049 母の真意
噴水デート。そう、噴水デートだ。
ママ会が行われているなら、その情報は筒抜けになっているといっていい。
俺とリエの視線が交差した。
「そうだね。久しぶりに行って、楽しかったよ」
楽しかったねと、ふたりで頷き合う。
「そうなんだ。最後にフリーハグ券を渡すなんて、タケちゃんもやるようになったわね」
「ぐはっ!」
「ぐがっ!」
俺とリエが同時に胸を押さえた。
「な、なんで知って……」
「それは聞いたからよ」
「…………」
緊急事態だ。俺のライフもゼロに近づいてきた。まさかフリーハグ券が、母の知るところとなるとは……。
「お母さん、ちょっと驚いちゃったなー。亜紀ちゃんに聞いたら、事前に聞いてたって言うじゃない。なんかもう、仲間はずれにされた気分?」
「いや、仲間はずれとかじゃなくて……」
なにこの流れ。いじめかな?
「でも、男の子の成長って早いものね。もうそんな歳になったんだーって思ったし、その相手が知っている人の娘さんたちでしょ。お母さん、ちょっと嬉しくなったかな」
リエが「あううう」と言葉にならない何かを発している。
気持ちは分かる。いたたまれないのだろう。
「それでなんて言って渡したの?」
母は目をキラキラと輝かせている。だめだこれは、逃げられない。
その後も母の独演会は続き、リエが蒸気機関車のようにプシュー、プシューと蒸気をあげていた。
ごめん、リエ。ほんとごめん。
夕食を終え、リエが帰っていった。
遅い時間だから送っていこうかと提案したところ、リエと母が変な顔をした。
考えてみれば、夜道の独り歩きが危険なのは、男性の方だった。
知識としては分かっているものの、どうもそのへんの考え方が、いまだ慣れない。
「今日は楽しかったわ」
母がそんなことを言ったので、ピーンときた。
「もしかして、リエを家に誘ったのって」
「タケちゃんが選んだ人でしょ。偶然見かけたから、どうしてもよく知っておきたいと思ったのよ」
リエの家がどこか知らないが、同じ中学だったのだから、ここからそれほど離れていないはずである。
偶然見かけることもあるだろう。フリーハグ券のことがなければ、声をかけなかったかもしれない。
「リエも困ってたじゃん」
「そうねえ。悪いことしちゃったかしら。でもタケちゃんが選んだ女性ですもの、会っておきたかったのよ」
母が悪びれずに言う。まあ、それが息子を持つ一般的な母親の心境なのかもしれない。
もとの世界でも、やたらと娘の交際関係に口を出す父親とか定番だったわけだし。
「いずれ婚姻を結ぶわけでしょ。早いほうがいいと思ったのよねえ」
「ぶふぉぉー!」
「あらあら、タケちゃん。どうしたの?」
「か、母さん……?」
「でもあれを渡したってことは、そうなんでしょ?」
「そ、それは……そう……なんだけど」
まさか親子でそんな話をするとは思わなかった。まだ15歳なんだが。
いやでも、早いわけではないのか?
この世界では、男女ともに16歳から婚姻可能だ。
もとの世界では「結婚」という便利な表現でいろいろ表してしまっているが、この世界ではあまり使われる言い方ではない。
結婚は、男女が夫婦になることを指すため、一対一の意味合いが強いからかもしれない。
その辺はおいといて、この世界は一夫多妻制であるが、これは男女比を考えれば普通のこと。
問題はその形態なのだが、日本の場合、『同居婚』と『通い婚』のハイブリッドが主流となっている。
平安時代の頃は通い婚が一般的だったが、時代が進むにつれて同居婚が増えていく。
しかし通い婚が消えたわけではなく、両者がうまい具合に共存してきた歴史がある。
つまり母は、俺が真琴、裕子、リエと婚姻を結ぶことを知り、早い内に接触を持っておきたかったと言ったことになる。
俺としても、三人と離れるつもりはさらさらなく、それはその通りなのだが、親の口から告げられると、なんだか照れくさくない。
「婚姻は急がないよ。それにしばらくはこの家から出るつもりもないし」
婚姻については、中学のときに授業でガッツリと習っている。
重要なことだからだろう。おそらく高校でも習うはずだ。
授業では、内縁の妻や事実婚があることを伝えた上で、「ちゃんと婚姻してもらうようにしましょう」という方向で授業が進められていた。
男子に向けてではないが、意味は同じだ。
それが社会のあり方なのだから、男子はちゃんと婚姻するようにというわけだ。
ちなみに通い婚の場合、何人の女性と婚姻を結んでも、財布は別にしているところがほとんど。
同居婚でも別にしている場合と、同一にしている場合がある。
戸籍だが、これは難しい。
男性がだれかと婚姻を結ぶと、新戸籍といって、戸籍の筆頭者になる。
自動的に母親の戸籍から除籍されるのだ。
真琴たちの場合だと、俺の戸籍に入籍するわけだが、問題は母や姉、叔母などだ。
俺が婚姻を結んだ時点で、特区に住める条件を満たしていない場合、退去することになる。
幸い母や叔母はその条件を満たしているが、安心はできない。
条件を満たさなくなる可能性はゼロではないし、もう少し税金の安い家に引っ越すかもしれない。
以前俺が述懐した通り、この家はどんなにがんばっても、俺がだれかと結婚するまでの暫定的な住み処となるのだ。
「私たちのことは別に気にしなくてもいいのよ」
「いや、そうわけじゃなくて、俺はやることがあるから」
「やること?」
母が不思議そうな顔を浮かべた。
「そういうわけで、いろいろ急がないから」
「そう? ……タケちゃんの好きにしたらいいけど」
「リエは今日会ったけど、真琴と裕子はどうするの?」
おそらく今頃、三人でさぞかしチャットが盛り上がっていることだろう。
「そうね。年内には会っておきたいかしら。別々に話をした方がいいわね」
母はそう言って、上機嫌で後片付けをはじめてしまった。
真琴と裕子なら大丈夫だろう。
まあ、がんばれ。もう流れ弾が当たるのは勘弁してほしい。




