050 班外交流(3)
まさかリエが、母に連れられて家に来るとは思わなかった。
だが、あれはあれでいい経験になった。
この世界の女性は、中学生か高校生くらいから、将来を本気で意識しはじめるらしい。
男性はもっと遅い。重要な決断だからこそ、あえて先延ばしにしているのかもしれない。
もとの世界の俺はどうかというと、小学生の頃から本気で考えていた。
本気で将来について考え、行動に移していた。効果なかったが。
中学生にもなると、段々と世間のことが分かってくる。
将来はガタイを活かした職に就き、月に二回くらい着飾った女性が隣に座る飲み屋に通う生活になるだろうと思うようになった。
あの女神が現れる直前くらいで、「飲み屋の女の子ですら引かれたらどうしよう」と不安に思ったものだが、本当にそういう道しか残されていないと思っていたのだ。
学校へ行くと淳が女性たちに囲まれて困っていた。
「おはよう、淳。どうしたんだ?」
「ああ、宗谷くん、おはよう。なんでもないんだ。ただちょっと……家の事情でね」
「……? 深く聞かない方がいいのか?」
「そうしてくれると助かるかな」
「分かった。それより、もうすぐGWだな。どっか出かけたりするのか?」
俺と淳が話しはじめたことで、女性たちが散っていった。
男同士の会話を邪魔すると、他の女子の受けが悪くなるからだ。
そのまま休みについて二人でバカな話をしていると、チャイムが鳴って担任がやってきた。
さっき淳にまとわりついていたのは、同じクラスの女子だ。班員ではない。
班員は遠巻きに眺めていた。
家のことを話し合うのに、班員がいても仕方ないから、淳が遠ざけたのだろう。
何の話だったのか気になるが、家の内情を俺や班員に聞かれたくない気持ちも分かる。
俺は気にしないことにした。
「よし、放課後だ。今日は二班だな」
班外交流の二日目だ。今回はどんな話が聞けるのか、結構楽しみだったりする。
……あれ? これは俺が夢見た「キャバクラ」というやつじゃないのか?
「……へえ、特区内生と特区外生で班を組んだのか。おもしろいね」
「そうなんです。はじめはうまくやれるか心配だったんですけど、すぐに親しくなれました」
元気よく答えたのは与田美乃里さん。
二班の班長をしている特区内生だ。
「わたしたち三人とも、一回も特区の外へ行ったことがなかったんです」
「居住票を取得するのも面倒だったし……」
「居住票って毎年更新するから、お金がかかるんだよね」
「「「そうなんですー」」」
特区に住む三人は声を揃えて言った。仲がいいことだ。
特区住みであることを証明する居住票は、役所で発行してくれる。
期限は翌年の年度末までで、毎年更新する必要がある。
また発行料に5000円くらいかかるため、学生の半数くらいは申請しないらしい。
特区外へ出かけるときに居住票が必要になるのだが、なぜ特区に住む者がわざわざ手間とお金をかけてそんなものを取得しなければならないのかと、不満が大きいらしい。
これも税金みたいなものだ。
特区に住み続ける出費の一つとして享受しなければならない。
「だから私たち、今度みんなで外へ行ってみようと思うんです」
これまで偏見の目で見ていたらしいが、同じ班員として親しくなったことで、そういったこともなくなってきたという。
「それはいいことだね」
本当にそう思う。
「逆に私たちは、特区内生ってすごくお高く止まっているんじゃないかって、ずっとビクビクしてたんです」
「奴隷のように扱われるんじゃないかって、母も心配していて……」
特区外生の二人は互いに目を見交わしあった。
「実際はどうだった?」
「そういう人も中にはいると思いますけど、いまではそんなことないって分かります」
「わたしもこの学校に来てよかったです」
特区外生の二人の顔は朗らかだ。本当にそう思っているのだろう。
「それはよかったね。けど、そういう偏見っていうのかな。誤解みたいなのは、なぜおきるんだろうね」
「やっぱり、テレビの影響じゃないですか? 特区の素晴らしさみたいなのをよく放送してますし」
「特区に住んでいるだけで選ばれているって気になりますから」
「わたしたちみたいな外の住人は、気後れしちゃいます」
メディアでは、特区のここが優れているとか、この店が素晴らしいなどの、いわゆる『特区上げ』が普通らしい。
これはおそらく、社会を維持するために必要だからだろう。
特区在住に負担を強いるのは、これだけ素晴らしいところだからですという免罪符にもなるし、特区の良さをことさらアピールすることで、外に住む人たちの競争心を煽っているのだろう。
やはり、教育の影響は大きいと思う。
こうして二回目の班外交流も成功裏に終わった。
翌日。
三班は淳のいる班との交流会だ。
淳に聞いたところ、もちろん参加するということだったので、再び談話室に向かった。
「あの……本当にプレゼントとか、いいんですか?」
班員の一人が、おずおずといった感じで切り出しだ。
「みんなにも言ったけど、そういうのは受け取らないことにしているんだ」
「……はあ」
淳が選んだ班員だけあって、全員がいいとこの女子なのだろう。
男性に足労をかける場合、相応な見返りを渡しておくべしという家訓のようなものがあるらしい。
事前に聞かれていたので、そういうのは一切受け取らないと伝えてある。今後もだ。
「宗谷くんは珍しいタイプだよね。受け取っておいた方が、何かと便利だと思うけど」
妙な軋轢を生むこともないし、双方の気分がよくなるのは分かっているが、特区内生からだけ受け取るわけにもいかないし、かといって自分から言い出したのに、全員から受け取るわけにもいかない。
「特区内では普通のことだってのは理解しているけど、これは俺の意地かな。自分で言い出したときは、自分の意思を通させたいってことで」
「そういうことでしたら」
「わたしたちは、宗谷くんの意見に従います」
多少変わったことを言ったりしても許容してくれる雰囲気がこの世界にはある。
どうやら、彼女たちは納得してくれたようだ。
「聞きたいことはいろいろあるけど、今回のこの試み、みんなはどう思った?」
生粋の特区内生は、俺の班外交流をどう思ったのだろうか。それが知りたかった。
「奇特な……こほん、とても素晴らしい考え方だと感動しましたわ」
一人の女子が答えると、他の人もしっかりと頷く。彼女たちの意思表示は完璧だ。
「僕から言わせてもらえば、だいぶ助かったかな。目立たず、一年を過ごせそうだよ」
クラスの話題は俺に集中しているらしく、淳はニコニコ顔だ。
「すでに他クラスが動きはじめましたので、警戒が必要かもしれませんね」
「ん? どういうこと?」
「どのクラスも、男子と同じ班になれなかった女子は大勢います。その人たちから私たちのクラスは羨ましく思われているようです」
「ああ、なるほど……それが嫉妬に変わるかもってことかな」
もう他クラスで話題になっているとは思わなかった。だが、遅かれ早かれ、この情報は拡散するだろうとは考えていた。
「これまでなかったことですので、いまはどうしていいか分からない状況だと思いますが、近いうちに何らかのアクションが予想されます」
さすが特区内生。状況をよく理解している。
おそらくだが、「ずるい」と考える女子が一定数出てくるのだろう。
その矛先は俺に向かうか、班員に向かうか、クラスの女子に向かうかは未定。
だが、他クラスのことと無視するとは思えないのだと彼女は考えているようだ。
「何かあったら、俺が出るよ。ある程度のことは織り込み済みだから、すぐに知らせてくれる?」
俺がそう言うと「まあ」とか「あら」と感嘆の声があがった。
しいて他のクラスと敵対するつもりはないが、俺は目の前の彼女たちをふくめた全員と親しくなりたいし、幸せになってもらいたい。それは特区内外問わずだ。
「そういえば淳」
「なに?」
「将来のこと、どれくらい考えている?」
俺が尋ねると、ここにいる女子全員が「ぶふぉっ!」と吹いた。
火山噴火のマネかな。




