068 奉活選び
とある日の放課後。
俺は職員室の片隅で、先程から頭を悩ませている。
いや、分厚い冊子を前にして、途方に暮れていると言っていい。
「……先生、多いよ」
愚痴がこぼれた。
担任がつい先ほどまでここにいたが、職業上のなんちゃらとかで、いなくなってしまったのだ。
それまで、奉活先を選ぶに当たっての注意事項を懇切丁寧に話してくれていたのだが、いざ選ぶ段になったら、「協力はここまで、ではのちほど」となったのである。
別に嫌がらせをされたわけではない。
担任の説明はとても分かりやすいものだったし、多くのアドバイスもくれた。
ただ奉活先を選ぶときに、口出しできないルールがあるせいだ。
「過去に何かあったんだろうなあ……」
賄賂とかそんなものが。
それで問題になって、教師が口出しできないようになったのだろう。
過去のだれかのせいで、俺はたった一人で、分厚い冊子と格闘する羽目になっている。
冊子はあまりに厚く、一通り目を通すだけでも時間がかかる。どうすればいいのか。
ちなみに奉活する男性が間違えないよう、特区内と特区外で冊子が分けられている。
そのため、俺が手にしている冊子の中には、特区内の企業や学校は一切入っていない。
それでも多い、多すぎるのだ。
「IT系の企業だけで百社を超えてるわけか。製造業はもっと多いし……ページ数からいったら二百社以上あるよな。でもって、飲食系はそれ以上と……マジかよ」
インデックスはちゃんとしているし、業種別に書かれているため見つけやすいのが救いだ。
使う側のことをよく考えている。
毎月、特区に住む何百人という男性がこの冊子を開いていると思うと、感慨深いものがあるが、自分が選ぶとなると、話が違ってくる。
すべてに目を通していたら、文庫本を読むより時間がかかってしまう。
「しょうがない、一件目は先生の言っていたアレにするか」
特区に多大な貢献をした企業は、中央府から表彰される。
表彰は男性が行うのが通例だ。
特区の成り立ちから考えれば、それは当然のこと。
毎月、十件を上回る企業や団体の表彰が予定されていて、奉活から男性が派遣されているらしい。
ただし、男性がそれを選択するとは限らないため、希望者がいない場合は、中央府の男性職員が代行することになっているらしい。
担任は「特区外へ表彰しにいく人って少ないのよね」と言っていた。
中央府の心証もよくなるし、お勧めだと。
「中央府から表彰されるような企業なら安心か。たしかにそうだよな。というわけで、一件目はそれでいいや」
一件三時間と決まっているため、一日に回れる最大はおそらく三件。
つまり残りはあと二件は選ぶことができる。
「母さんが言っていた会社ってどれだろう……あっ、これかな」
なぜそこを見て欲しいか、理由は言っていなかった。
母は、前情報なしにその企業を見てもらいたがっていたから、俺も聞いていない。
どうやら表に出ていないトラブルがあるらしいことだけはなんとなく察せられた。
潜在的なトラブルを抱えているのは穏やかではないが、母が勧めるのだから、悪い企業ではないだろう。
ゆえに二件目は、母の願い通り、特区内へ物資を輸送する企業に決めた。
そして問題の三件目。
三件目は、俺の好きなところにしようと思う。
もとの世界だったら、一生足を踏み入れられないところだ。
「ええっと……あった。学校系は……なんだこれ、いっぱいあるじゃないか!」
驚きだ。
学校系の欄を開いた。
女子大、専門学校から始まって、女子校、女子中学校と並んでいる。ここに載っている女子大、女子高、女子中学校がすべて、奉活を希望しているのだ。
「マジか。こんなにあるの!?」
選べないよ、と顔がニヤニヤしてくる。
合法的に女の園へ足を踏み入れられるだけでもすごいのに、向こうから「来てください」と望まれている。
そしておそらくだが、行けば歓迎される。
「ヤバい……鼻血でそう」
苦節十六年、もしかしたら、これは人生最良の日になるのではなかろうか。
俺は女子校のページを丹念に眺めた。
穴が空くほど、食い入るように、そして嘗めるように。
十分吟味を重ね、俺はひとつの学校を選んだ。
「清麗女子高校か。清らかで、うららか。なんかもう、響きだけで興奮しそうだ。うん、これに決めた!」
きっと清楚な美人が大勢いるに違いない。
もしかすると、よろけてどこかに手をついてしまうかも。
女子高だし、さすがに悲鳴をあげられるか。でももしかしたら……。
俺は自分の奉活希望用紙に、三件分のコード番号と企業・学校名前を書き込んだ。
間違いがないことを確認してから、それを担任に持っていった。
担任は「本当に特区外にしたのね」とやや呆れた声を出していたが、これは俺のアイデンティティーに関わることなので、「もちろんです」と自信満々に答えておいた。
「それで希望日は……六月最初の土曜日ね。すぐ奉活局に確認をとるけど、おそらく通ると思うわよ」
「ありがとうございます。それは良かったです」
「先方が無理なら、その旨、返答があるけど、断った場合はこの話が流れるもの。先方もなんとか調整をつけるでしょう」
「こっちは一日空いていますので、早朝でも深夜でも問題ありません」
「時間は向こうに合わせるということね。特記欄に付け加えておくわ。二、三日で返答があると思うから、決まったら知らせます」
「はい、よろしくお願いします」
俺は担任に礼を言い、ウキウキと職員室をあとにした。
ちなみに、分厚い冊子をめくりながら奉活先を選んでいる姿を職員室に来た生徒に見られていたのだが、そのとき俺は、彼女たちの視線にまったく気づかなかった。
というわけで、奉活選びが終了しました。
このとき、主人公の姿を見ていた女子がいまして、本編のプロローグへと続くわけです。
本話を読んでから、プロローグを読み返すと、話が繋がっているのが分かるかと思います。




