が爆上がりなんだけど。
ちなみに事を公にして処罰させた場合、たしかにダメージを与えられるが、名を背負っている華族だからこそ、有形無形の報復があるだろうとのこと。
つまり、こちら側も内々に手打ちにした方が得らしい。
そういうことなら、気にしないでおこう。
デザートは、ケーキだった。
しかも俺だけ、花火? 火花? よく分からないけど、パチパチ、ジジジジと南国のトロピカルフルーツについているような火花の演出があった。
しかも店員さんがハッピーバースデイと歌いながら登場という念の入れよう。
ちょっと照れた。
食事がおわり、次はどこへ行くのか。
もちろん行き先は教えてくれない。
店員に見送られながら、無人タクシーに乗り込む。
そして着いた先は……。
「どこ、ここ?」
装飾のある壁面の建物。テーマパークの土産物売り場っぽい雰囲気がある。
「さあ、中に入って」
どうやらここまで来ても、まだ内緒らしい。
扉をくぐり、エントランスに入ってようやく分かった。
「映画館か! ……あれ? でも」
映画のポスターを貼り付けた小看板が並んでいる。
壁面にもボードが貼ってあるし、ここは映画館で間違いないだろう。
だが、映画館にしたら、この建物はあまりに小さい。
俺が不思議に思っていると、裕子がふふっと笑って、壁の一角を指す。
「小規模上映って書いてあるけど……えっ?」
「ここは一部屋最大でも32人までの映画館よ。最小は8人ね。……でもスクリーンはちゃんとしているのよ」
ここはれっきとした映画館だが、座席数が少ないため、小さな建物でも上映できるらしい。
にしても小規模映画館というのを初めて知った。
「DCPによる高画質映像だから、画質は問題ないわ」
「武人くん、映画館で観たことないでしょ? ここなら落ち着けていいかなと思って」
「だから貸し切りなんだよ」
「そういうことか……」
DCPとは、デジタル・シネマ・パッケージの略語で、昔のようにフィルムを映写機で投影する上映方式ではないらしい。
フルオートで再生できるため人件費も抑えられ、映像や音声の管理も楽。
それゆえ、こういった小規模な映画館が存在できるのだとか。
デジタルだから、小規模映画館が存在でき、だからこそ貸し切りにもできる。
なんともすごい時代になったものだ。
「時代の流れの勝利ね。……それで、上映作品はこっちで選ばせてもらったのだけど」
チラシとパンフレットが座席に置いてあった。俺はそれを見た。
「おお、恋愛系かな。楽しみだね」
コメディ調の恋愛映画のようだ。
そういえば、この世界にきてまだ二ヶ月弱。
どんな映画が流行っているのか、考えたこともなかった。
「ほんと? じゃ、はじめましょう」
貸し切りと言っても、時間が決まっているらしく、早速映画鑑賞となった。
ブザーが鳴り、照明が暗くなる。
携帯電話などの諸注意が流れ、「これから映画を観る」という雰囲気が出てきた。
ストーリーはこんな感じ。
友達以上、恋人未満の男女が主人公。
ある日、男性が行方不明になった。一切連絡がつかなくなったのだ。
女性は必死に男性を探す。するとよくない噂や、探すのを諦めるよう諫める友人たちが次々と登場する。
だが彼女は男性を信じ、わずかな痕跡を辿り、男性を探しに出かける。
道中、必死になるあまり、周囲への関心がおろそかになり、いろいろと失敗をする。
普段、キリッとした女性がポンコツになる様は、観ていてとてもおもしろい。
そしてクライマックス。
行方不明となっていた男性は、彼女にサプライズのプレゼントを計画していたことが判明する。
考えてみれば、男性が残した痕跡はすべて、過去、彼女と一緒に出かけた場所ばかり。
男性は、女性と「一緒の時を生きよう」と、お揃いの腕時計をプレゼントする。
男性を一途に信じた女性の勝利とも取れるし、男性の誠実さがよく現れていたとも考えられる。
これを観た女性はさぞ、「自分だったら」と夢想することだろう。
最後はともに手をつなぎ、夕日をバックに影が重なるところでエンドロールとなった。
57.5話『タクシーの中(※宗谷亜紀)』の冒頭で、紅家のご令嬢が「南地区の舞踊会館」に向かっているシーンが出てきます。
これと65話『三人に相談』で出てくる「南地区にある舞踊会館」は同じ場所です。
この時点で気づいた方もいると思います。
70話『誕生日(2)』で簡単に説明してありますが、そういうことです。プチ伏線でした。
誕生日のケーキはデザートと一緒に個人用が出てきました。
ひとつのケーキを皆で分ける形ではありません。
個人的に、アメリカでよくある? 毒々しい色のケーキも考えたのですが。(笑)
あれはあれで、食べてみたいですけど。
私たちの世界でも、最近の映画はみなDCPになっているのではないかと思います。
個人的には映画を観に行くのは好きでしたが、過去数回連続で嫌な思いをしたので、最近はまったく行っていません。
上映中に「どういう意味?」と隣に尋ねるJK、後ろで喉をガラガラやるおじさん、臭いのあるものを食べる家族等々。
最後に観た映画は「ロイヤル・ナイト」ですね。何年前だろ。
せっかくDCPになったのですから、こっちの世界にも小規模映画館があればいいのにと心底思います。
そして誕生日は佳境に。
では明日!




