064 奉活選び
放課後、俺は担任の一瀬早苗先生のところへ向かった。
「奉活について質問したいんですけど」
「奉活って……そういえば、宗谷くんはもうすぐお誕生日ね」
どうやら俺の誕生日は、覚えられているらしい。
まさか生徒全員の誕生日を暗記しているわけではないだろう。
覚えているのは俺と淳のみかもしれない。それだけ共学校の16歳は特別なのだ。
「一般的なことは知っています。けど、もう少し具体的なことを聞きたいと思いまして」
「それはいい心がけね。中央府が発行しているパンフレットを見たことはあるかしら。あれに組織図が載っているのだけど」
「いえ、あまりそういったことは興味なく……」
高校一年生に何を求めているんだ。行政なんてこれまでやっかいになったことなどない。
当然、組織図なんて知らない。
「中央府に奉活局というのがあって、それが男性の奉活を管理しているの。職員の三分一は男性だから安心できるわ」
「そうなんですか。意外と多いですね」
「未成年の男性のケアは最重要課題ですもの。この学校だって、男性教諭はそれなりにいるでしょ」
「そうですね。体育の吉岡先生にはお世話になっています」
「残念ながら心理療法士は女性だけど、もし心の問題を抱えたら、すぐに相談するのよ」
「……はい」
思わず苦笑してしまった。担任は一瞬きょとんとしたあと「笑い事ではないのだけど」と言い、周囲を憚るように声を落とした。
「何年かに一度は、精神的に不安定になって休学する男子生徒がいるの。よく覚えておいてね」
「分かりました。それで、奉活の内容ですけど」
「そうだったわね。奉活局が作製したリストがあって、そこから選ぶのだけど、当然お勧めできるものと、できないものがあるわ」
奉活先を記したリストには、「男性の奉活を希望する団体すべて」が掲載されている。
ゆえに未熟な16歳なりたてほやほやの学生には「お勧めできない案件」というのも存在しているらしい。
そっちの方が興味あるが、それを選ぶのはいろいろ駄目なんだろう。
「リストがあって、その中から選ぶんですね。でもリストだと名前だけ羅列されている感じですか? それだと俺は分からないですよ」
「当然そうなるわよね。奉活局の人と相談しながら決めることになると思うわ。ちなみにリストは毎月更新されるので、今月分はもう届いているわよ。見てみる?」
「そうですね。興味ありますけど、事前に家族と相談してからになりますので、いまはいいです」
「なるほど、賢明ね。リストから奉活先を選んだあとは、奉活局が手続きをすべてやってくれるわ。日時の調整と向こうへの伝達。当日何をすればいいかなど、すべてね」
「至れり尽くせりですね」
「当日は送り迎えもあるし、奉活中は目を光らせているから滅多なことはおきないわ。……そうそう、基本的に写真や映像に残されると思った方がいいわね。でもSNSを含めて、どこかに漏れた場合は、さまざまなペナルティが課せられるから、おそらく大丈夫なはずよ」
「ペナルティですか……きっと個人や団体それぞれに科せられるんでしょうね」
この世界のペナルティとか、かなり厳しそうだ。特区外退去とか普通にありそうで困る。
「奉活先だけど、特別なところへ行く場合は、制服や作業服などが支給されるわ。それ以外は学生服指定ってことくらいかしら。他に聞きたいことはある?」
「年に最低10回が義務なんですよね。途中で誕生日を迎えた場合は、どういう計算になっているんですか?」
「実はこれ、八月と三月を除いた十ヶ月で10回計算になっているのよ」
「月に1回って聞いたことありますけど、そういう意味なんですか」
「誕生月の翌月から開始だから、宗谷くんの場合、六月スタートとなるので、今年度は八ヶ月分が義務となるわけ」
「でも自分で増やす分は構わないんですよね」
「ええ、どうしても買いたい物、欲しい物があるとかで、増やす生徒はたまにいるわ。あと一日に二回も入れて、早い内に終わらせる生徒もね」
「そういうのも自由なんですね」
「逆にギリギリまで何もしない生徒もいるわ。そういう生徒は奉活局に呼び出されるから、お勧めはしないけど」
この世界、義務を果たさない男性には厳しいのだ。
しかし一回たった三時間の奉活で15000円も貰えるのだ。やらない手はないと思うのだが。
「奉活先ですけど、女子校とかって、来てます?」
「……? 当然来てるわよ」
「当然ですか?」
「思春期を迎える女性は、男性に飢えて……ケホン。出会いに飢えているものよ。町ですれ違っただけで、その日一日幸せに過ごせるくらいにはね」
そういえばそうだった。
この世界にやってきて一ヶ月と少し。分かっていたけど、こういうところでたまにミスをやらかす。
もし、もとの世界で俺が女子校に行けば、キャー、キャー騒がれる自信がある。もちろん悪い意味で。
さすがに捕り物用の刺股を持ち出されることは……ありえるな。
そんなイメージをずっと抱いていたため、どうにも女子校から求められると言われても、違和感がある。
「そうですか、女子校からも求められているんですね」
ヤバい、顔がにやけてきた。腰の辺りがムズムズする。
「やっぱり、リストを見る?」
「いえ、リストの閲覧は母と相談してからにします。ありがとうございました」
「また分からないこと、不安に思うことがあったら、遠慮しないで聞いてね。それと……」
担任はまた声を落とした。
「班外交流の件は聞いています。他のクラスの生徒もざわついているので、しばらく周囲が騒がしいかもしれないから、気をつけてね」
「分かっていてやったことですから、大丈夫です。ご心配おかけしました」
笑顔でそう答えたら、担任はもう何も言わなかった。
俺はまず、姉に相談した。
「姉さん、最初の奉活だけど、特区外へ行きたいと思うんだけど、どうだろ?」
「……タケくん、本気?」
「もちろん」
「本気なのね?」
「そうだよ」
姉はしばらく悩んだ顔をしたあと、一言ずつかみしめるように言った。
「私は反対だよ。昔に比べて、男性はずっと貴重になっているよね。でもそれが実感できていない大人はまだ確実にいるの」
「ほんの数十年前、男性は数十人に一人は産まれていたんだよね」
「そう。そこから少しずつ男性は産まれなくなっていったわ。四十代以上の人たちは、タケくんの同級生たちとは、感覚が違うのよ」
よく言われる「感覚の断絶」というやつだ。昔は良かった……という言葉をよく聞く。
男性の減少をリアルタイムで実感できなかった特区外の大人との交流は、ジェネレーションギャップどころか、異文化交流に近いと言われている。
「姉さんの言いたい事も分かるんだ。だけど最初は、特区外から始めたいんだ」
隗より始めよという言葉があるが、俺にとって一番の身近は、その特区外の人たちなのだ。
心のシンパシーと言えばいいのだろうか。
俺の性根は、いまだ外に住む彼女たちに一番近い気がする。
「タケくん、変わったね」
「そうかな?」
「私としては反対だけど、タケくんが思っている通りにしたらいいと思うわ。タケくんが変わろうとしているんだもの、姉としてはいつまでも昔のままではいられないし」
「ありがとう、姉さん。母さんにも相談してみるよ」
「それがいいわね。……あと、この前BBQに来た子とか、他にもフリーハグ券を渡した子がいるでしょ。あの子たちにも相談してみたら?」
「なるほど、それはいいかも。早速、聞いてみるよ」
真琴は親身になってくれるし、裕子は適切な助言をくれる。リエだって思いもかけなかった角度から核心をついてくれる。
俺は部屋に戻って、班員用に使っているカイトメッセンジャーを立ち上げた。
実はこのとき、彼女たちの間で、おそろしいやり取りがなされていることを俺は知らなかった。




