40.5 ネオ特区計画 (※宗谷 美奈代)
私は長野の片田舎で、一生を終えるつもりでいた。
早く就職して、早くお金を貯めて娘を産もう。
娘の成長を見ながら、穏やかに過ごす。
それが私の人生だと、子供の頃からそう思っていた。
母は長距離トラックの運転手をしていて、いつも家にいなかった。
私は、八歳上の姉に育てられたと言っていい。
あとで思い返せば、姉は早熟で、責任感の塊のような人だった。
姉は文句ひとつこぼすことなく、小さな私の面倒をみてくれた。
私が小学校にあがると、姉は母のつてで運送会社でアルバイトをはじめ、そのまま就職してしまった。
姉はすぐに難しい仕事を任されるようになり、独学でプログラムを学ぶようになった。
一度、なぜそんなことをするのか聞いたことがある。
姉は笑って、「これで人と荷の動きを制御すると、業務効率が格段に上がるのよ」と言っていた。
よく分からないけど、すごいことなんだと思えた。
私はというと、とくに考えることもせず、母や姉が勧める役所勤めを目指すようになった。
幸い勉強ができたので、地方公務員になるのは、それほど難しいことではないと思われた。
そんな私に転機が訪れた。もっとも、訪れたのは姉の方だ。
24歳になった姉は、人工授精で二人目を産むと言いだした。
すでに一人産んでいるため、後ろ指さされることはなくなったが、もう一人、娘が欲しいらしい。
翌年、姉は男児を産んだ。私が17歳のときだ。
この時代、男の赤ちゃんは、1000人に一人くらいしか産まれない。
姉は、その1/1000を引き当てたことになる。
「美奈代、私は特区に行くわ」
こんな田舎で男の赤ちゃんの噂はすぐに広がる。誘拐だっておこるかもしれない。
特区で育てる方がいいに決まっている。だから私は賛成した。すると姉はこう言った。
「かならず呼び寄せるから、あなたは特区で住める資格を得なさい」
無茶振りにも程がある。
私が目指すのは長野の地方公務員。だが姉は、中央府の役人になれと言っているのである。
同じ公務員でも段違いだ。だけど私は、こう答えた。
「――分かった」
これまでの恩もあり、私は死に物狂いで頑張った。
姉が去った家は閑散としていたけど、寂しくはなかった。
寂しがるヒマなど、どこにもなかった。それだけ勉強が忙しかったわけだが。
結局、難関と言われる試験をパスし、22歳のとき私は、中央府に就職することができた。
「家は用意したので、一緒に住めるわ。けど、あなたも子を産む必要があるわね」
そうなのだ。人口を維持するためにも、成人すると最低一人は子を持つのが、良識ある大人とされている。
中央府で働き、特区に住んでいる私が、いつまでも子をもたないと、どんな陰口を叩かれるか分からない。
結局、24歳と26歳の時に、私は娘を産んだ。
幸い、二人の娘――萌と咲は、すくすくと育ってくれた。
姉の子である武人くんも、素直でいい子だ。
このまま平穏無事な日々を送ることができればいい。そう考えていたのだが……。
「宗谷さん、中央局へ出向命令が出ています」
「ちゅ、中央局? 私がですか?」
中央局は、特区で働く役人の中でも、エリート揃いで有名なところ。
一方私は、広報局の所属。同じ中央府とはいえ、出世とはかけ離れたところで働いている。
出向とは……なぜ? どうして?
中央府の場合、所属が変わる場合は『異動』という。
中央府広報局から、中央府中央局へ異動と言われれば、所属から何からすべて変わる。
今回、私が言われたのは出向だ。
『出向』の場合は、所属を広報局に残したまま、中央局の指示に従って業務をこなすことを言う。
「待っていましたよ、宗谷美奈代さん」
出向の挨拶に向かったところ、私を出迎えてくれたのは、中央局の篠千尋主任。
エリート揃いの中央局の中で、主任職に就けるのだから、相当なエリートだろう。
それが私に微笑みかけ、手まで差しだしてくる。
一体これは、何の冗談か。
「ありがとうございます、精一杯やらせていただきます」
「期待しているわ。それで早速だけど、あなたには、極秘プロジェクトに参加してもらいたいの」
「ご、極秘プロジェクトですか……?」
ただの広報職員には、荷が勝ちすぎる話ではなかろうか。
「ええ、他局ではまだ聞いてないでしょうけど、いま中央局では『ネオ特区計画』というものが進行しているの。簡単にいえば、これまでの特区制度では実現不可能だった諸問題を解決するため、新しい特区をひとつ、作ってしまおうという計画なの」
なるほどと、私は納得した。
現状の特区制度では、男性と女性の双方から不満があがってきている。
もちろんどんな完璧な制度を作ったとしても、不満は消えないだろう。
だが、改革を望む声を無視して突き進むのは、あまり褒められたことではない。
「既存の特区制度の枠にとらわれないものを構築するためですね」
「分かってくれて嬉しいわ。いまは仮に『ネオ特区』と呼んでいるのだけど、そこでは男性がのびのび、自由に暮らせる環境にしたいと思っているのよ。これまでのように申請を出せばだれでも入れるような場所だと、結局男性の行動範囲は家や学校、職場周辺に限定されるでしょう?」
「そうですね」
女性の方が圧倒的に多いのだから、混雑する場所へ行ってもいいと言われても、ほとんどの男性は首を横に振る。
たしかに、行ってもいいけど、行くはずがない場所が特区にはたくさんある。
中央駅周辺などがそうだ。あそこへ足を向ける男性は相当な変人だ。
「恋愛もそう。男性は結局、相手の家柄を重視するわ。それはそうよね。自身の将来に直結するのだから」
「分かります」
通い婚にしろ、同居婚にしろ、力のない伴侶と一緒になった男性が不幸になるのは、往々にしておこりえる。
たとえば私が男性と婚姻を結んだとする。
目の前の篠主任が嫉妬して、私を仕事から干すことだってありえる。なにか理由を付けて解雇だっておこりえるのだ。
無職となった私は、男性に養ってもらうのか? それはできない。
だが、中央府以上の職場へ再就職などできない。
そして転職先で同じことがおきないとも限らないのだ。
だから男性は、地位や権力、歴史的な重きをおかれている家の女性を選ぶ傾向にある。
それは致し方ないこと。
残りの人生に、変な横やりを入れられたくないのは、だれも同じだ。
「私はネオ特区で、男性に自由恋愛をしてもらいたいと思っているわ」
「あの……できるんですか? そんなこと」
「ええ、ネオ特区に住める女性は十分に吟味して、厳選させてもらうつもり。どの子を選んでもいいくらいに、しっかりと見極めたいわね」
外から女性が自由に入ることのできない空間にいるのは、どこに出しても恥ずかしくない女性ばかり。
ならば、男性はどの子を伴侶に選んでも問題ないはず。たしかに理にかなっている。
だけど、果たしてそれでいいのだろうか。
決められた枠の中で、「さあ、自由に選んでいいです」と言われても、それは自由と言えるのか。
「あなたは広報経験者です。より多くの場所に行き、より多くの人の意見を聞いてきたと思います。その経験をネオ特区計画に生かしてほしいのよ」
たしかに私は、広報業務のため、特区内外へ出かけていく。
もともと特区外に住んでいたため、そういうのは苦にならない。
特区外の人との対談や取材、ときには現場体験などもしてきた。
「私にできるでしょうか」
「ええ、期待しているわ、宗谷さん。ともにがんばりましょう」
「はい、微力ながら、全力を尽くさせていただきます」
「ぜひ、ネオ特区計画を成功させましょうね」
「はい!」
こうして私は、中央局の極秘計画に加わることになった。




