048 黒歴史
まさかウチの母が、リエの母親たちとママ会を開いているとは思わなかった。
しかもかなり仲が良さそうな雰囲気だった。
俺は知っている。女子同士の間に秘密なんてあったものではない。
「実はここだけの話なんだけど」などと、学校の休み時間に何度聞いたことか。
それも周囲に聞こえる声でだ!
「○○くんと付き合ってるの。部内にはナイショなんだけどね」なんて、聞きたくもないのに聞こえてくるのだ。
一度俺は振り向いて、「秘密の話なら他でやれ」と親切に注意してあげたことがあるが、無言で逃げられた。
その場にいた女子全員が、走って逃げ出したのだ。思い出したら、涙が出てきた。
まあ、そういうわけで、仲のよい女性同士の間では秘密など、あったものではない。
共有するのが当たり前と思っているフシがある。
今後は言動に注意しないと、すべて筒抜けになってしまいそうだ。
いや、すでに遅いのか?
恐る恐る母を見ると、分かっているわよとでも言うように、ゆっくりと頷いた。
「リエちゃんのことね?」
「……?」
「安心なさい。タケくんのことは、ちゃんと大事にされているから」
「どういうこと?」
「捨ててって渡された銀色のシャーペンは、大事に保管してあるみたいだし」
「ああああ……」
それはっ! とリエが手を伸ばしたが、もちろん遅い。
「銀色のシャーペン? ああ、芯が出なくなって捨てようとしたやつか」
代わりに捨ててきてあげるとリエに言われて、渡した記憶が残っている。
捨てずに持ちかえったのか。壊れて使えないのに。
「買い物を頼んだときの手書きメモは、手製の額に入れて、いまでも飾ってあるっていうし」
「ぐあああああ……」
リエが頭を抱えている。
「細かい指定が必要なときは、その都度ノートの切れ端に書いて渡していたけど……額?」
「うっ、いやその……」
リエの口が「あわわわわ」の形にわなないている。
「あと……たしか、永久欠番が」
「ぬおおお……それ、はじめて名前呼びを許してくれた日のやつ……」
「リエ、自分で言ってるぞ」
「しまったぁあああ」
ガーンと膝から頽れたが、リビングまであと少しだぞ。
「それだけタケちゃんは大事にされているってことよ」
「ボクのライフが……ううっ」
塩をかけた後のなめくじになっているが、水をかけた方がいいのだろうか。
「あちらのお母さんは、心配してたわ。水泳の大会の日程は絶対に知られないようにしてって、箝口令をしいたらしくって」
「そ、それは……」
「そういえば、中三最後の大会、いつの間にか終わってたよな。すごい記録を出したんだろ?」
なにかの記録に迫るタイムだったとかあとで聞いた。
「あと0.1秒早かったら、若宮高校の推薦が取れたんですって。すごいわよね」
若宮高校というのは、特区にあるもう一つの共学校だ。
「そこの推薦が取れるレベルなら、普通に若宮を受けたら、受かったんじゃないか?」
推薦枠を使わずに、スポーツ推薦レベルの選手がゲットできるのだ。
向こうも下駄を履かせるくらいするだろう。
「いや、あっちは興味ないし……」
「それより、なんで大会の日程を知らせてくれなかったんだ。真琴と裕子も応援に行けなくて悔しがってたんだぞ」
「は、恥ずかしいし……知り合いがいたら、実力が出せなくなりそうで……というかもう……いっそひと思いに」
リエは切腹するマネをしつつ、首を差し出してきた。
そんなとき、母がおもむろにスマートフォンを取り出した。
「帰りがけに注文しておいた料理がボックスに届いたみたい。リエちゃん、こっちで夕食するのは、お母さんにはもう伝えてあるから平気よ。じゃ、ちょっと取ってくるわね」
いそいそと、母は出かけてしまった。
リエを家に連れてくることを決めたあと、すぐデリバリーを注文したのだろう。
母が玄関から消えても、リエはまだ「あばばば」とヤバい雰囲気だった。
復活できるのだろうか。
黒歴史を男性側の母親から聞かされるというのは、どういう心境だろう。
いや、リエを見れば、だいたい分かるが。
母が頼んだデリバリーはピザだった。他に生ハムとソーセージの詰め合わせ。
「すぐにサラダを作っちゃうわね。そこに座ってて」
二階から姉が下りてきて、リエを見て固まる。母とリエを見比べたあと、小さく息を吐いた。
「はじめましてよね。武人の姉の亜紀よ」
「はじめまして、江藤リエといいます」
リエがピョンっと立ち上がり、頭を下げた。
「リエちゃんはね、タケちゃんと中学の時に同じ班だったの」
サラダをテーブルに並べた母が説明する。姉はというと、予想していたのか、驚きはない。
「いつも武人がお世話になっています」
「いえ、とんでもないです。何の役にも立てず、すみません」
「そんなことないわよ。タケちゃんのこと、すごく大事にしてくれているんだから」
「ぐおおおおお……」
リエがまた頭を抱えた。
そこから和やかな夕食が始まった。
母は雑談でリエの緊張をほぐしている。そんな様子を眺めていると……。
「そういえば、ピザで思い出したけど、タケちゃん。あなた、調理実習でリエちゃんたちの料理、食べたことがあるでしょう?」
いきなり、話を振られた。
調理実習は記憶にある。たしかあれは……。
「あれはピザじゃなくて、パスタだったと思うけど」
中学はどのクラスも男子一人に対して、女子三人が班員となる。必要以上に男子を萎縮させない措置で、これはどの共学校も同じ。
ただし、体育や家庭科は、男女別の授業だ。
二クラス合同で技術と家庭科に別れて学ぶ。
たしか調理実習で、どの男子も女子の作った料理を食べていた記憶がある。
「そうそう。あのときタケちゃんに何を食べたのか聞いたら、ケチャップのスパゲッティって言うんですもの。あとで他のママさんに聞いちゃったわ」
「あー……」
この身体の持ち主は、そういうものに興味ないみたいだったしな。でも、合ってるよな。
ん、でもこの記憶は……。
「そうしたら、作ったのはボロネーゼだっていうじゃない。お母さん、おどろいちゃったわ」
「ぐああああ……」
トマトベースのソースだけど、そもそもケチャップ使ってないじゃん。
何やってんの、俺。
「すっごく練習したらしいのに、この子ったら。それじゃ、作りがいがなくなっちゃうわよ」
「そ、そうだね、ははっ……」
消したい。この記憶を消し去りたい。
リエの方をチラっと見たら、なんとも微妙な顔をしていた。
おそらく俺にボロネーゼを食べてもらうために、相当練習したのだろう。
それをケチャップスパゲッティとしか認識してなかったと知ったわけだ。
黒歴史を披露されて悶絶するリエの気持ちがよく分かった。
というか、母は最強だな。言葉だけでクマをも倒すぞ、これは。
「この前はどうだったのかしら?」
「この前というと?」
「噴水公園でデートしたんでしょ」
母の一言で、俺の心臓が跳ね上がった。
リエはというと、椅子からピョンと跳ねた。ウサギかな?
武人母「リエちゃん、借りるわね」
リエ母「いいけどあの子、借りてきた猫みたいになると思うの。アレの話をしていいから、緊張ほぐしてあげて」
帰宅途中、そんなメッセのやりとりがありました。
アレが主人公に被弾したのは、武人母のせいです。




