047 訪問者
急遽始まった班外交流だが、一回目を終えただけでもかなり収穫があった。
やはり、彼女たちから話が聞けるのはいいことだと思う。
夕方になって、母が帰ってきた。今日はいつもより早い。
「おかえり、母さん」
玄関まで出迎えると、母は背後を振り返って「さあ、入って、入って」と促している。
「お客様?」
母が家に人を連れてくるのは珍しい。しかし、相手はなかなか玄関口に顔を見せようとしない。
しばらく待っていると、玄関扉の陰から小柄な女性が姿を現した。
「……リエ?」
中三のときの班員江藤リエだった。
「…………」
小さな身体をさらに縮こまらせて、なんだか借りてきた猫のようになっていた。
「さっき偶然、道で会ってね。連れてきちゃった」
「連れてきちゃったって、母さん……あれ? リエのこと知ってるの?」
直接紹介したことはないはずだ。
「そうね。知ってるわよ。詳しい話はあとにしましょう。さあ、上がって」
困惑顔のリエは、俺に助けを求めてきた。
「いまさら帰るわけにもいかないだろ。とりあえず、家にどうぞ」
リエは絶賛混乱中だが、俺も同じだ。
「……お、おじゃま、しま……す」
壁や置物にも触れたら電流が流れるんじゃという警戒ぶりで、リエはおっかなびっくり、リビングまで歩いていった。
「……でも、なんで?」
いくら考えても、母がリエを家に招待した理由は分からなかった。
「そりゃ、知ってるわよ。リエちゃんだけでなく、真琴ちゃんと裕子ちゃんのこともね。あちらの親御さんとも、定期的に連絡取っているもの」
ネタバラシは、あっけなく行われた。
なんとリエだけじゃなく、真琴や裕子の母親たちと、ひそかに『ママ会』なるものが結成されていたのだ。
「知らなかった……」
とはリエの弁。俺も知らなかった。つか、絶対に内緒にしてただろ。
「こっそりとね、定期的に情報交換してたのよ」
「やっぱりか……でも、なんでまた」
「そりゃ、無用な軋轢を生まないためによ。男の子の親の場合、学校の参観とかは結構気を使うのよ。だから、それ以外の場所で情報を共有しあって、役立たせていたわけ」
「そういえば母さん、学校にあまり来なかったけど……仕事が忙しいからだと思ってた」
かわりに、姉が何度か来た。
思い返してみれば、小学校のときでも、母は年に一度来るかどうかだった。
だがそうすると、不思議なことがひとつある。
中学校にあがってから、母が学校に来たことがあっただろうか? それくらい、学校とは距離を置いていた気がする。
そんな状態で、どうやって他の母親と知り合えたのだろうか。
「ほんとは母親同士の交流はしない方がいいと思ったんだけど、ついつい知ってる名前を見つけてね」
「……ん?」
「弥生さんって、フライングディスクの選手だったのよ」
「……んん?」
「えっ、選手時代のお母さんを知ってるんですか?」
「知ってるわよ。数少ない男女混合競技でしょ。テレビで見てたもの」
円盤を投げてうんちゃらする『フライングディスク』という名のスポーツがあるらしい。
男女混合競技ということで、この世界ではそれなりに人気だとか。
男性が試合に出場することで、「見る専」の多い競技なのだろう。
特区外だと、どうがんばっても女子のみのチームになるだろうし。
そしてリエの母親である弥生さんは、社会人チームに所属する選手だったらしい。
現在はすでに引退済みだが、現役当時は何度もテレビで試合風景が放映されていたとか。
「リエのお母さんって、すごかったんだな」
「ボクが物心つくまえに引退しちゃったから、話でしか知らないんだけどね」
弥生さんは、『フライングディスク』チームを社内に持つ大手企業の選手だったわけだ。
人気のある競技なので、企業が威信を賭けて……というのは大げさかもしれないが、ライバル企業とかなり本気で競っていたらしい。
当然、選手には優遇措置がある。
リエが特区に住めるのもそのおかげだろう。
「そんな人の娘さんが、タケちゃんと同じ班でしょ。これはと思って、私から声をかけたのよ」
「そうだったんだ……」
結果、真琴や裕子の母親とも仲良くなり、こっそりと『ママ会』が結成されたらしい。
もう一度言おう。そんなことになっているなんて、俺はまったく知らなかった。
「まさか俺たちの親が裏で会っていたなんて、おどろいたな」
リエもゆっくりと頷いた。
「お母さん……時々、思わせぶりなこと言ってたかも」
リエには、思い当たるフシがいくつかあったようだ。
「そういえば、男女混合競技? そんなのあるんだな」
バドミントンやテニスなどのダブルスではたまに見かけるが、普通のスポーツで男女混合というのは珍しい。
「うん。お母さんは、運動神経しか取り柄がなかったから、男の人と一番接する機会の多い競技を選んだんだって」
身も蓋もない意見、ありがとう。でもそれは言わない方がいいんじゃないかな。
「な、なるほど、でもそれしか取り柄がないなんてことはないだろ」
それじゃまるで、俺みたいじゃないか。
「うーん、でも学生時代のあだ名が『からけ』だったって笑ってたんだ」
「あだ名が『からけ』?」
どういう意味だろうか。
「ボクもよく分からないから、お母さんに聞いたんだけど、笑って教えてくれなかったんだ」
「なんだろ。まあ、あまりいい意味じゃないのかもしれないけど……それで、フライングディスクを通して、男性と親しくなれたのかな?」
「それが、そっちばっかりにのめり込んじゃって、練習に次ぐ練習で、毎日走ったりディスク投げたりしている間に、なんかみんな相手が決まっちゃって、それでますますのめり込んだら企業からスカウトされたんだけど……」
「うん」
「そこでも特訓ばかりしていたら、まわりにはだれもいなくなっちゃったんだって」
「つまり……?」
「スポーツに打ち込みすぎて、出会いはゼロだったんだって……えっ? どうして泣いているの?」
「いやちょっと……」
涙が止まらない。
「武人くん? えっ? ええっ?」
「なんかもう、身につまされて、他人とは思えなくなってきた……」
「泣く要素あった!?」
リエには分からないだろう。同じスポーツマンとして、俺は大いに同情する。
きっと練習で汗を流し、練習後に仲間だった男女が仲良く町中へ消えていくのを見て、目から汗を流したのだろう。
うん、よく分かる。よく分かるよ。
しばらくの間、俺の涙は止まらなかった。
からけ……分からない人は感想欄を見ると、だれかが書いてくれていることでしょう。(希望的観測)




