039 党人会というもの
四人の女性と菊家さんが対峙している間に、俺はそっとスマートフォンを取り出した。
マダム・セラの店で党人会の名前が出たとき、裕子に質問しておいたのだ。
案の定、裕子から返信が届いていた。
早い。さすが裕子。
『状況がよく分からないのだけど、簡単に説明するね。いま、国を動かしているのは、華族系議員と官僚系議員、それに党人系議員なの。党人会というのは、党人系の議員が政界に増え始めたとき、その下部組織としてできたのがはじまりね。だけどいまは、ほとんど関係ないと言われているわ。それより、急にどうしたの?』
俺が急に党人会について質問したので、裕子も不思議がっているようだ。
返信には、華族、官僚、そして党人と、難しい言葉が並んでいた。
マダム・セラで聞いた話と、この説明だけでは、まだよく分からない。
高校一年生の俺たちにとって、政治のことなどは別世界の出来事だ。
簡単な説明で理解できる方がおかしい。
裕子もそう思ったのか、次の返信には、もう少し詳しく書かれていた。
俺は続きを読んだ。
どうやら選挙で当選した『一般議員』のことを『党人』と呼ぶらしい。
華族や官僚出身の議員は、それに含まれないようだ。
一般議員のことを党人というのだから、当然、さまざまなグループ、派閥が存在している。
ゆえに「これが党人だ」という定義はないようだ。華族や官僚以外はみんな党人なのだから当然かもしれない。
そして党人会は、そんな党人の下部組織。
裕子の説明では、いまの党人系議員とは関係ないらしいので、結成当時とは違い、つながりは薄いのだろう。
「こんな歓楽街に男性を連れ回すなんて、良識の欠片もない」
「そんなことありません!」
舌戦が続いていた。
「すぐ口答えして、ほんとに下品。親の顔が見てみたいわね」
「なんですか、それっ!」
菊家さんの顔が険しくなる。
後ろからやりとりを見て分かったが、四人の女性たちは、菊家さんを怒らせようとしている。
周囲へ視線を巡らすと、何事かと集まった人たちの中に、制服を着込んだ人たちがいた。二人か。
記憶の通りならばあれは、治安維持局の制服だ。
彼女らは遠巻きに、俺たちを見ている。
「反抗的な態度だし、この身分証は預かります。おそらく返却されることはないでしょうけど」
「なんですって!?」
学生証をしまおうとする女性に菊家さんが食ってかかろうとする。
俺は菊家さんの腕を掴んで止めた。とっさのことだったが、ファインプレーだと思う。
「えっ?」
菊家さんが驚いている。
「待って」
菊家さんを後ろに庇い、俺はスマートフォンを見せる。
「彼女は俺の連れです。その学生証を返してください。勝手に人の持ち物を取り上げるのは犯罪です」
「これは正当な行為です。話はこれで終わりです」
俺が出てきたことで焦ったのか、話を切り上げようとする。
「では、ボタンを押しますね。治安維持局直通のボタンです。そして会話も記録されます」
「……押してもいいわよ」
「そうですか。もしかして庇ってもらえると思ってます? 俺は誤解する余地がないほどしっかりと伝えましたよね。その学生証を返してください。これで二度目です。この言葉は、周囲の人も聞いています。そうですよね?」
俺が意見を求めると、集まった女性たちの何人かが頷いた。
「では押します。俺は見聞きしたことを間違いなく報告します。幸い防犯カメラもちゃんと稼働しているようですし、証人も大勢います。治安維持局は関わった案件を警察に報告する義務があります。俺は引きませんよ」
すると女性は、学生証を菊家さんに投げつけると、「いくわよ」と言って、早足で去って行った。
「なによあれ」
菊家さんが憤慨している。
「怒らせて手を出させて、合法的に処分させようとしたんだと思う」
「えっ? もしかして私が学生証を取り返そうとしたら……」
「大げさに痛がるか何かして、近くにいた治安維持局の職員が菊家さんを拘束する手はずになっていたんじゃないかな。もう消えたけど、さっきまであの辺で見てたから」
「……なんでそんな」
足下に落ちた学生証を手に持ち、菊家さんが震えている。実際、間一髪だったと思う。
「党人会は、男性の権利を守ると声高に主張しているんだ。特区条例が次々と書き換えられていくのも、党人会の主張が通っていたりするらしい」
「なんでそんなことを知ってるの?」
「教えてくれる人がいてね」
裕子は俺の質問だけで、この状況を推理して、有用な回答を追加で送ってくれていた。
さすゆうだ。
菊家さんがやり合っている間に読み終わって、俺は彼女たちの意図を察した。
慌てて割り込んで、間一髪で間に合ったというわけだ。
「党人会の女性たちは、男性と親しそうな女性を引き剥がすのも仕事だと思っているんだ」
「……?」
裕子からの返信はふるっていた。
「私の解釈が入っているけど」と前置きした上で、いくつかの活動を教えてくれた。
そのひとつが、「男性を守る方向」へ特区条例を変えていくこと。
だが、男性を守ると言っても、実際にやっていることに齟齬があると裕子は思っているらしい。
そこから裕子は、「党人会が認めた女性だけを男性のそばにおきたいのでは」と推理していた。
男性の権利を守ると言いながら、まるでペットのような扱いを望んでいるのではないかと。
裕子は、党人会の主張や活動をつぶさに調べ、そのような考えに至ったようだ。
先ほどの強引な接触から、俺は党人会にはいい印象は抱けない。そして裕子は信頼できる。
「もし党人会に絡まれても、絶対に手を出しては駄目だよ。それが彼女らの狙いなんだ。学生証を取られたって、あとで合法的に取り返すことができる。何があっても先に手を出すのは駄目だ。そうしないと、俺と会えなくなってしまうからね」
俺に説明した以上のことを裕子は知っているだろう。
教えてくれたのは、おそらくはその断片。
「分かったわ。絶対に手を出さない」
「あたしも分かったよ」
「うん、ユウも分かった」
「あのような取るに足らない輩の思い通りにはなりませんわ」
「それでこそ俺の班員だ。さあ、デートの続きをしよう」
ケチはついたが、いまのアクシデントで俺たちの結束は強まったと思う。
「ですが、特区の治安を預かる治安維持局が敵になったら、どうがんばっても勝ち目はありませんのよ」
「さすがにそれはないと思う。おそらく、党人会の考えに賛同しているのはごく一部だと思うよ。そうでなければ、現場はもっとひどいことになっているだろうし、もっと大きな問題になっているはずだ」
たとえば、先ほどあの場にいた二人プラスあと数人くらいではなかろうか。
「でしたらいいのですけど」
「それより、せっかく注目を集めたし、このまま行こうか」
みなに見られながらなら、また絡まれることもないだろう。
このあと、ショッピングモールをみんなで歩いた。
あちこちで注目を浴びたが、十分ウインドウショッピングを楽しめたと思う。
小さなアクシデントもあったが、今日はとても楽しい一日だったと思う。
そして、彼女たちのことも少しだけだが、知ることができた。
クラスの女子と仲良くなる。
その第一歩としての活動は、大成功だったと思う。
あと家に帰ったら、裕子にお礼を言っておこう。




