↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
73/422

067 通り名

 俺が胸を揉んだ女性……と言えば語弊があるが、間違ってはいない。

 班員を連れて四組へ行き、土橋(どばし)紗菜(さな)さんを呼び出してもらった。


 だが、ここで話すには人の目が多すぎる。

 廊下の端まで移動して、再度話すことになった。


「あの節は、本当に申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げた土橋さん。そんなことを言われると、いたたまれない気持ちになってくる。


 あれは俺が悪いわけで、むしろこっちが「すみませんでした」もしくは、「ごちそう様でした」と言うべき案件である。

 さすがに「ごちそう様でした」とは言わないが。


「こっちこそ巻き込んでごめん。あの時のことだけど、俺はまったく気にしていないから、落ち着いてね」

 そう言うしかない。


「ですが、大変失礼なことをした自覚があり……」

「いやいや、本当に気にしていないから」


 なんていうか、普通の特区外生はこんな感じなんだよなと、改めて理解した。

 ここは廊下の突き当たり。俺の背後は菊家さんたちが守ってくれている。


 そっと振り向いたが、他の生徒は見てみぬふりをしてくれている。

「それで今日来た目的なんだけど」


「……はい」

 土橋さんは、判決を待つ罪人のような顔をしている。


「あれからひどい仕打ちを受けていないか気になって、確かめにきたんだ。クラスの人とか、学校側からなにか言われたりしていない?」


「……気にかけてくださったのですか?」


「そうだね。あの場は収まったけど、だからといって、安心できるわけじゃないし」

「それは大丈夫です、学校側からは何もありません。共学校だからこそ、約束を反故にできないのだと思います」


「……?」

 共学校だからこそとは?


 俺の班員はいつも、俺が淳などと話をするとき、絶対に会話に加わらないようにしてくれている。


 でしゃばらないよう、躾けられていると言い換えてもいい。

 それはそれで楽なのだが、ときどき彼女たちの意見を聞きたいときがある。


 目で「教えて」と合図すると、菊家さんが小さく頷いた。


「男性の信頼を失う行為は、たとえ教師でもできないようです。言っていることとやっていることが違うと、男性が安心して通えませんから」


「ああ……なるほど、そういえばそうだったね」

 菊家さんが、よそ行きの口調で説明してくれた。


 この男女比がぶっ壊れた世界では、女性が我慢することで社会秩序が保たれている。


 男性との約束は守るのが当たり前。

 模範を示すべき教師が率先して約束を破っては、学校内の秩序が乱れる。


 ひいては、男性が安心して通えなくなるおそれが出てくる。

 そんなところだろう。


「ですので、これまで何が特別なことを言われたことはありません。クラスの方もそうです。最初のうちは腫れ物にさわる感じでしたけど、何もないと分かると、普通に接してくれましたので」


「そうか、それはよかった。だったらいいんだ。わざわざ呼び出して、ごめんね」


「いえ……でも、さすが若様(わかさま)です」

「……ん?」

 菊家さんを見たら、スッと目を逸らされた。あれ?


 菊家さんの横顔をじっと見続けたら、タラリと額から汗が滴り落ちている。

 何だろう、ちょっと嫌な予感がするのだが。


「それじゃ土橋さん、またね。もし困ったことがあったら、遠慮なく頼っていいから」

「はい、ありがとうございます」


 まず、土橋さんを笑顔で送り出す。

 土橋さんは何度も頭を下げながら、教室へ戻っていった。


「……で、若様って何?」

 腕を組んで班員たちに問う。こうすると、彼女たちも言わざるを得ないのだ。


「えと、第三代将軍山科(やましな)言経(ときつね)公のことかと……」

 菊家さんは言いづらそうだ。


「第三代将軍というと……若獅子丸(わかじしまる)記の?」

 菊家さんと遠野さん、そして橋上さんがものすごい勢いで頷いた。


 それはもう、コクコクコクコクと。


 もとの世界で、印籠(いんろう)片手に諸国漫遊する老人を主人公とした時代劇がロングヒットしていたが、この世界では少し違う。


 幼名(ようみょう)獅子丸(ししまる)という、とある将軍の息子を主人公とした時代劇が、絶大な人気を誇っているのだ。

 彼の通り名はいくつもあり、「若将軍」、「生まれながらの将軍」、「名将軍」など。


 実際、彼の活躍を描いた『若獅子丸記』は、歴代唯一の男性将軍ということもあり、歴史の教科書に載るほど有名だったりする。


 ちなみに八代将軍の通り名は『甘えん坊将軍』であり、こちらはコメディとして根強い人気がある。


 そしてくだんの言経公であるが、まだ十代のうちから諸国を漫遊し、人々を救い、悪をこらしめ、天下泰平の基礎を築いたことになっている。ドラマでは。


 男性将軍であり、人気は他の追随を許さないのだが、その時代劇でいつも出てくる言葉が、「若っ!」とか「若様!」なのだ。


 とにかく若は、市中に出かけてはいろいろなもめ事に首を突っ込んでいく。

 その都度、お付きの女性武士たちが右往左往する様がおもしろい。


 突っ走る若を止めるために呼びかける呼称が大人気となったのも頷けよう。

 どんなシチュエーションでも使えるので、便利なのだろう。


「つまり俺は、あの破天荒な将軍子息になぞらえていると……?」

 なぜそんな……と思ったら、思い当たることがあった。


 土橋さんの件もそうだし、班外交流もそう。

「みなさん、破天荒かつ、カッコイイ殿方に惹かれますし」


 橋上さんがうっとりとした顔でのたまった。

 顔? と思ったが、自分はイケメンだったのを思い出した。


 そういえばドラマで、若獅子丸役の女性役者さんは、みんな凛々しい中性的な人ばかりが採用されている。

 つまり破天荒な行動とこのイケメン容姿から、いつのまにか俺は「若様」と呼ばれるようになっていたのか。


 しかも、他クラスで。


「なんだかなあ」

 でもこれ、広まっているのは、一年生の間だけだよな?


 そう問いかけようとして思いとどまった。

 否定されたら、どんな顔をしていいか分からなかったからだ。


 入学してまだ一ヶ月ほど。

 他学年にまで、広まってないよな?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 早く奉仕の女子校に行く回が見たいですね! 更新頑張ってください
[一言] 若様最高!です! 今日の疲れがおかげさまで一気に取れました。 ありがとうございます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。