68.5 青天の霹靂(※清麗女子高校の場合)
武人が奉活先を選び、用紙を担任に提出したあとの話。
担任はすぐさまそれを中央府奉活局へFAXした。
奉活局は事務のスペシャリストである。
すべての行程にトリプルチェックを入れ、万一にも「間違い」がおこらないよう、完璧に業務をこなす。
武人が提出した奉活先、三件の調整など、お手の物である。
そして武人が「清らかでうららか」と評した清麗女子校への連絡も欠かさない。
奉活局の職員は、いつものルールに則って、それを粛々と処理した。
だがしかし、である。
奉活局からの連絡を受け取った清麗女子校はというと……。
――大いに混乱していた
もうすぐ創立三十年を迎える清麗女子校にとって、奉活で男性を受け入れるのは初めてのことであった。
実は以前、実態のない企業、団体など、いわゆるペーパーカンパニーが雨後の筍のごとく大量にあらわれ、それが奉活を希望したことで、現場が混乱したことがある。
それゆえ、新規企業、団体、学校は最低五年間は奉活希望を出せないことになってしまった。
また定期的に実態調査も行われ、怪しげな団体はほぼすべて排除されたといえる。
清麗女子校も、奉活の希望を出せるようになるとすぐさま提出したわけだが、これまで一度も連絡が来たことがなかった。
「あれは都市伝説なんだ」と思えるほどには、外れまくっていた。
まず女子高ということで、一般の男性から避けられる傾向にある。
どうしても礼節を弁えた大人が多くいる企業などへ希望が集中するのである。
また特区外という地理的不利もある。
特区の外を希望する男性はとにかく少ないと言われている。
それでも女子高校へ男性が訪れることが皆無ではない。
ただしそれは、名のある学校に限られる。
創立百年を超える由緒ある名門校、偏差値の高い進学校、財閥が運営している学校などに限定されているのが現状なのだ。
学校同士の交流をはかる校長会というものがある。
清麗女子高校の校長もそれに出席するのだが、他校の校長がする自慢話を聞いて、何度も陰で泣いたものである。
それがついに、自分のところに来たのである。
「わ、我が校に……」
受話器を握りしめた校長は、ワナワナと震える手を反対の手で押さえつけたが、それすら震えてしまった。
机もカタカタ言いだしている。
どうやら手だけでなく足も、自分の意志と関係なく揺れているのだ。
「はっ、はい! 土曜日ですね。空いてます。時間ですか? いつでも結構です! 問題ありません。はい、まったくもって……そうです、そうです。そうなんです!」
どう答えたのか覚えていない。
校長はただ、言われるままに頷くイエスマンと化したことだけは理解していた。
そして電話を切ると、校長は職員室に駆け込んだ。
「放課後、緊急職員会議を開催する。芦田さん、本日すべての委員会と部活を中止させて、今日は16時までの完全下校としてください!」
「えっ? 校長先生、それは……」
「校長命令です!」
「わ、分かりました」
副校長である芦田祥子は、校長のただならぬ様子に何かを察し、すぐに校内放送を流すのであった。
そして放課後。
すべての生徒が学校を去り、現在、技術員の先生がガードマンの代わりに校内の見回りをしている。
「我が校に奉活が? 本当ですか?」
「そうです。当日どうすべきか、話し合わねばなりません」
土曜日であること、やってくるのは16歳の高校生であることまで分かっている。
それを踏まえて、何か案はないかと職員たちに尋ねた。
「授業を見学……では、生徒たちの収まりがつかないでしょうね」
「我が校の生徒をそこまで信用できません。どれほど言い聞かせたとして、目の前に男性が現れたとたん、我を忘れる者が出るでしょう」
「もし暴走されたら……」
「終わりですね」
怪我でもされようものなら、もう二度と奉活への登録はできなくなる。
性的な接触でもしようものなら、本人は刑務所。学校にも相応のペナルティがあるだろう。
テレビのニュースになるかもしれない。
校門前にレポーターとカメラマンが殺到する未来を幻視して、教師のひとりが口元を押さえた。
「しかし、どうして我が校に……?」
「分かりません。偏差値だって高いわけではありませんし、理想的な女性とはほど遠い子たちが通っているわけですから、どこかと間違えたのかと三度も聞き返したくらいです」
そう、校長は「完璧な事務」を標榜する奉活局に「間違えていませんか?」と三度も聞き返したのだ。
「土曜日を登校日として、月曜日を代休にしますよね。生徒たちには……?」
「危険ですから当日まで知らせるのは止めましょう。その代わり、外からガードマンを多数呼び寄せます」
「言っても聞かない子たちですし、事前に知らせると、抜け駆けの準備をしてくる可能性もありますしね」
「前日から天井に隠れるくらい、やりかねませんね」
「では生徒には内緒ということで。それで当日ですが……」
その日、日付が変わるまで職員室の灯りが消えることはなかった。
代わりに、翌日には詳細な計画予定書が奉活局へFAXされたという。
あまりの仕事の速さに、奉活局も驚いたとか。
「……おかしい」
清麗女子高校二年の柴田敦美は、ここ数日の異常事態について、あれこれと考えを巡らせていた。
「あっつー、どうしたん? 変顔の授業はもう終了だよ」
友人の田上里奈が、そんな敦美を不思議そうに眺める。
「変顔の授業なんてないだろ。それより、リナリナ。急に変更になった土曜授業だけどさ、何やるか聞いてないよな」
「通常授業でしょ? 月曜のだっけ?」
「でも教師たちは、そうは思ってないだろ?」
「……? ああ、調理実習のこと?」
「そう。月曜と同じ授業なら、調理実習がある。アタシらは食材を持っていかなきゃならないのに、その指示がねえ。それでこれは他のクラスにも言えるんだ。授業をするといいつつ、教師たちは授業のことなんか、一切考えてない。なぜだ?」
「授業じゃなかったら、なにやるのよ」
「それが分からねえから考えてるんだ」
「……奉活というのは、うがち過ぎかしら?」
「てめえ、聞き耳を立ててたのか」
「あいぽん。奉活って、あの奉活のこと?」
里奈に問われた吉野愛香は、ゆっくりと頷いた。
「奉活ぅ? こんな場末の女子校に、男なんか来やしねえだろ」
「それが、そうでもないと言ったら?」
「なに知ってんだよ」
敦美の目が鋭くなる。
「この前の完全下校、おかしいと思わなかった? 委員会も部活も中止で職員会議。翌日から、先生方のあの浮ついた顔」
「たしかにセンコーの様子が変なのは知ってるけど、それが奉活とどう関係するんだよ」
「土曜授業の日、ガードマンが動員されるらしいですわ」
「な、なんだってぇ!?」
「たまたま職員室に用事があって行ったのですけど、そこで警備人数の確認の電話をしているのが聞こえたのですわ」
「まさか……でもガードマンが必要なのって」
「お と こ 以外にあまり聞きませんものね」
愛香は「おとこ」のところを妙になまめかしく発音した。
「えー、だったらすごいことじゃない?」
里奈は目をキラキラと輝かせている。
「予想のひとつというだけで確定はしていませんが、準備するに越したことはありませんからね」
浮かれる里奈とは対照的に、愛香はあくまで冷静だ。
「……準備って、何をするんだよ」
「エステとか、当日はプロのメイクさんに顔を整えてもらうとかでしょうか」
「けっ、金持ちは違うねえ」
「じゃあさ、あたしは際どい下着で登校する!」
「リナリナの場合、下着なしの方がいいんじゃないか? んで、男が来たらめくってやれ」
「そっかな? じゃあ、そうしよう!」
「柴田さんは何も準備しませんの?」
「アタシか? アタシは……やんねえよ。何したところで、無駄に決まってるだろ」
ケッと敦美はふてくされたように呟く。
「あっつーはね、きっと赤くなるまで、キレイキレイしてくるんだよ」
「キレイキレイ……磨き上げるのですか? でも赤くなるまでって、どこを?」
愛が首を傾げていると、里奈は「ここだよ」と敦美の大事な部分を指さした。
「あっつーは、タワシでタワシをこすって……ふぎゃっ!?」
「んなことしねーよ!」
敦美のヒジが里奈の側頭部にヒットした。
「タ、タワシ……」
愛香の呟きは、里奈のうめき声によってかき消され、だれの耳にも届かなかった。




