052 祖母襲来
祖母は、豪放磊落な人だ。
がさつとは少し違う。小さなことに拘らない性格で、この身体のもとの持ち主からしたら、天敵のような人。
それゆえ、祖母のことを考えると、身体が震えてくる。
昔の記憶を保持しているのも、考え物だ。
この世界、女性が普通に肉体労働をしている。
女性が多いのだから当然だ。
もとの世界でも、そういう女性はたまにいた。だがここでは、それが当たり前。
登下校中に、若い女性がタンクトップ一枚で生コンを運んでいるのを見ると、いまだにギョッとする。
祖母の職業は、大型トラックの運転手。握り飯片手にハンドルを握り、町から町へ物資を運んでいる。
陸運業というのは、体力がものをいうらしく、細い身体に溢れんばかりのエネルギーが詰まっているようだ。
つまり、何が言いたいかというと……。
「邪魔してるよ」
GW初日の朝、リビングに顔を出したら、すでにいた。
「お、お久しぶりです……」
声が震えてしまった。どうやら祖母と会ったときのトラウマを身体が思い出してしまったようだ。
「こういうときは、おはようって言うんだ、武人」
「お、おはようございます、お祖母さん」
「はいよ、おはようさん。少しは逞しくなったかい?」
「ど、どうでしょうね……ハハハ」
身体が回れ右をしようとしている。俺の身体なのに、なぜ?
「亜紀はどうしたんだい?」
「姉はまだ……受験勉強で毎晩遅くまで頑張っているみたいですから」
「ふうん。軟弱なことだね」
祖母は急須からお茶のおかわりを注ぐと、ズズッと音を立てて飲み干した。
時刻は朝の六時ジャスト。
姉どころか、母もまだ寝ている。休みの日なのだから、早く起きる必要もない。
しかし……と、俺は考えた。なぜ祖母がここにいるのか。
おそらくだが、祖母がやってきたのは、昨晩……というか、深夜だろう。
母のスマートフォンに連絡を入れて、家の呼び鈴をならさずに入ってきたに違いない。
「お祖母さんは、寝てないんですか?」
「年寄りは、睡眠時間が短くってね。それよりジャージを着ているんだ。トレーニングするんだろ?」
「はあ、そうですけど……まさか」
「どれ、アタシも座ってばかりで身体がなまっていたところだ。いっちょ、町を走ろうじゃないか」
出会って五分で並走が決まってしまった。
祖母の名前は、宗谷里子。
赤いちゃんちゃんこに手が届く五十代後半のはずだが、十歳くらいは若くみえる。
もちろん髪は白いし、シワも目立っている。
だが、日焼けした肌は健康的で、引き締まった身体は、現役のアスリートのようだ。
「あの時間に起きてきたんだ。普段走ってるルートがあるんだろ?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、アタシはついていくから、好きに走りな」
準備運動をしていると、そんなことを言ってきた。
この身体でトレーニングをはじめてもうすぐ一ヶ月。
もともと高スペックだったようで、もとの世界の俺くらいには、速く長く走れるようになっていた。
いや、もとの世界では短足鈍足だったので、比較するのがアレかもしれないが。
住宅街の外縁がちょうど四キロメートル。家を出て外縁を二周して戻ってくると、だいたい十キロメートルになる計算だ。
俺が走ると、祖母が少し後ろをついてくる。
最初は気になったが、走っているうちにどうでもよくなってきた。
いつものコースを終えて、家の庭で一息入れる。
「最後までペースが落ちなかったか。たいしたモンだな」
そういえば、忘れてた。
祖母は軽く息を切らせているだけで、疲労の色はない。やはり体力のバケモノだ、この人。
「お祖母さんこそ、ずいぶんと余裕ですね」
「長距離トラックの運転手はみんなこんなもんさ。それより、次は何をするんだい?」
「ああ……えっと、柔軟体操です」
「どれ、アタシが補助してやろうじゃないか」
祖母に手伝ってもらって、いつもより深く身体を折り曲げる。
祖母は無言で、俺の言う通りに動いてくれる。なんかちょっと不気味だ。
「十代は筋肉がつき難いといっても、少ないねえ。トレーニングは最近始めたのかい?」
「そうですね。高校に上がる直前くらいからです」
「だったら優秀だね。体幹はまだまだだが、手足には筋金が入りかけている。それなりの負荷をかけないと、こうはならないよ」
「ありがとうございます」
一応は、プロのアドバイザーが立てたトレーニングをこの身体に合わせてアレンジしたものだ。
なるべく効率よく、しかも身体を壊さないように鍛え上げるには、もとの世界の知識が大いに役立っている。
「それで、このあとは?」
いつもならば、空手の型稽古をするのだが、今回は止めておこう。何を言われるか、分かったものじゃない。
「いえ、これで終わりです。シャワーを浴びて、朝食です」
「……そうかい」
祖母は何も言わず、家の中へ戻っていった。
俺はプロテインを牛乳に溶かして一杯飲んだ後、熱いシャワーを浴びるため、浴室に向かった。
「しかし、いきなりか」
通常、田舎から祖母が出てきた場合、お小遣いをもらったり、お土産をもらったり、どこかに連れて行ってもらったりする。
だが、我が家の祖母はまったく違う。
一緒にトレーニングするくらいだ。このあとも通常の祖母と孫の交流とはいかないだろう。
「さて、何がおきるやら」
そんなことを考えていると、二階から「いつまで寝てんだい」「ぎゃあああ」という声が聞こえてきた。
俺は魔除けの十字を切ったあと、シャワーを浴びた。




