053 特区外の話
シャワーを浴びて戻ってきたら、母が朝食をつくっていた。姉の姿はない。
祖母はしれっとリビングで新聞を読んでいる。
「タケちゃん、おはよう。いっぱい走ってお腹空いたでしょ。もうすぐできるからね」
「うん。母さん、おはよう」
キッチンを見たが、やはり姉の姿はない。
俺はリビングで、祖母の前に座った。
「お祖母さん、聞きたいことがあります」
「……なんだい?」
ソファで足を組み、肘掛けに体重をかけたまま、祖母は興味深そうに俺を見た。
「特区の外について、いろいろ教えて下さい」
祖母が家に来ると分かったとき、まっさきに思い浮かんだのがそれだ。
この身体の持ち主は興味がなかったのか、あまり知識を持っていなかった。
祖母ならば、仕事でいろいろなところへ行っていると思ったのだ。
「ふうん。テレビを見りゃ、いいだろ」
「そういう映像というフィルターを通したものじゃなく、もっと生の声を聞きたいんです」
「……なるほどねえ。だれしも一度くらいは、外に興味を持つものなのかねえ」
祖母は納得した表情を浮かべつつ、「さて、どうしようか」と思案顔をはじめる。
根気よく、祖母の言葉を待っていると、朝食ができたと、先に母の声がした。
「話は飯のあとだ」
「はい」
キッチンのテーブルにつくと、母が「何の話をしてたの?」と聞いてきた。
「立派に育てたって話さ」
「まあ、母さんったら」
母は嬉しそうだ。
無言で朝食を終え、祖母を待っていると、「リビングで待ってな」と言われた。
言われた通りリビングに向かうと、テーブルの上に新聞が二部あった。
なぜ、二部なのか。よく見たら、片方はわが家で購読していないものだった。
首をひねっていると、祖母がお茶を持って現れた。
「で、外の何が知りたいんだい?」
「いろいろ……かな」
「ふうん。……特区外と言っても、ピンキリさ。たとえば高速道路からなら、立派な家が見える。だが、一歩奥へ入れば、まだまだ何十年も前の古い家が一杯あるんだ」
「どうして高速道路のそばだけ、家が立派なんですか?」
「特区もそうだが、用地買収のおかげだね。自宅の敷地だけじゃない。山林や畑、田んぼが引っかかれば、国が高値で買ってくれる。そのおかげで、いい暮らしができるのさ」
「なるほど……だとすると、その地域をよく知るには、もっと奥へ入らないとダメなんですね」
「そうだね。区画整理された場所はどこもキレイだが、そうでないところもたくさんある。舗装されてない道路でも、砂利が敷いてあればマシだが、むき出しの土だったりすると、雨の日なんか、あちこちで車が立ち往生さ」
もとの世界だと、舗装されていない道路なんかなかった。
少なくとも俺が知る限り、どこにも。
「雨でタイヤが滑るんですか?」
「そうだよ。あと知ってるかい? 土の道はね、タイヤが踏みしめない場所には雑草が生えるんだよ」
見たこともない光景だ。そもそもなぜ、舗装しないのだろうか。
「道路を整備するのは国ですか? それとも県? そんなにお金がないんですか?」
「国道は国の管轄だが、それ以外は県や市、町だね。だいたい行政が分割されていくほど予算が足らないのさ」
「予算が足らない……」
単純に人口が少ないというのもあるだろう。
特区の維持にかけるお金だってある。特区は日本全国から少しずつお金を注ぎ込まれることで成り立っているのだから。
「結局のところ、各県の予算なんていうのは、殿様の胸三寸だからねえ」
「殿様?」
変なワードが出てきたんだが。現代に似つかわしくないというか……殿様?
「おや、知らないかい?」
「えっと? 各県ですよね。トップは県知事とかじゃないんですか?」
小学校のとき、県庁所在地とか必死で覚えた記憶があるぞ。
「華族の殿様だよ。この国を支配しているのは結局は華族なのさ」
「えーっと……」
記憶を掘り起こすが、そんなものは出てこない。
華族については知っている。外国の貴族みたいなものだ。
この世界では、第二次大戦がおきなかったことで、現代の歴史はそれなりに変わっている。
華族制度が残っているのもそのためだ。
「華族が殿様なんですか?」
「華族といっても、いろいろあるのさ。数少ないその本流だけが、殿を名乗れるわけだ。たとえば、長野県と石川県は昔から土岐氏が治めていたんだが、そのへんは歴史で習ったろ?」
「ええ……」
「いまは土岐家となって、二つの県を支配している。たしかに知事がいるが、華族の意向を無視したら途端にコレだよ」
祖母は、首を切るマネをした。それだけ長野では、土岐家が力を持っているらしい。
西洋の貴族にも位の高い低いがあるように、日本の華族にもいろいろあるようだ。
そうやって県単位で力を持っている華族もいれば、町単位くらいしか力を持っていないのもいる。
彼らに共通しているのは、その土地に住み、そこでしか権力を発揮できないこと。
そのかわり、自身の支配下であれば、王のように振る舞えるらしい。
「華族は土地持ちだからねえ。そのあがりだけで食っていけるのさ。うらやましい話だ」
昔は『城』と『城下町』があった。いまは華族の屋敷と、ただの町になっている。
ただし、町の土地はまだ華族がかなり所有しているので、家や商店、ビル、工場、駐車場などの賃料だけで毎月莫大なお金が入ってくるのだという。
「だから殿様……昔と変わらないわけですか」
駿河や相模、武蔵の国なんて言っていた時代があった。
そのときの影響力を現代まで持ち続けているのだろう。
「そういうことだよ。でだ、特区外の話に戻るが、そういった町は発展している。なにしろ、殿様のお膝元だからね」
「分かります。発展していた方が、儲けが大きいからですね」
「そう。反対に、華族の影響下にない小さな町や村もある。そういうところは悲惨だ。苦労に苦労を重ねて自分たちでインフラを整えたって、認可権を持ってるのが華族様たちだからね。小指の先で、水道料金くらい、簡単に上げ下げされてしまうんだよ」
その後も祖母は、特区の外にまつわる話をたくさんしてくれた。
分かったのは、特区とその周辺だけが、かなり恵まれているということ。
地方は華族が住んでいる周辺はかなり発展しているものの、町と町の間や、華族の息がかかっていない場所は悲惨であること。
加えて、地方には地方のルールと言うか、華族の意向が色濃く反映されていて、実際に足を運んでみないと分からないことが多いことも。
「テレビで映している特区外の景色なんざ、みんな華族のお膝もとさ。あれが外の標準なんて思ってる特区民は多いんだろうけどねえ」
やはり聞いてみるものだと、俺は思った。
自室に戻るため、二階へいくと、廊下の途中で姉が力尽きていた。
何があったのか、「ぐぎぎぎぎ」と呻いている。
俺は姉をまたいで、部屋に戻った。
主人公がシャワーを浴びている間……
祖母「5分で新聞買ってきな! 遅れたら、しょうちしないよ」
姉「はいっ!」
という体育会系な会話がありました。




