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062 祖母の話

 失敗した。

 感動のあまり、リエを抱きしめてしまった。


 気がついたら、リエが腕の中にいた感じだ。

 家族が見守る中で、そんなことをするつもりはまったくなったのに、どうしてこうなった?


 いや、理由は分かっている。

 リエやリエ母の境遇がもとの世界の俺に似ているのだ。


 妙な親近感があり、当時俺ができなかった一大決心をリエがしたことで、心のタガが外れてしまったのだろう。


 リエは庭のベンチで、ただの屍になっている。

 何となく、身体から蒸気が噴出している気がする。


「前はもっと引っ込み思案だったが、五年で存外変わるもんだねえ」

 履きだしに腰掛けていると、祖母がやってきた。


 まあ、そう思うよな。

 変わったのはつい最近のことだが。


「自分の将来のことですから」

「そうかい。まっすぐ前を向いていられるなら、それは良いことだよ」


「……?」

 意味深な言葉だが、何が言いたいのだろう。


「世の中には、ままならないことも多いのさ」

 俺が首を傾げていると、そんなことを言われた。


 祖母が言いたいのは、権力による横やりのことだろうか。

 俺が選んだリエや真琴、裕子……彼女たちの親は特別な力を持っているわけではない。わが家も同じだ。


 一般家庭同士の集まりだ。

 望んだからといって、その通りの将来が保証されているわけではない。


「まあ、なんとかやります。一応、その辺も考えていますので」

「……ほう」


 祖母は目を見開いた。

 どうやら、俺の返答が意外だったようだ。


「俺たちはいま、何者でもないですが、将来は分かりませんしね」

「なるほど、道理だ」


 祖母は呵々(かか)と笑い、俺の肩をパンパンと叩いた。酒も入っていないのに上機嫌だな。

「どうやら孫は大物に育ったらしい。先が楽しみだ」


 もういちど笑うと、祖母は行ってしまった。ちょっと大言壮語が過ぎただろうか。

「……まあいいや。将来は分からないのは本当だ」


 リエ母は、まだ母と談笑している。あちらは楽しそうだ。

 萌ちゃんたちは……少し暇そうにしている。


「ようし、そろそろデザートにしようか。冷蔵庫にアイスがあるぞ。ふたりともおいで。一緒に取りに行こう」


「「はいっ!」」

 俺は萌ちゃんと咲ちゃんを連れて、台所へ向かった。


 母が買ったのは、2リットル入りのデカいやつだ。

 パーティやBBQの定番だが、女性諸氏はカロリーを気にしないのだろうか。


「これを持っていってね」

 萌ちゃんが全員分の容器とスプーンを運び、咲ちゃんはアイスを抱えて庭に走っていった。


「さて……トッピングはどれにしようかな」

 余人は知らないが、俺の場合、アイスはオリジナルトッピングにしているのだ。


 蜂蜜、チョコチップ、抹茶粉、インスタントコーヒー粉、それにオリーブオイルを手に取った。


「このくらいでいいかな」

 これだけあれば、きっと好みの味が見つかるだろう。


 結果から言おう。

 オリーブオイルのトッピングは不評だった。


 おいしいのに。




 翌朝、祖母は地元に帰るため、支度をはじめた。次に来られるのは未定。

 そもそも仕事で日本中を飛び回っているため、先の予定などは分からないようだ。


 適度にお土産を買ったらしく、ちょっとした荷物になっている。

 俺は仕舞うのを手伝いながら、祖母に小声で質問した。


「ねえ、お祖母ちゃん。外の様子はどうなの?」

「なんだい、この前話しただろ」


「そうだけど、もうすぐ奉活(ほうかつ)がはじまるから」

 俺はできれば、特区の外へ出てみたいこと、そのためのハードルが高いので、奉活を利用するつもりであることを語った。


「変わったと思ったが、そこまでかい。特区の中に入れば、一生問題なく過ごせるだろうに」

「成人した男性の一部は、外で暮らすって聞いたけど」


「……まあ、間違っちゃいない。理由があって出て行くのもいれば、自分の意志で出て行くのもいる。それでもあまりフラフラと出歩いたりしないね。最近だと仕事で二、三会ったことがあるが、その程度だよ。昔に比べりゃ、かなり減ったね」


 祖母の年代だとまだ、男性の割合が多かったらしく、外の町を歩く男性はそれなりにいたらしい。

 時代的に、特区が出来たばかりのはずなので、住み慣れた土地を離れ難かった男性もいたのだろう。


 だがここ十年で、そんな様相もすっかり変わってしまったらしい。

 仕事やしがらみで特区の外へ出る男性はいるが、ごく少数。


 これからは、特区の中で一生を送る男性も増えていくのだろうと祖母は言った。


「こんな時代だからこそ、外に出てみたいんだよね。できれば自由に……だけど、それは難しそうだから、高校のうちは少しでもそういう機会を得ておこうかと思って」


「だったら話してやるよ。特区というのは日本の中じゃ、点みたいなものだ。ほとんどの女は、その点以外の場所で暮らしている」


「うん。特区の外は一様じゃないって話だよね」


「そう。地域でも違うし、同じ地域の中でも町単位で違っていたりする」

格差(かくさ)社会ってやつ?」


「うまいこと言うね。そう……格差という言葉がしっくりくるよ。都市部と農村部だけじゃない。華族が住んでいるかいないかでも変わるし、昔から『あそこに住む者とは付き合うな』と言われている土地だってある。歴史的に仲が悪い町同士で、片方が優遇されているところだってあるし、道一本でしか隣の町と繋がっていないところもね。そういうのをすべてひっくるめて、特区の外なんだよ」


「特区の外と言っても、大都会から限界集落までだもんね。ひとことで説明なんてできないか」


 特区の外に住んでいる人に「特区外ってどんなところ?」と聞いても、自分の住んでいる所を基準にして話すしかできない。


「じゃあさ、お祖母ちゃんの考える『都会と田舎』って、どんな感じ? どのくらい違うの?」


「難しい質問だね。通り一遍のことを知りたければ、中央府にある情報局へ行けば公開資料を閲覧できる。……でも、知りたいのはそんなことじゃないんだろ?」


「うん。実際に見てきた人のリアルの声が知りたいんだ」


「そうか。……なら話そう。農村部はいま、あきらめと無責任で成り立っている。もはや自分たちで改革を起こそうとも不可能な状態になっていて、あらゆることが『決められない』状態なんだよ」


 暮らしを自ら変えるには、痛みや苦しみを伴うこともあれば、より一層の我慢が必要なときがある。

 だが、それが選択できるほど外の未来は明るくない。


 ゆえに「あきらめ」が農村部全体に蔓延している。

 停滞が次の発展への小休止だと思える時代はとっくに過ぎているという。


「それがあきらめ……無責任というのは?」


「だれも音頭を取らないのさ。決められない社会というのは怖いものだとアタシは思うよ。だれも責任を取りたがらない。ゆえに無責任。もしだれか一人でも声をあげて、仲間を集めて行動をおこせば違うんだろうね。だけど、それを行えるようなカリスマを持った者はどこにも現れていない。ゆえに変わらない」


 何十年も都市部と農村部に荷物を運び続けた祖母は、まったく変わらない、変えようとしない農村部を嫌というほど見てきたという。


「じゃあ、都市部は?」


「希望を持てるだけマシだろうね。だけど華族が支配しているところだけ発展して、他は取り残されているね。人々は努力して特区に移り住もうとする。もしくは、特区の周辺都市へ移住したがる」


「それは分かるかな」


「都市部に住んでいるとね、富と人材と希望が特区に吸われる様を毎日見させられるわけさ。自分もそこに加わるか、自分の娘をそこに加わらせるか。そればかり考えて生きるようになっているね。つまり良くも悪くも、地方都市に住んでいても、見ているのは特区の中なんだよ」


 特区には夢も希望も詰まっている。

 そう考えて努力するか、子世代に夢を託そうとしているらしい。


「地方都市も大変?」


「ああ、特区の方を見ない連中は、その地を治める華族に従うのさ。その方が幸せに生きていける。それもまたひとつの生き方だとはアタシも思うけどね」


 その地方で絶対的な権力を持つ者におもねるのもまた、正しい生き様であるらしい。


「少しは参考になったかい?」

「そうですね。けど光り輝く存在が一人でもいたら、状況は変わるんじゃないですか?」


「ああ、もし万一でも、そんな人がいたら、社会は大きく動くだろうね」

 そう言ったものの、祖母は信じていないようだった。


 そして、「またヒマを見つけたら来る」と言い残し、祖母は帰っていった。


 地方の状況は分かった。

 もし、絶大なカリスマを持つ者がいたら、本当に社会は大きく動くのだろうか。


 俺は、祖母から聞いた言葉が、ずっと頭の中に残っていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 現在二周目ここから武人くんの心構え出来てくるのですね
[良い点] お前が!カリスマを持つんだよ!主人公!!
[一言] 続きが毎日とても楽しみです!ありがとうございます。
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