061 リエの夢
庭で行われたBBQ。
急遽、リエとリエ母が参加した。
とくに問題なく、BBQを楽しめていたのだが……。
「そういえば、リエ。武人くんに言うことがあったんじゃないの?」
リエ母からそんな発言が飛び出した。リエが俺に言いたいこと?
それは家族が揃っているところで話す内容なのか。
事実、リエは固まっている。
フォローした方がいいだろうかと俺が思っていると、リエ母はさらに爆弾を投下してきた。
「この前から、ずっと悩んでいたじゃない。結論が出たんでしょ」
「ちょっ、お母さん!」
「あなたの将来に関することよ。ここで言ったっていいじゃない」
「お母さんっ! その話は……」
思わぬ話の流れに、リエは「うあああ」と呻きだす。
リエ母はわざとだろうか、それとも狙って?
話の中身は分からないが、リエがのたうちまわっていることから、秘中の話なのだろう。
ここで話題にされて、相当困っているようだ。
話の流れに興味はあったが、リエは秘密にしておきたいようだ。
ならば、話題を変えれば……。
「だって武人君から『フリーハグ券』を貰ってからずっと、真剣に考えていたじゃない」
「ああっ!」
「それだけは」っとリエは手を伸ばしたが、もう遅い。
口から出た言葉は取り消せない。リエはうなだれている。
「……ふりーはぐ券?」
耳慣れない言葉に、萌ちゃんが首をかしげている。
母は「あー、あれね」という顔をしているし、姉は「ん?」と一瞬悩んだあと、思い至ったようだ。
祖母や美奈代さん、萌ちゃん、咲ちゃんは知らない。
「タケちゃんがね、リエちゃんたちに未来永劫、一緒にいようって告白したのよ」
「ちょっ、まっ!」
母よ、それはないだろう。こっちに飛び火したぞ。
しかも、身内に裏切られた。
「ほう……」
祖母が興味深そうにこっちを見た。
「もしかして、お兄ちゃんの婚姻相手になるのですか?」
「なるのですか?」
萌ちゃんと咲ちゃんが純粋な目を向けてくる。
「なにこの状況……」
全員の興味が俺に向いた。集中砲火かな。
「それでリエちゃんは、タケちゃんに何を言いたいのかしら? 気になるわね」
追い打ちか、母よ。リエのライフはすでにゼロだと思う。
ちなみに俺にも被弾しているんで、家の中に入ってもいいだろうか。
リエはいまだ復活していない……と思ったら、スッと立ち上がった。
「……リエ?」
「武人くん、ボクはこの前から、ずっと悩んでいたんだ」
「リエ……」
いつになく、シリアスなリエだ。少し怖いくらい、迫力がある。
「ボクは中学の三年間、ずっと水泳一筋で頑張ってきたんだ。最後の大会でも結果を残せたと思う」
「聞いたよ。表彰こそ逃したけど、凄かったんだってな」
引退試合で自己ベストを更新。そして、共学校のスポーツ推薦が得られるタイムまで、あとほんの0.1秒にまで迫っていたらしい。
「お母さんも応援してくれたし、将来は水泳の選手を目指そうと思っていたんだ」
「リエ……お、思っていた?」
どういうことだ。いまは目指していないということなのか?
「だけどこの前、武人くんから『フリーハグ券』を貰って、ずっとずっと悩んでいたの。お母さんは高卒で企業に就職してプロのスポーツ選手として活躍していたし、そういう道もあると思っていたんだけど、それより武人くんと一緒にいる方が何倍も、何十倍も大切だって気づいたんだ」
この前、わが家にきたときはまだ違っていたのだろう。悩んでいたのだと思う。
あの日、ママ会の事実を俺たちは知った。リエは家に戻って母親を問い詰めたのかもしれない。
なんで、黙っていたのかと。
そのとき、母娘でどんな会話が交わされたのか分からないが、リエに決断させる「何か」があったのだと予想できる。
それはおそらく、リエ母の境遇。
スポーツに傾倒するあまり、リエ母には青春はやってこなかったのだ。
「ボクは武人くんのために生きる! ……それがボクの望んでいることなんだって、気づいたんだ」
ぎゅっとこぶしを握って力説しているが、リエはそれでいいのか。
男性ひとりのために、目標を変えることになるのではないか?
「リエ、後悔するんじゃないのか?」
「ううん。ボクはよくばりだから、武人くんと一緒にいられる道を選ぶんだ。ボクは教師になる。子供たちに運動を教えながら、ボクは武人くんと一緒にいる!」
リエは、「我が生涯、悔いなし」とでもいうように、高々と腕を上げた。
世紀末覇者かな?
「……そ、そうか」
もったいないと思ってしまったが、自分の身に置き換えてみた。
もとの世界でもし、「美女と一生添い遂げられるが、武道は今日限りで捨てろ」と言われたらどうだろうか。
(捨てる。それはもう、迷わず捨てる。嬉々として捨てるだろうな)
俺はモテるために武道を習っていたのだから、厳密にはリエとは違うかもしれないが、気持ちは同じだろう。
女性のために武の道を捨てても後悔しないはずだ。
余談だが、真琴は公務員で、裕子は弁護士か研究者になるらしいので、夢を追いつつ、俺と一緒にいる道を選んだ。
リエも俺と一緒にいられる教師を選んだのだろう。
「分かったよ、リエ。俺はリエの夢を応援する」
教師だって、簡単になれるわけではない。
リエは俺のために最善となる道を選んでくれたのだ。
その決意をいま聞いた。しっかりと聞いた。
俺は感動した。リエの決意に心が揺さぶられた。
もとの世界でもし俺が、一生添い遂げたい女性と出会い、彼女のために何もかも捧げたとしよう。
その女性から「キモい」と言われれば立ち直れない。樹海の場所を調べてしまうかもしれない。
だがもし、もし……万が一、その運命の女性から「ありがとう」と言われたら、俺はどんな気持ちになるか。
最初は耳を疑うだろう。
それでも変わらないとしたら、俺は、俺は……世界を相手にしても戦える。戦ってみせる。
それくらい嬉しいと思う。
だから俺はリエに近づき、「ありがとう」と告げると同時に抱きしめた。
「ぐああああああ」
なぜだろう。耳元でリエの悲鳴が聞こえた……気がした。




